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河井案里氏は悪党か。仁義なき菅vs岸田、広島代理戦争の深い闇

先日掲載の「会社員だったら即刻クビ。議員続行の河井案里氏に国民は怒りの声」でもお伝えした通り、公選法違反の疑いで男性秘書が事情聴取を受けている河井参院議員については各所から厳しい声が上がっていますが、この案件、さまざまな「事情」が絡み合っているようです。米国在住の作家・冷泉彰彦さんが自身のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』で、その複雑な「背景」の読み解きを試みています。

広島の選挙スキャンダルとポスト安倍問題

簡単に言えば、本来は1日1万5,000円しか払ってはいけない「ウグイス嬢のギャラ」について、倍額の「3万円」を払ったということで、自民党の河井案里参院議員はスキャンダルの渦中にいるわけです。

1月20日には、議員事務所が公職選挙法違反容疑で広島地検の家宅捜索を受けたことが報じられました。この間に議員活動を行わずに雲隠れしていたり、適応障害という診断で入院していたなどということも含めて、改めてネットの世界は「税金泥棒」だとか、「どうして議員辞職しない」といった批判が集中しています。

ちなみに、河井議員は記者団の取材に応じ、「政治不信を招いていることを深くおわび申し上げたい。捜査の進展を見ながら、区切りがついたところでしっかり説明をさせてほしい」と強調したそうです。

もう一つ大きなエピソードとしては、この問題はダンナの河井克行衆議院議員にも飛び火しています。克行議員の方は、2019年9月の内閣改造で法務大臣になっていますが、この妻のスキャンダルのために2ヶ月でクビになっています。

この克行議員の方も、妻と一緒に雲隠れするなど報道陣を避けていましたが、20日には、国会に登院し、記者団の質問に答えています。と言ってもそんなに内容のあるコメントを出したわけではなく「刑事事件という性質上、捜査に支障を来してはならない。(説明は)控えたい」とか、「しっかりと国会議員としての責務を果たしていきたい」と述べています。こうした一連の行動について克行議員に対しても批判が強まっています。

この問題、詳しく見てゆくと2つの点が浮かび上がって来ます。

まず大前提としては、「悪人である案里候補が、悪い選挙違反をやった」ので、「その夫の克行議員も含めて悪い」だから、この2人を抹殺すればいいという話では「ない」ということです。

1点目は政治的な背景です。問題は、2019年7月の参院選に戻ります。

この参院選で案里議員は初当選したのですが、その選挙の構図がよく分かる記事が、まだ残っています。例えば、公示前の2019年5月12日の産経新聞(電子版)には次のような解説が出ています。

夏の参院選の広島選挙区(定数4=改選数2)をめぐり、自民党内で亀裂が深まっている。現職の溝手顕正氏(76)と新人の河井案里氏(45)の2人による票の奪い合いとなるためだ。広島は溝手氏を含め岸田文雄政調会長率いる岸田派(宏池会)国会議員6人(当時)を抱える「宏池会王国」。河井氏は菅義偉官房長官らとの近さを演出し、岸田、菅両氏の代理戦争の様相も呈している。

というのです。同じ記事では、この「代理戦争」について

「一票たりとも回すな」。溝手氏は周囲にこう訴え、陣営の引き締めを図っている。

とか、

岸田氏は、2人目の擁立は受け入れたものの、周囲には「おれは宏池会会長だ」と語り、河井氏の支援には消極的だ。

「溝手陣営にいじめられている」。河井陣営はこう強調し、独自の人脈を使って活路を見いだす構えだ。

などという刺激的な描写がされています。もっと恐ろしいのは、同じ記事ですが、

党広島県連HPに溝手氏のHPを表示するバナーはあるが河井氏はない。

県連は3月に支援を溝手氏に一本化することを決めた。

河井氏が県内の団体を訪れても門前払いされるケースがあるという。

などということが書いてあります。ところで、選挙のウグイス嬢というのは(それ自体が、選挙制度のバカバカしさとセクシズムの感じられるイヤなカルチャーですが)特殊技能であって、素人には難しいのだそうです。

そうなると、今回の事件についての見方は変わって来ます。つまり、3つの可能性が考えられます。

1.そもそも数の限られている広島県内のウグイス嬢について、県連や溝手陣営が「河井陣営では働くな」という圧力をかけて、河井氏が困るような「イジメ」をやっていた可能性。

2.そこで追い詰められた河井陣営が「全国的にプロがやっている脱法行為」だという認識で「仕方なく領収証を工作する形で倍額払って」ウグイス嬢を集めたが、そのウグイス嬢が県連とつながっていて、河井を陥れるために密告をしていた可能性。もしくは、最初から溝手陣営などのスパイだった可能性。

