MAG2 NEWS MENU

軍事アナリストが指摘。化学テロ対策が24年も放置され続けた理由

去る5月15日、厚生労働省は化学テロを想定し、被害者に対し、消防隊員らが現場で自動注射器を使って解毒剤投与を行えるように検討すると発表しました。これについて、「ようやく」と溜飲を下げるのは、メルマガ『NEWSを疑え!』の著者で軍事アナリストの小川和久さんです。長らく、化学テロ発生時に現場対応の必要性を訴えてきた小川さんは、縦割りで縛られた国を動かすには、専門家と官僚が担当大臣や副大臣の前で互いに言い分を主張させる場が必要だと訴えます。

縦割りの元凶は政治家の「役人任せ」

5月20日号に「ようやく国際水準の化学テロ対策」という編集後記を書きました。

1995年3月20日のオウム真理教による地下鉄サリン事件から実に24年。やっと、サリンなど神経剤の被害者に対して、現場で自動注射器を使って解毒剤を投与し、それから安全地帯に搬出する手順を踏むことができるようになるわけです。

世界で初めて大量破壊兵器であるサリンを使ったテロが行われたというのに、先進国で日本だけが自動注射器と解毒剤のセットを備えず、化学防護服を着てさえいれば被害者を助けられるという錯覚に陥っていたのです。

なぜ、そんなことになったのでしょうか。ひとつには、関係する消防、警察、自衛隊、厚生労働省の間に連携がなく、音頭をとっていく組織がないという縦割りに陥っていたこと、もうひとつは、法律や制度を理由に「できない」という官僚機構に対して、とことん問いただす姿勢が、とりわけ政治の側に欠けていた結果だと思います。

特に、2番目の「できない」理由については、医師法、薬事法が根拠に挙げられてきました。医師か看護師でない限り、化学テロの現場に投入される消防、警察、自衛隊であっても、解毒剤の投与ができなかったのです。それに関連して、特別な訓練を受けなくても簡単に解毒剤を注射することができる自動注射器の導入も見送られてきました。

この問題について、私は厚生労働省の医系技官(医師)にしつこく質し続けてきました。そして、化学テロの被害者を救い、テロリストに対して犯行に及んでも無駄だという抑止効果を発信するためには解毒剤の備蓄と自動注射器の導入が必要であり、それは法律の改正か適用除外にすることでクリアできることを確認したのです。

大事なのは、そのあとです。私は2月12日、担当の大口善徳厚生労働副大臣にお願いして、浅沼一成厚生科学課長(医系技官)と山本史医薬品審査管理課長に副大臣室に来てもらい、それまで私が問いただしてきたのと同じように、解毒剤の備蓄と自動注射器の導入の必要性について、確認を求めていきました。

今回の場合、2人の課長さんが優れた人材であったということもあるのでしょうが、2か月後の4月中旬には新聞報道されるまでに、実にスムーズに進んだのです。

ここで押さえておかなくてはならないのは、私のような外部の専門家が指摘した問題については、担当の大臣や副大臣が担当の官僚と外部の専門家の両者を並べて、お互いの言い分を主張させ、問題の解決への道筋を明らかにするというプロセスが不可欠だという点です。

ところが、政治家に外部の専門家が何かを指摘したとしても、政治家は担当官僚を呼んで外部専門家の指摘について意見を求めるというのが、普通のパターンです。当然、官僚は自分たちの責任を問われたくないこともあり、外部専門家の指摘を否定します。政治家は判断するだけの知見がありませんから、最後は官僚の言い分を受け入れてしまうのです。かくして、4半世紀もの間、日本には国際水準の化学テロ対策が存在せず、国民を危険にさらしてきたのです。

これは審議会などでも同じです。外部の専門家が指摘しても、官僚機構は言い訳をする程度で、その場では強く抵抗することはありません。しかし、そのあとで政治家に呼ばれて、あるいは自分たちから押しかけて、外部の専門家の指摘を否定し、政治家は官僚に「お任せ」となるのです。

大災害時などで司令塔となる米国の連邦緊急事態管理庁(FEMA)をモデルとする日本版FEMA、あるいは危機管理庁が必要という声に対しても、官僚機構は現在の組織で対応できるとして、日本版FEMAの設置は「屋上屋を架すがごとし」と否定してきました。私について言いますと、「小川さんは必要だと言われているようですが、いまの組織で大丈夫です」という声が聞こえてくるのです。

しかし、その場に私も同席して意見を戦わせたとしましょう。解毒剤の備蓄と自動注射器の導入という化学テロ対策が24年間も放置されたのは現在の関係組織が縦割りの状態にあるからであり、これすなわち建物の1階部分が存在しないということで、日本版FEMAを創設しても「屋上屋」にはならないとして、官僚機構の抵抗を排除すると思います。まともな政治家であれば、私から論破された官僚機構の言い分を採用することはないはずです。

今回の化学テロ対策の前進を突破口に、日本の縦割り行政が克服に向かって動き出して欲しいと思います。(小川和久)

image by: encikAn, shutterstock.com

小川和久この著者の記事一覧

地方新聞記者、週刊誌記者などを経て、日本初の軍事アナリストとして独立。国家安全保障に関する官邸機能強化会議議員、、内閣官房危機管理研究会主査などを歴任。一流ビジネスマンとして世界を相手に勝とうとすれば、メルマガが扱っている分野は外せない。

有料メルマガ好評配信中

  初月無料お試し登録はこちらから  

この記事が気に入ったら登録!しよう 『 NEWSを疑え! 』

【著者】 小川和久 【月額】 初月無料!月額999円(税込) 【発行周期】 毎週 月・木曜日発行予定

print

シェアランキング

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MAG2 NEWSの最新情報をお届け