ガッツ石松さんは、世界チャンピオンとしての輝かしい実績だけでなく、ユーモアあふれる人柄でも多くの人に愛された存在でした。今回のメルマガ『佐高信の筆刀両断』では辛口評論家として知られる佐高信さんが、対談や交流を通じて印象に残ったエピソードを振り返りながら、その飾らない素顔と魅力を紹介します。
追悼譜 ガッツ石松
ガッツとは『俳句界』(文學の森)の2017年7月号で対談した。
サービス精神旺盛で、小学校3年生の時に「風呂焚いて父母待つか蝉の声」という句で賞状をもらったことがあると、冒頭に披露する。
「賞状なんてもらったことがないから、嬉しくて壁に貼っていました」
「いい句じゃないですか」と受けると、NHKの『俳句王国がゆく』で作った句も評判がよかったと続ける。
「冬休みに僕の友達ただ一羽」
伊藤若冲の鶏の絵を見て、が課題の句である。
4歳下のガッツと初めて会ったのは、2017年2月に亡くなった船村徹の通夜の席だった。
ガッツにとって船村は栃木県出身の大先輩である。
冠婚葬祭にはあまり出ないのだが、船村には応援してもらっていたので出かけた。
「私も普段は行かないし、心細かったですよ。だけどガッツさんがいらっしゃって、しかも面白い話をうかがってね」
と私は答えているが、ガッツが負けるのは大抵、暑い時だという。
「寒い時に負けたことは1回もないです。だから、10月頃から3月頃の6ヶ月は絶対に負けませんでしたね」
そんなガッツだが、では寒い時期にだけマッチメイクするわけにはいかなかったのか?
「ボクシングは南米が多いんですよ。だから暑い。控室にいるだけで疲れちゃって、もう10ラウンドもやった後みたいな感じになっちゃう」
それまで11敗5引き分けのガッツが世界チャンピオンになると思っている人はいなかった。
相手はメキシコのロドルフォ・ゴンザレス。
ところが、ゴンザレスが毒蜘蛛に噛まれて試合が延期になり、その間、ガッツは名トレーナーのエディ・タウンゼントに鍛えられて、ボクシングはスタミナが大事であることを身につける。
そして当日8ラウンドでゴンザレスをノックアウトした。
驚いてレフェリーが相手を抱き起こす。「まさか」と仰天したのである。倒れるはずのないチャンピオンが倒れた。
「それで、普通は10カウントなのに、レフェリーが25くらいまで数えているので、怒ったウチのトレーナーがリングに登ろうとした」
登ったら負けというのがルールだから、ガッツが冷静にそれを止めた。
ガッツは女優の梶芽衣子のファンだが、夫人は彼女によく似ているらしい。
友達の彼女が松坂屋のネクタイ売り場にいて、友達の友達として電話番号を教えてもらった。
それで電話したら「今日は休みです」と言われた。
しかし、どうも本人のようだ。
その頃はボクシング関係者でなければガッツが何者かは知らなかったから致し方ない。
2年くらい経って東洋チャンピオンになったら、今度は向こうからかかってきたと言っていた。
しかし、これは夫人にも聞かなければ“真実”はわからないだろう。
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