3.その場合に最初からウグイス嬢を抑えていた溝手陣営では「1万5,000円」では、金銭的なメリットが提供できないので、「絶対にバレない高度な工作をした上」で「もっと上のメリットを提供していた」という可能性。

この3つの可能性が考えられます。更にその上には「そもそもウグイス嬢の派遣などは、県内の有力者が一手に握っていて、もっと別の世界とつながっている」とか、色々な「闇」が関係しているということも、可能性としてはあるのかもしれません。

いずれにしても、状況証拠的には今回の事件は、「河井」対「溝手」という、「菅」対「岸田」の代理戦争がヒートアップした結果起きた事件であり、では、どっちがクリーンなのかというと、簡単には言えないダーティなものだということは言えると思います。

私はオバマ大統領との一連の交渉に際しての岸田文雄氏の仕事は及第点だと思っていましたし、そもそも宏池会については消去法ではあるのですが一定の支持をしていました。ですが、今回の一件でかなり落胆しているのも事実です。ちなみに、私は河井夫妻のポジションについても右過ぎて支持はしてません。

それとは別に、この種のダーティな「代理戦争」を見せつけられると、菅義偉、岸田文雄という2名については「ポスト安倍」のリストの中で急速に色あせて見えるというのは、否定できません。

もう1つの問題はタイミングです。

まず、このニュースの表層では「とにかく議員特権を奪われたくないし、罪を認めたくない」夫妻が、入院や雲隠れなど「悪あがき」をしているように見えます。ですが、彼らには、いや彼らの背後にいる菅官房長官には、タイミングというのは非常に重要なのだと考えられます。

というのは、仮に起訴ともなれば案里議員の辞職は不可避、そうなると克行議員の方も辞任が避けられません。その場合に問題になるのが補欠選挙です。

安倍政権あるいは菅官房長官陣営としては、妻の参院議員の議席について、そして、夫の衆院議員の議席についても、それぞれが単独補選になるのはどうしても回避したいと考えていると思われます。というのは、

「単独補選になれば、この選挙違反事件だけでなく長期政権批判が争点になってしまい、野党に議席が行く可能性がある。そうなると党内抗争どころではなく、安倍早期退陣+菅氏のポスト安倍消滅となってしまう」

「克行議員の場合は、当選7回というそれなりに政治権力があることから、補選に出て『みそぎ』をしたいという要求を抑えるのが難しい」

「その場合に、克行議員が自身の延命のために妻を離縁して補選に出るという強硬策に出たり、妻の方にしても離縁されたら野党に走って菅+岸田の内幕暴露などをし始めると全てがカオスになってしまう」

「妻の補選で、仮に溝手氏が自民議席を守った場合、それはそれで代理戦争で菅氏の敗北になる」

というようなマズいシナリオが沢山あるからです。離縁うんぬんというのは、ちょっとご本人たちには失礼で、あくまで仮の話としてお読みいただければと思います。それはともかく、このまま何もしないで流れに任せると、

「妻が起訴されて議員辞職」
→「ほぼ同時に夫も議員辞職」
→「それが3月15日以前だと、参院も衆院も4月26日の統一地方選とダブル」
→「そうなると、統一地方選は、腐敗した安倍長期政権批判で、野党優勢に」
→「結果が敗北だと、安倍政権崩壊、菅氏のポスト安倍も消滅」

という最悪シナリオになってしまいます。

そこで、安倍総理、菅官房長官としてベターなシナリオはというと、妻の起訴が不可避だとして、

「妻の起訴を3月16日以降に引き伸ばす」
→「夫妻の議員辞職も3月16日以降」
→「そうなると自動的に衆院、参院ともに補選は10月25日にセットされる」
→「ズルズル補選を待つのではなく、五輪直後に解散、その場合は改憲争点」
→「そうなれば、少なくとも夫の補選は消滅しして河井夫妻の話はウヤムヤに」
→「仮に選挙に敗北となれば、安倍退陣、その場合の後継は、河野か石破」

→「あるいは五輪直後に安倍辞任で、菅に禅譲」
→「令和おじさん人気に乗って10月に解散して、夫の補選は消滅、妻の補選もダブルで吸収してウヤムヤに」

まあ、このシナリオ以外にも、仮にポスト小池の「勝てそうなタマ」を自民が擁立できた場合は、7月の都知事選とダブルで解散というシナリオもあるのですが、いずれにしても、夫妻の辞任タイミングが補選時期に関係しており、少なくとも3月15日というのがデッドラインになっているということは見えてきていると思います。

診断とか、雲隠れといった話は全てそこから来ていると考えたほうが辻褄が合います。

じゃあ、野党に政権担当能力があるのかというと、ないわけで、何とも困った状況と言えます。

image by: 河井あんり - Home | Facebook

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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