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【書評】それでも北斎が写楽だったと信じたくなるこれだけの証拠

1999年にライフ誌で組まれた「この1,000年で最も重要な功績を残した世界の人物100人」という特集で、日本でたった一人選ばれた葛飾北斎ですが、その北斎と役者絵で知られる東洲斎写楽が同一人物だったという説が一部で根強く囁かれています。今回の無料メルマガ『クリエイターへ【日刊デジタルクリエイターズ】』で編集長の柴田忠男さんが紹介しているのは、北斎=写楽説を確実視している研究者が上梓した一冊。日本の大半の研究者が認めていないこの説を、具体的な証拠を上げながら「立証」しています。

葛飾北斎 本当は何がすごいのか
田中英道・著 扶桑社

田中英道『葛飾北斎 本当は何がすごいのか』を読んだ。1999年にアメリカ「ライフ」誌は「この1,000年で最も重要な功績を残した世界の人物100人」という特集を組んだ。日本でたった一人選ばれたの葛飾北斎で86位。芸術家8人の中で1位はレオナルド・ダ・ヴィンチ、北斎は7位であった。

著者はこの順位は肖像画にあるとみる。ダ・ヴィンチには「モナ・リザ」をはじめとして、世界に知られた肖像画がある。北斎には風景画、美人画、物語絵などがあるが、肖像画の類はない。風景画家としてのみ評価されている。北斎に肖像画が加われば鬼に金棒である。筆者は、北斎の業績には写楽の役者絵が加わるという。北斎には人間の個性を描いた肖像画もある、ということだ。

写楽=北斎」を示す具体的な証拠がいくつも見つかっている。著者は既にこれに関する本を2冊出して詳細に実証している。しかし、世界中で開かれている「北斎展」には、北斎が写楽として活動していた時期がすっぽり抜け落ちている。日本の研究者が「写楽=北斎」を世界に向けて発信してこなかったからである。実のところ、日本の大半の研究者は写楽=北斎を認めていない

昨今では「写楽=斎藤十郎兵衛本業は能役者)」説が有力で、「写楽問題はすでに存在しない」といわれている。しかし著者は怯まない。写楽が現れたのは10か月間でしかなく、それが北斎の空白期に当たるからだ。春朗(北斎)は宝暦10(1760)年に生まれ安永8(1779)年勝川春章に入門、寛永5(1793)年まで黄表紙、役者絵を描く。寛永6(1794)年初頭ぷっつりと消息を絶つ。

寛永7(1795)年宗理と改名して再登場、何度かの改名を経て文化2(1805)年に葛飾北斎を名乗る。写楽の活動時期と北斎の空白の期間がぴったり一致する。北斎は写楽が出てくるまで同じ役者絵を描いており、両者の役者絵を比較すると非常によく似ている。同質性は美術史において作者の同定(同一人物であると見極めること)に欠かせない観察点である。類似した絵は20点以上ある。

決定的ともいえるのが、二人の絵が同一の版木の表裏を使って摺られていたという事実だ。同一の作家である可能性が濃厚だ。何よりも美術的なスタイル、様式論からこの二人が同じ作家であることが明確に分かる。春朗時代の北斎と写楽にはさらに共通点がある。スポンサー、プロモーターの蔦屋重三郎が二人の浮世絵を企画、出版していた。蔦屋は写楽を最前線に引き出した人でもある

蔦屋と写楽は類型的な役者絵や美人画ではなく、思い切って顔に個性を入れた。顔を中心にした大首絵に、役者の感情や表現を加えた。しかし写楽はわずか10か月で筆を捨て姿をくらます。太田南畝の写楽評にあるように、あまりにも役者の本性を映し出した表情なので、役者やファンに憎まれたということも考えられる。写楽を捨てた北斎の人物画は、その後定型化、類型化していく。

写楽が10か月で浮世絵をやめたもうひとつの理由は、写楽の図が華やかな雲母摺りであったため、寛政の改革にひっかかったということもある。写楽が消えて以後の北斎は30回以上名前を変え、90回以上も引越をして幕府の追及から逃れようとしている。写楽の役者絵は個性的だが普遍性はない。肖像画を描く技量は十分あるが、自ら描きたいものではなかった。10か月で145枚の作品を残した写楽、じつは葛飾北斎だった。非常に納得できる説明であった。しかし、この本のタイトルの芸のなさといったら……。

編集長 柴田忠男

image by: Shutterstock.com

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