本国アメリカでのリリースから10日後の9月20日、日本でも販売がスタートしたiPhone11。各メディアには早くもさまざまなインプレッションが掲載されていますが、世界的エンジニアは同機の実力をどう評価したのでしょうか。「Windows 95を設計した日本人」として知られる中島聡さんが、メルマガ『週刊 Life is beautiful』でレビューしています。
※ 本記事は有料メルマガ『週刊 Life is beautiful』2019年10月1日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:中島聡(なかじま・さとし)
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。
iPhone11
3年ぶりにiPhoneを買い換えました。iPhone7は大きさも気に入っていた上に、iPhoneXから導入された上部のノッチ(カメラとセンサーのためにディスプレイが欠けた部分)が嫌いだったので、買い替えは控えていたのですが、日本出張の際に100%キャッシュレスにしようと思うと、SuicaにApple Cardでチャージする必要があるため(通常のSuicaは現金、もしくは、セットになったクレジットカードでしかチャージ出来ません)、iPhoneを新しくする必要があったのです。
大きさは許容範囲ですが、ノッチは「Appleらしくない」と感じています。スティーブ・ジョブズが健在であれば、ノッチのような美観を損なうものを許したかどうか疑問です。
私であれば、裏側に自撮り専用のディスプレイ(前面である必要はなし)をつけることにより、ノッチを回避しただろうと思います。そんな設計にすれば、背面のカメラにリソースを集中できるので、全体の設計としてもバランスが良くなります。OLEDはバックライトが不要で薄いので、両面につけても今の厚さを維持出来ると思います。
AppleがカメラをiPhoneの最も重要な機能の一つとして捉えているのであれば、それが最も自然なデザインだと思います。
話をiPhone11に戻すと、今のところとても満足しています。Face IDは順調に動作しているし、大きな画面は映像を観たり漫画を読むには最適です。ズボンの後ろポケットに入れるにはこれが最大なので、これ以上大きくしては欲しくないと思います。
同時に入手した純正の透明ケースは、見た目は素晴らしいのですが、とても滑りやすいので、ポケットから出した時に落としそうになるのが若干問題です。賢い業者は、このケースむけの滑り止めのシールなどを発売してくるでしょうが、本末転倒のような気もします。
念願のSuicaを早速試してみました。日本で使っていたのがPasmoだったのでその残金を取り込むことが出来ず、Apple Cardで新たに1,000円チャージしました。前にも書きましたが、(米国で発行された)Apple Cardで日本円を使っても、他のクレジットカードのように余計な為替手数料を取られないので、安心して使えます。
次に日本に出張した時には、100%キャッシュレスで1週間過ごせるかどうか試してみたいと思います。
iPhone11の目玉でもあるNight Modeも早速試してみました。
上の写真は、シアトルにある建物の中から窓ガラス越しに撮影したものです(空に見えているUFOのようなものは室内の照明が写り込んだものです)。すっかり日が沈んだ後にも関わらず、建物や空が綺麗に撮れているし、木の間から見えている道路まで綺麗に撮影されているのは驚きです。
通常のカメラで撮影すると、肉眼で見たよりも暗く撮れることが多いのですが、iPhone11のNight Modeだと、逆に暗い部分が明るく見えます。
もっと暗い状況でも撮影してみましたが、肉眼では暗すぎて読めない文字まで読めるようになるので、ほとんど「暗視カメラ」と呼んでも良いほどの能力です。
ちなみに、このNight Modeは、GoogleがPixel3で導入したNight Sightへのレスポンスです。
iPhoneはこれまで常に、製品の完成度においてはAndroidの一歩先を進んでいましたが、Pixel3のNight SightでGoogleは、iPhoneよりも明らかに優れた能力をAndroid端末に持たせることに成功しました。
これはiPhoneの開発陣にとっては、大きなショックだったと思います。これほど誰にでも分かりやすい機能を、それもAppleが最も力を入れていたカメラ機能で、Googleが先にリリースしてしまったというのは、彼らにとっては屈辱だったと思います。
ネットにはすでに、iPhoneのNight ModeとPixelのNight Sightの比較記事がいくつか出ていますが(参照:「Night Mode: iPhone 11 Pro Max vs Pixel 3a XL!」)、どちらも似たような技術を使っており、違いはごくわずかです。
どちらも既に、肉眼では捉えきれないものを撮影できるレベルになっており、ソフトウェアの力がいかに重要かを良く示しています。
当然ですが、コンパクト・カメラの能力は完全に凌駕しており、高級一眼カメラが唯一優れているのはレンズとセンサーの物理的な大きさのみ、というレベルに至っていると思います。ソフトウェアに弱い通常のカメラメーカーでは全く対抗できない領域にまで進化してしまったと言えます。
私は10年ほど前に、日本の某カメラメーカーの技術者に相談されたことがありますが、その時に「ソフトウェアで勝負をしようとしても絶対に負けるので、iPhoneのアクセサリとしてレンズとセンサーだけを搭載したカメラを作り、全ての処理はiPhone側でした方が良い」と助言をしましたが、それどころの話ではなくなってしまいました。やはり、ソフトウェアが強い会社がハードウェアまで作り始めると手がつけられません。
そう考えるとGoogleによるHTCの携帯電話機部門の買収は大成功だったと言えます(MicrosoftのNokiaの携帯電話機部門の買収とは対照的です)。Googleのスマートフォン市場でのシェアはまだまだ小さいですが(単体では1%にも届かないようです)、今後はマーケットシェアを伸ばし、Apple(2019Q2現在10%)、Samsung(同22%)、Huawei(同16%)、Xiaomi(同9%)に並ぶ5強には食い込んでくる可能性は大きいと私は見ています(数字は、「Global Smartphone Market Share: By Quarter」より)。
ちなみに、携帯電話業界で何が起こったかを20年近くも間近で見ているからこそ、同じようなことが自動車業界でも起こるだろうと私は確信しているのです。自動車にとってのソフトウェアがこれからますます重要になって行くことが明確な今、まともなソフトウェア技術者を社内で育てることが急務になっています。
しかし、残念ながら既存の自動車メーカーの経営陣のほとんどは、相変わらずソフトウェアの重要性を理解せず、ソフトウェアに関しては下請け任せのままで良いと思っています(私が経営していたUIEvolution/Xevoも商売をしていました)。私が2年前に「Xevo はそろそろ売り時だ」と感じたのはそれが理由です。
image by: NYC Russ / Shutterstock.com
※ 本記事は有料メルマガ『週刊 Life is beautiful』2019年10月1日号の一部抜粋です。