先日、トランプ政権がトランスジェンダーの存在を否定する法案を検討中との報道がなされ、全世界から批判の声が上がっています。これを受け健康社会学者の河合薫さんは、自身のメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』で、生物学的にXX=雌、XY=雄しか存在しないというのは誤りであることを専門家として解説し、今回のトランプ政権内の動きや新潮45誌上で展開された「LGBT生産性問題」がどれだけ的外れであるかを白日の下に晒しています。
※本記事は有料メルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』2018年10月24日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め初月無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:河合薫(かわい・かおる)
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。
米トランプ大統領「トランスジェンダーは認めない」発言の衝撃
「生まれた時の生物学的な性別から変更できないようにする」――。
こんな耳を疑うような法案をトランプ大統領が検討しているとニューヨークタイムズが報じました。
米保健福祉省が検討中の原案では、性別を「出生前または出生時に識別される、変わることがない生物学的な形質に基づき、男性または女性の身体的な状態」と定義し、年内にも正式に司法省に提出されるとのこと。もし、これが承認されれば…。米国に約140万人いるトランスジェンダーが、連邦政府から認知されなくなってしまいます。
これまでもトランプ大統領にはさんざん驚かされてきましたが、失礼承知で言わせていただくと、これほど品格や倫理観の欠如した人が、アメリカ合衆国という大国の大統領でいいのか?というのが率直な感想です。
今回の方針は明らかに、オバマ前政権が進めた、生まれた時の体と心の性別が一致しない「トランスジェンダー」を行政的に保護する動きに逆行するもので、中間選挙対策以外の何ものでもありません。
と同時に、トランプさんが就任してから、尻尾をフリフリさせ続けている「ジャイアンの威を借るスネ夫」が追従しないことを祈るばかりです。
新潮45の廃刊で一応「鎮火」した「LGBT生産性問題」。炎上の発端となった自民党の杉田水脈議員のコラムが掲載されたとき二階俊博幹事長は「人それぞれ政治的な立場、いろんな人生観、考えがある」と発言。安倍首相も出演したテレビ番組で、「『あなた、お前、もう辞めろ』と言うのではなく、まだ若いですから、注意をしながら、仕事をしてもらいたい」と擁護していました。
さらに、「新潮45」最終号となった特別企画「そんなにおかしいか『杉田水脈』論文」に寄稿した文芸評論家の小川栄太郎氏は、安倍首相の本を何冊も出版するなど、政権にかなり近い存在だとされています。
あまり政治的なことを書きたくはないので、自分の専門分野で一言いわせていただけば、「生物学的に~」というフレーズには有無をも言わせぬ絶対的なイメージがありますが、染色体は実にきまぐれで、簡単に男女の二分法で分けられない多様性を持ち合わせています。
「生物学的にXX=雌、XY=雄」しか存在しないというのは間違いで、性染色体にはXXYや、XXXYというケースが相当数存在するのです。特に「XXY」はクラインフェルター症候群と呼ばれ、男性600人に1人の割合で発生(2,000人に1人という説もある)。気付かずに生活している場合もあり、実態はもっと多い可能性が高いというのが、研究者の一致した意見です。
奇しくも、先の小川氏はエッセーの中で、LGBTを「性的嗜好」と表現し、「LGBTという概念について私は詳細を知らないし、ばからしくて詳細など知るつもりもない」と書いていましたが、LGBTは「性的嗜好(Sexual preference)」ではなく「性的指向(Sexual orientation)」。
どちらも「セイテキシコウ」と読み方は同じですが、「性的嗜好」が人間の性的行動において、対象や目的について、その人固有の特徴ある方向性や様式であるのに対し、「性的指向」は、いずれの性別を恋愛や性愛の対象とするかを意味し、無意識に形成されます。
具体的には、「異性愛」「同性愛」「両性愛」「無性愛」「非性愛」「汎性愛」などで、LGBTではなく、SOGI(Sexual Orientation、Gender Identity)という言葉が、近年注目されているのもこのためです。
英語ではpreferenceとorientationと綴りが全く違うので、間違えることはない、とは思いますが…。冒頭の原案を見る限り「言葉の意味を理解していない可能性は十分にある」と個人的には考えています。
そういえば、トランプ大統領は、昨年、ツイッターで、「米政府は米軍のいかなる役務でもトランスジェンダーを入隊させない」と表明していましたよね。「トランスジェンダーの入隊に伴う莫大な医療費(性転換手術のことなどを言っているとみられる)や混乱の負担を米政府は賄えない」と。これって先の「LGBT生産性問題」と根っこは同じです。
とにもかくにも、かつてニューヨークで見た「ゲイプライド」は、自由とやさしさと強さが心地よくミックスされたイベントで、私はえらく感動しました。
1969年から続く、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーのコミュニティ、文化とそして誇りを祝い称えるイベントを毎年行なっている米国で、倫理観のない大統領とその大統領の「海の向こうベストフレンド」が浅はかな行動に出ないことを心から願うばかりです。
image by: lev radin / Shutterstock.com
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※『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』(2018年10月24日号)より一部抜粋