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なぜマスコミは「然るべきスジ」からの情報をすぐ信じるのか?

メディアがときどき論拠とする「然るべきスジ」からの情報というものがありますが、発信元が信頼に足る人物だからといって信じ込んでしまうのは危険だと指摘するのは、軍事アナリストの小川和久さん。小川さんは自身のメルマガ『NEWSを疑え!』で、メディアの人間まで信じてしまった2つの軍事関係の「スジ情報」について、ファクトチェックを行うことで、注意を呼びかけています。

首相官邸の然るべきスジ

今回は、ややオタク的かもしれませんが、軍事に関するファクトチェックの話をしましょう。特に新聞、テレビの記者の皆さんには注意を呼びかけたい事柄です。

例えば、「首相官邸の然るべき立場の人が○○と言っていた」という「情報」を耳にすることがあります。そして発言者がトップ経済人などで社会的地位が高く、信頼されているほどに、その「官邸の然るべきスジ情報」は、正確な情報としてマスコミを通じて国民の間に流布されていくことがありますが、実は、これが食わせ物だらけなのです。

例えば、北方領土返還交渉に関して「ロシアは国後、択捉を返すことは絶対にない。それは、国後島と択捉島の間の国後水道が、ロシアの弾道ミサイルを積んだ原子力潜水艦の通り道だからだ」という話が漏れてきたとします。

その話をした人は首相官邸の中枢にいる人です。そして、確かに国後水道は幅22キロ、最大水深484メートルもあり、核弾頭を積んだロシアの弾道ミサイル原潜が太平洋とオホーツク海を往復するのに、潜ったまま密かに通過できそうだと思いそうになります。もちろん、平時であれば国後水道の水深があれば全長170メートルもあるロシアのボレイ級弾道ミサイル原潜でも、潜没航行できないわけではありません。

しかし、いつ有事になるかわからないことを前提に行動している原潜が、自分の最大潜航深度の450メートルぎりぎりの深さしかない国後水道を使うことは、他に安全に潜航できるルートが何本もあるだけに、普通では考えられないのです。

他のルートとは以下の3つの海峡ですが、千島列島で最深の北得撫水道(新知《シンシル》島と得撫《ウルップ》島の間の水道の北側)は水深2200メートル、牟知海峡(牟知《ムシル》列岩と雷公計《ライコケ》島の間)は1900メートル、択捉水道(択捉島と得撫島の間)は1300メートルもあるのです。

このうち使いやすいのは択捉水道で、それを理由にロシア側が択捉島を渡すわけはなく、それゆえ4島返還は困難とする議論がありましたが、こちらの方は軍事的合理性を備えた見方です。

それに、ロシアの弾道ミサイル原潜の太平洋側の根拠地はカムチャツカ半島のペトロパブロフスクにあります。そこから太平洋方面に弾道ミサイル原潜を展開することはあっても、オホーツク海に展開している1~2隻ほどの弾道ミサイル原潜を米国側の攻撃型原潜や日米の哨戒機にブロックされやすい千島列島の海峡を使って太平洋に出そうとするのは、よほどの場合でしょう。まして、水深の浅い国後水道が潜航のために使われる可能性は高くないのです。

このような「官邸の然るべきスジ情報」には、日本に展開する米海兵隊と米空軍のオスプレイは中国の原発を特殊部隊によって攻撃するのが目的だとするものもありました。東京の横田基地に配備される空軍のCV-22オスプレイは、確かに特殊作戦任務に就くことがありますが、だからといってターゲットが中国の原発だという話には、のけぞってしまわざるを得ませんでした。

中国の原発を停止させて中国社会と軍事組織を機能麻痺に陥れるのだと言いますが、停止させるのなら他の手段がいくつもあり、特殊部隊による破壊などは、場合によっては放射能汚染が西風に乗って在日米軍基地を抱える日本を襲うこともあることから、これまた尋常ではない考え方なのです。

この「官邸の然るべきスジ」も、これを信じ込んで吹聴している社会的地位の高い人も、私はよく知っている人たちですが、残念なことに「謀略史観」が好きという共通点があり、困ったものだと思っています。

こんな「スジ情報」を信じ込んでいる記者さん、まさか…いないでしょうねぇ(笑)。(小川和久)

image by: ImageBySutipond, shutterstock.com

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地方新聞記者、週刊誌記者などを経て、日本初の軍事アナリストとして独立。国家安全保障に関する官邸機能強化会議議員、、内閣官房危機管理研究会主査などを歴任。一流ビジネスマンとして世界を相手に勝とうとすれば、メルマガが扱っている分野は外せない。

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