10月7日、トランプ大統領がシリア駐留米軍の撤退を開始させるや、シリア国内で「米軍の駒」として軍事支援を受けていたクルド人地域を攻撃し始めたトルコ。これを受け、無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』の著者で国際関係ジャーナリストの北野幸伯さんは今回、トルコがクルド人地域を攻撃した真の理由や、その攻撃に対するトランプ大統領の本音を探るとともに、今後の中東情勢の行く末を占っています。
なぜトルコは、シリアのクルドを攻撃するのか?
トルコ軍は10月9日、シリア領内のクルド人支配地域への攻撃を開始しました。今回は、これについて考えてみましょう。
シリア情勢復習
少し、シリア情勢を思い出してみましょう。まず、シリアでは、2011年から内戦がつづいています。ロシア、イランは、アサド現政権を支援しています。アメリカ、欧州、サウジアラビア、トルコなどは、「反アサド派」を支援しました。
皆さん、思い出してください。当時、中東、北アフリカで、「アラブの春」といわれる「民主化運動」が流行っていた。それで、次々と中東、北アフリカの独裁政権が倒れていた。
アメリカは、「アサド政権もすぐ倒れるだろう」と思っていた。ところが、ロシアとイランの支援で、アサド政権はなかなか崩壊しません。我慢できなくなったオバマは2013年8月、「シリア(アサド政権)を攻撃する!」と宣言した。理由は、「アサド軍が化学兵器を使ったから」でした。ところが翌9月、シリア戦争をドタキャンして、世界を仰天させました。
この後、「反アサド派」が分裂しました。分裂して出てきたのが、「イスラム国」(IS)です。ISは、油田を確保し、資金を得て、急速に勢力を拡大していきました。ISは、外国人を捕まえ、残虐に殺し、その様子を動画で世界に配信する。また、ISは、世界各地(特に欧州)でテロをする。それで、アメリカは2014年8月、IS空爆を開始しました。
しかし、アメリカが空爆しても空爆しても、ISは衰えません。なぜ?理由は、ISが「反アサド派から独立した」という事実にある。アメリカは、「反アサド」です。「反アサド派」も、もちろん「反アサド」です。「反アサド派」から独立したISも、「反アサド」です。というわけで、アメリカとISは、どちらも「反アサド」ということで、利害が一部一致している。だから、アメリカは、本気でISを攻撃できないのです。
では、なぜISは衰えたのでしょうか?2015年9月から、プーチン・ロシアがISへの空爆を開始したからです。なぜそれで、ISが衰えたのでしょうか?ロシアは、「親アサド」です。ISは、「反アサド」です。だから、ロシアは、ISをせん滅するのに、躊躇がない。で、ロシアは、ISの石油インフラを集中的に空爆した。それで、ISは金がなくなって急速に衰えたのです。
その後、シリアはどうなったのでしょうか?ロシア、イランが支援するアサドは、「反アサド派」「IS」をほぼ打倒し、シリアの支配権を7割方回復しました。プーチンは2017年12月、シリアのロシア空軍基地を訪問し、「勝利宣言」をしています。
ところで、アサドが支配権を回復できていない「残り3割」は、何なのでしょうか?残り3割にいるのが、クルド人支配地域。ここには米軍が駐留しているので、アサドも、ロシア軍も手出しできませんでした。
クルドとは?
クルド人は、全世界に2,500~3,000万人いる。「自分の国家をもたない最大の民族」といわれています。もっともクルド人が多いのは、トルコ。1,140万人のクルド人がいるといわれる。少数民族として、長年差別の対象になっています。
トルコからの独立を目指す勢力クルド労働者党(PKK)がある。PKKは、トルコ政府から「テロ組織」とされています。シリアには、280万人のクルド人がいるといわれています。クルド人の武装組織「クルド人民防衛隊」(YPG)は、アメリカの支援を受け、ISとの戦いでは大いに活躍しました。
なぜトルコは、シリアのクルドを攻めたのか?
