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病気ではないからこそ辛い「認知症」神戸市の画期的な支援とは

神戸市で昨年、全国初の取り組みとしてスタートした独自の認知症支援制度。「神戸モデル」として注目され、他の自治体からの視察も相次いでいるようです。これまでもたびたび認知症を取り上げてきた健康社会学者の河合薫さんは今回、自身のメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』で、神戸モデルの詳細と意義を紹介。その一方で、「認知症」という言葉が本人にとっては未だ重く響くという現状を記しつつ、高齢者にやさしい行動が当たり前の社会を目指したいと結んでいます。

※本記事は有料メルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』2020年2月19日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール:河合薫(かわい・かおる)
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。

“認知症”3文字の重み

認知症になった人が、あやまって外出先などで他人にけがをさせたり物を壊してしまった場合に備え、民間保険を活用する自治体の支援事業が広がりをみせています。

そのさきがけとなり、注目を集めているのが「神戸モデル」。2019年1月28日から神戸市がスタートした独自の支援制度です。

「神戸モデル」では認知症診断の無料化と、認知症の高齢者が事故を起こした場合に賠償金などを支給する救済制度を組み合わせ、市民税の均等割を1人当たり年400円を上乗せすることで財源を確保しました。

事業スタートから1年の経過報告によると、

などのケースで事故救済制度が適用されたそうです。

また、認知症診断では、75歳以上の対象者約23万人に無料の受診券を送付したところ1万1,560人から申し込みがあり(昨年10月末時点)、第1段階の認知機能検診を受けた人のうち約3割(2,776人)が「認知症の疑いあり」だったことがわかりました。そのうち1,872人が第2段階の精密検査を受け、6割が認知症の診断をされたとのこと。

さらに、神戸市では市内7カ所の認知症疾患医療センターで、診断後の専門医療相談や生活支援を始めているそうです。

…認知症。この3文字を新聞で見ない日がないくらい、超超高齢化社会に突入した日本では「認知症」は大きな社会問題です。

が、その一方で、認知症とは、「物忘れや認知機能の低下が起こり、日常生活に支障をきたしている状態」であり、認知症=病気ではありません。

例えば、頭痛がさまざまな病気で引き起こされるように、認知機能の低下にも多種多様の原因が存在します。広く知られているのが、アルツハイマー病やレビー小体症などですが、実際には70種類以上のさまざまな要因が引き金になっていて、原因が特定できない場合も多数存在します。

しかも、障害の種類や重さ、症状は個人差があり千差万別です。

認知症の専門医の中には「老いれば誰もが認知症になる」と断言する医師もいるほどです。

私自身、認知症に関してはこれまでもさまざまな角度からコラムを書いてきましたし、社会の認知症への誤解や、知識不足も度々指摘してきました。

ですから、昨今のメディアの「認知症」という3文字の使い方には違和感を感じることも度々あります。そんな中で、今回、神戸モデルを取り上げたのは、認知症を個人の問題ではなく、「社会の問題」と捉えていることに共感したからです。

財源を市民税に上乗せしているところなどは、とてもいい。それは言い換えれば「年とりゃだれだって認知症になるよ。みんな認知症のリスクがあるんだから、みんなの問題としてサポートしようよ!」というメッセージです。

みなさんも記憶にあると思いますが、2007年に認知症の男性(93才)がひとりで外出し、駅のホーム端近くの線路ではねられるという事件がありました。事故で列車が遅れたため、JR東海は男性の家族に対して、振り替え輸送などにかかった費用の720万円を支払うように訴え、一審では妻と長男に責任があるとして全額の支払いを命令。二審では「妻にだけ責任がある」として半額の約360万円を支払うように命じました。

この判決に対して、認知症の人を介護する家族たちのグループなどから「介護の実情をわかっていない」などの批判が相次ぎ、最高裁判所が「家族に賠償する責任はない」という判決になりました。

介護している家族が一瞬目を離した隙におきてしまったこういった事件にも、神戸モデルは対応できるよう保険を活用していく仕組みです。とても時代にあった、認知症にやさしい取り組みなのです。

ただ、その一方で神戸モデルでは「保険」が軸にあるため、認知症の早期発見が極めて重要になります。つまり、「認知症」という診断名があって機能するモデル。これは…結構きつい。はい、かなりキツイ。そう言わざるをえません。

「認知症」という言葉は、家族はもとより「本人」にはとてつもなく重い言葉です。

診断される→治療できる→効果が出る

というプロセスが確立していればいいのですが、残念ながら認知症につながる病気への特効薬はいまだありません。その不確かさが、認知症の人=厄介な人とイメージを生んでいる。

「迷惑をかけてしまって申し訳ない」
「なんでこんなバカになってしまったのか」
「一生懸命努力しているんだけどね……」
「こんなになってしまって恥ずかしい」
「認知症になって子に恥をかかせたくない」etc.etc.

これらは年を取り、「今までできていたことができなくなった」高齢者が、こぼす言葉です。

高齢者の多くは「認知症になったらどうしよう」という不安を抱えている。そんな状況で「認知症」という診断を受け入れるのは、当人も家族も容易ではありません。

本来であれば、「認知症」という言葉を使わなくても、年齢を重ね認知機能が低下した高齢者が安心して暮らせ、「年とりゃ誰だってそうなる。仕方がないよ」と笑い飛ばせる余裕のある社会になればいいのですが、みんなどこか他人事。

社会のスタンダードは、私たちの子供の頃からちっとも変わってない。

つまり、保険で損害をフォローする仕組みを作る一方で、スタンダードを変えることが必要不可欠です。

階段の手すり、大きな文字、大きなスイッチ、見分けやすい色などのハード面に加え、私たちのマインド、つまりソフト面のスタンダードも高齢化社会に合わせる。私たち自身が、おじいちゃんおばあちゃんの目となり、耳となり、手すりとなる。

そんな小さな、高齢者にやさしい行動が当たり前の社会を目指したいです。

みなさんのご意見もお聞かせください。

image by: Shutterstock.com

※本記事は有料メルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』2020年2月19日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。

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米国育ち、ANA国際線CA、「ニュースステーション」初代気象予報士、その後一念発起し、東大大学院に進学し博士号を取得(健康社会学者 Ph.D)という異色のキャリアを重ねたから書ける“とっておきの情報”をアナタだけにお教えします。
「自信はあるが、外からはどう見られているのか?」「自分の価値を上げたい」「心も体もコントロールしたい」「自己分析したい」「ニューストッピクスに反応できるスキルが欲しい」「とにかくモテたい」という方の参考になればと考えています。

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