人前で話すあらゆるシーンに役立つプロの技を伝えてくれるメルマガ『話し方を磨く刺激的なひと言』の著者で、アナウンサー歴30年の熊谷章洋さんによる「話し方の表現力を上げる5つのアプローチ」シリーズ。前回は「ネガティブワードを使わず伝える言い換え術」として、「嫌い」の言い換え方を教えてくれました。今回もネガティブワードの言い換え術の1つ、「反対」を表明するときの言い回し「賛成しかねる」が優れている理由と具体的な使い方を伝えています。
ネガティブワードを言い換える方法
話す時の語彙力を高める方法について、シリーズでお伝えしているなかで、ちょっと寄り道で、ネガティブワードを使わずに、他の表現に言い換える方法について考えています。
ネガティブワードを使わないことのメリットは、自分自身にとっては、ネガティブな言葉を別の言葉で言い換えようとする時の、イメージのスイッチの切り替えが、脳に良い働きを与え、また、聞き手に対して、誤解、不快感を与えない、敵を作らない、人間関係を円滑にする、などの効果が考えられます。
「ものは言いよう」「そんな言い方もできるのか!」という気づきが大切であり、そういう言葉遣いが定着してくると、ネガティブな考え方をする機会すら減ってくるものです。
前回は、「嫌い」と言わない話し方の具体策をご紹介しましたね。まとめますと、「嫌い」と言い切ってしまう表現は、自分の嗜好性を表明するのには便利ですが、自分とは違う嗜好性を持つ人の価値観を全否定することにつながり、それに携わるすべての人を敵に回す恐れがあります。
言い換えのコツは、
- それが好きな人の価値観をまず認めること
- それが「嫌い」なのは自分に限った価値観であること
- 感情ではなく、事実を
- どこが、どう、どうして、を明確に
- 好きになるには、それがどうなればいいのか?
このようなニュアンスを込めること。
さらには、
- 人間にとって限りある資源である、時間、お金、労力を理由にする
- 勉強や、病気の治療、努力していることなどの大義名分を入れる
- 相手が知らなそうなテーマで話す
など、別ジャンルの理由で話題を転換することも、話の成り行きで言い訳が必要な場合には有効です。くわしくは前回記事をご覧ください。
この「嫌い」と同類のネガティブワードとして考えられるのは、「気持ち悪い」「反対」「合わない」など。いずれも、自分の価値観を表明するだけの性質で、他人とは違う可能性があるばかりではなく、もしかしたら自分だけがそう思っている場合もあるでしょう。ですから、「気持ち悪い」「反対」「合わない」も、「嫌い」と同様のコツで、言い換えが可能です。
なかでも、「気持ち悪い」「合わない」はどちらかというと、自己中心的なニュアンスを伴いますから、言い換える習慣をつけた方が、ものの見方が多角的になり、人としての視野が広くなります。
例えば、虫を見つけて「気持ち悪い!」と叫ぶのも、まぁ、それはそれでカワイイですし、動物的な本能、危険察知能力などだともいわれます。でも、虫の側だって、長い歴史の中で、ゆえあって、その姿をしているのであり、ひとつの命という意味でも、人間と何も違わない存在です。
動物的な本能で気持ち悪い!と言ってしまうところを、人としての想像力や理性で、別の表現に言い換えられるほうが、圧倒的に穏当で平和ですよね。虫に出会っても、色がピンクだったら好きになれるかもしれない!そんな想像力が、話す自分も聞く人も、幸せにします。
その、気持ち悪い!の相手が、人間であれば、なおさらですね…。
「反対」を表明するときの言い換え術
いっぽう「気持ち悪い」「合わない」とは違って、「反対」は、言わざる得ない時があると思います。「反対」するのも、「気持ち悪い」のと同じく個人的な価値観ではありますが、なんらかの合意が求められている場面ですからね。
多数決で、賛成か反対かと問われれば、ストレートに反対と表明しても良いと思いますが、「反対」を言い換える必要がある理由は、生理的な嫌悪感やわがままだけで反対しているわけではなく、その反対に正当性があることを、聞き手に理解してもらい、欲を言えば自分への賛同者を増やしたいからです。
そういう意味で「反対」を言い換えるとしたら、賛成できない、しかねる、などの言い方がありますね。「賛成(賛同)しかねる」という表現が優れているのは、〇〇だから賛成しかねる、と、必ず理由が伴う言い回しだからです。
「嫌い」と言わない方法と同様に、
- まず、それに賛成の人の立場、価値観に思いを巡らせること
- しかし少なくとも自分は「賛成できない」価値観であること
- どこが、どう、どうして、賛成できないのか?を明らかにし
- 賛成できるためには、それがどうなればいいのか?
これらの要素を伴わないと、それ単独で使いにくいフレーズなんですね。
「反対」の意思表示をするときは、争点を曖昧にせず、客観性を高め、緻密な相互理解が必要になりますが、この「賛成しかねる」の言い回しは、議論を合理的に進めるために、とても有効です。
いたずらに聞き手の感情を揺さぶらず、反対するのは、あなたと私の立場、価値観が違うだけ、と双方が割り切ることができますし、あなたの価値観を理解できたうえでもなお、私は反対であるという、強い意思表示になります。
また、賛成の人の立場への理解も先に述べる形になるのですが、これが客観性を高めるだけでなく、相手の正当な反論のきっかけを与えることになります。反論されてはいけない、そのきっかけも与えてはならない、と思うのは、相手を「やり込めたい」時であり、それに終始してしまっては遺恨が残ります。健全な議論をするのであれば、きちんとした反論もしてもらったほうが後腐れありません。
例えば、御社のこういうお立場はご理解できますが、私共はこういう理由で受け入れられません…と表明すれば、相手は、それだけではなく、私どもの立場はさらにこうで…と別の要因も主張しますよね。それに対してさらに、それでもなお、受け入れがたいのだ、と、お互いの主張理由を、ひとつずつ消していくことができます。話し合いに後腐れがなくなるのは、ここがポイントです。
なおかつ、どうなれば賛成できるのか、代替案や許容範囲を提示すれば、そこから建設的な議論が始められますよね。その点が「反対」と言い捨てるよりも、「賛成しかねる」と言い換えをすすめる理由です。
また「賛成しかねる度合い」を、同時に表現するのも、アリだと思います。具体的には、「概ね賛成なのですが、2割程、賛成できかねる内容があります。」「賛成できる点も多いのですが、半分ぐらいのポイントにおいて、残念ながら賛成しかねる(隔たりがある、まだまだ検討を要するところが…)」など。
「反対」を言い換えた「賛成しかねる」ですが、それでも反対の意味は含んでいます。反対の意味が先に立ってしまうと、全面的に反対であると誤解される恐れがあり、話の冒頭から、聞き手に警戒心を抱かせてしまうものです。ですから、どのぐらい賛成できかねるのか、その度合いと、せっかく賛成できる部分があるのなら、賛成という言葉を先に出してしまった方が、理解を得やすくなるものです。
このように、言葉の繰り出し方のちょっとしたこと、「ものは言いよう」で、話の進み方は全然違ってくるんですよね。そして、ネガティブワードの言い換えは、「ものは言いよう」の最たるものだと思います。
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