アメリカは、「クルド人民防衛隊」(YPG)を、「駒」にしてISと戦わせました(既述のように、ISは、「反アサド」であるため、アメリカと利害が一致する部分もある。同国の行動には矛盾がありますが、事実、アメリカはYPGを支援して、ISと戦わせたのです)。そのため、アメリカは、YPGに資金や武器を提供した。
アメリカを中心とした連合国がシリアで過激派勢力「イスラム国」(IS)を破ることができたのは、クルド人勢力の協力によるところが大きい。YPGは、トルコ南部と国境を接するシリアで活動。シリア民主軍(SDF)の大部分を占めており、SDFはアメリカ軍の支援を受けてイスラム過激派組織IS掃討に貢献した。
(BBC NEWS Japan 2019年10月10日)
それで、YPGは強力になり、トルコの脅威になってきた。とはいえ、シリアのクルド支配地域には、米軍が駐留していて、さすがにトルコも手出しできない。ところが、2018年12月、トランプは「シリアから米軍を撤退させる」意向を示しました。トルコのエルドアン大統領は、きっと「ニヤリ」としたことでしょう。
10月6日、トランプは、エルドアンとの電話会談で、「米軍撤退」と「トルコのクルド支配地域攻撃には関与しない」と話したとされています。
ドナルド・トランプ大統領は6日、トルコによる軍事作戦に関与しない方針だと発表。すると、トルコがクルド人民兵組織「人民防衛部隊(YPG)」への攻撃を開始する道を切り開くことになりかねないなどと、身内の与党・共和党内からも批判が殺到していた。
(同上)
10月7日、いよいよ米軍が撤退した。そして、10月9日、トルコはシリアのクルド人地域を攻撃しはじめたのです。エルドアンは、攻撃の目的について、
トルコのレジェプ・タイイップ・エルドアン大統領は、軍事作戦の目的は、国境地域に「テロの回廊が構築されることを防ぐ」ためだとしている。トルコ軍は国境地域に「安全地帯」を確保したい考え。この安全地帯からYPGの戦闘員を完全に排除し、シリア内戦などでトルコ領内に避難してきたシリア難民360万人のうち、最大200万人をこの安全地帯に移住させたいとしている。
(同上)
これからどうなる?
問題は、アメリカがどう動くかですね。トランプは、トルコ経済を壊滅させると脅しています。
トランプ氏は声明で、トルコが「行き過ぎた」行動をとるようなことがあれば、トルコ経済を「壊滅させる」と警告。アメリカは「攻撃を支持」していないし、軍事行動は「悪い考え」だと述べた。
ところが、あんまり本気ではない感じです。
その後、トランプ氏は記者会見で、トルコとクルド人は「何世紀にもわたって争い続けている」、クルド人部隊は「第2次世界大戦でわれわれに協力しなかったし、ノルマンディー上陸作戦にも協力しなかった」と述べた。
(同上)
この発言から、彼の本音(クルドはどうでもいい)が見えます。アメリカは、トルコに制裁するかもしれません。しかし、それで「トルコ経済が壊滅する」ほどではないでしょう。
アメリカ、最近「中東がらみ」でやる気のなさが見え見えです。たとえば、同盟国サウジアラビアの石油施設が攻撃を受け、産油量が半分になってしまった。イエメンのフーシ派が犯行声明を出しましたが、アメリカは「イランの仕業だ!」と決めつけました。これ、どう考えても、「集団的自衛権行使マター」でしょう?ところが、この話、いつの間にか忘れ去られようとしています。
なぜトランプは、中東への興味を失っているのでしょうか?RPEでは6年前から書いています。シェール革命で、石油、ガスを自給できるようになったアメリカは、中東への関心を失った。そういうことです。哀れなのは、アメリカに見捨てられたクルドですね。
image by: MuscleMan29 / Shutterstock.com