AIによって、ソフトウェア開発のあり方が大きく変わり始めています。これまでプログラミングの専門知識が必要だったゲーム制作も、AIにコードを書かせる「バイブ・コーディング」によって、専門のエンジニアではない人でも挑戦できるようになりました。今回のメルマガ『週刊 Life is beautiful』では著名エンジニアの中島聡さんが、対談した野田クリスタル氏のゲーム開発手法を通じて、バイブ・コーディングがもたらす新しいものづくりの可能性と、AI時代における開発者とユーザーの関係の変化について考えます。
野田クリスタル氏に学ぶバイブ・コーディングの未来
今回の出張で行った一連の対談の中で、最も得ることが大きかったのが、お笑いタレント野田クリスタル氏との対談です。
米国に来てから日本のお笑い番組はほとんど見なくなったので、彼がマヂカルラブリーとして優勝した「M-1グランプリ」のことも存在ぐらいは知っていましたが(同じ年にはR-1グランプリでも優勝しています)、実際に見たことはなく、何だか申し訳ない気持ちで対談に臨みました。
しかし、冒頭で彼がAIを使ってゲーム作りをしていることを話し始めてから、一気に盛り上がってしまいました。
野田クリスタル氏は十代の頃からお笑い街道まっしぐらで、今でも吉本で芸人として働いていますが、独学でプログラミングを学び、ゲームを作るようになりました。最近は、AIにコーディングもテストも任せるバイブ・コーディングでゲームを作っているそうですが、その作り方を私に評価して欲しいとのことなので、詳しく聞き出してみると、以下のようなプロセスでした。
- 作りたいゲームの画面(メニューを含む)をGoogleの画像生成AI「Nano Banana」で作成
- その画像をClaude Codeに与えてコーディングさせる
- AIを使ったデバッグの様子をYouTubeでライブ配信
- 作りかけのものをネットで公開し、フィードバックをもらう
- もらったフィードバックのうち、必要・良いと思うものをClaude Codeに渡して修正させる
「コードが書けるAI」の誕生により、ソフトウェア・エンジニアとしての教育を受けていない人もバイブ・コーディングでソフトウェアを作れるようになりました。しかし、AIを使ったデバッグの様子をライブ配信したり、作りかけのものをネットで公開し、そこで受けたフィードバックをそのままAIに渡して機能追加するなどの手法は、とても新鮮で良い刺激になりました。まさに「AIネイティブな」ゲーム開発です。
昔ながらのソフトウェア作りに慣れたエンジニアにはなかなかここまで振り切ったことは難しいし、それが組織であればなおさらです。私が昔働いていたスクエニのような会社は、ゲーム一本の開発に数億円から数十億円をかけていましたが、今や、彼のような「AIネイティブな」ゲーム作りをする人が桁違いに安いコストで作ったゲームが、大ヒットしても不思議はない時代になりました。
彼のやり方の本当の新しさは、AIにコードを書かせていることではありません。ユーザーからのフィードバック、AIによる修正、そして公開という一連の流れを一つのループとして閉じ、デバッグの様子そのものをコンテンツとして配信し、ファンを巻き込みながら作っている点にあります。開発とマーケティングとコミュニティ作りが一体になっているのです。バイブ・コーディングの未来は、「エンジニアでなくてもソフトウェアが作れる」という話にとどまらず、こんな風に作る人と使う人の境界そのものを溶かしていく方向に進むのだと思います。
この記事の著者・中島聡さんのメルマガ
【参考資料】
A Debugging Session of Unpaid Labor by You All
image by: Takkystock