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ここまで迷走のナゼ。安倍首相が現金給付案を二転三転させた理由

新型コロナウイルス感染拡大の対応策として、ほぼ決まりかけていた「減収世帯へ30万円の現金給付」の方針から一転、「1人一律10万円の現金給付」とすることを決定した政府。17日の記者会見では、混乱を招いた責任は自分にあると陳謝した安倍首相ですが、その裏では様々な思惑を持った省庁や大物政治家たちが蠢いていたようです。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では元全国紙社会部記者の新 恭さんが、二転三転した現金給付案を巡る動きを時系列を追い解説するとともに、大胆に推理したその舞台裏の筋書きを記しています。

「減収世帯30万給付がスピーディー」は安倍首相お得意のウソだった

あの志村けんさんが旅立ち、衝撃がおさまらぬうちに、次々とテレビでおなじみの顔が、別人と見紛う苦悶の表情を浮かべてネット投稿動画に現れる。

なんという難敵かと、まだウイルスとの距離を感じているうちはいいが、その間にも、音もなく新型コロナウイルスは近づいていて、やがて友人、知人の感染が伝わるようになると、“明日は我が身”の恐怖に打ち震えるのであろう。

いや、とうにそんな段階は過ぎて、すでに“我が身”だとおっしゃる方もいるかもしれぬ。家庭にコロナが入り込み、生活が破壊されているという、無言の喘ぎもあちこちから聞こえてきそうだ。

ただ、間違いなく言えるのは、程度の差こそあれ、どこの誰もがこの感染症の蔓延によって、経済、生活、心身などになんらかの影響を受け、耐え忍ぶ時間を強いられていることだろう。

社会隔離政策を断行せざるを得ないこういう危急のおり、みんなで一丸となって自粛につとめる国民に政府が給付金を出そうというなら、誰彼構わず同額でドンと実行すべきである。

ところが、野党各党が全国民一律に一人10万円の現金給付をせよと要求していた時、安倍首相はその提案をはねつけた。理由はこうだった。

「全員に給付するということになりますと、麻生政権のときでもやりましたが、大体手に届くまで3か月ぐらい、どうしても時間がかかってしまう。今回はスピードも重視したということであります」(4月7日総理記者会見)

スピードを重視して「減収世帯への30万円給付」にしたという。ところが補正予算案提出の土壇場にいたって、「一人10万円の一律給付」にどんでん返しとなり、急遽、閣議決定済みである補正予算案の組み替え作業がはじまった。

このドタバタぶり。上意下達の一強リーダーを気取っていた安倍首相らしからぬ成り行きである。

4月17日の衆院厚生労働委員会では、なぜいまごろになって政策を転換したのか、野党が言う通りにしておけば、補正予算案は早く成立し、現金給付の時期もむしろ早かったはずだと、安倍首相への追及が相次いだ。

安倍首相の説明では、全国民に一律で現金を配る場合、麻生政権の定額給付金1万2,000円と同じように、3か月くらいかかり、新型コロナ対策による減収で今すぐにでもお金がほしい人々の要望に沿えないということだった。そこで、山井和則議員はこう質問した。

「与野党を超えた国会議員、多くの国民が10万円の一律給付がいいと言ってたのになぜ安倍総理は結果的には間違った判断をされたんでしょうか。全員に給付すると届くまでに3か月くらい時間がかかってしまうということでしたが、この認識は今でも変わっていませんか」

ガーゼを何枚も重ねたようなあの小さな布製マスクでは、安倍首相もよほどしゃべりにくいのか、何度もマスクの位置を調整しながら釈明した。

「(減収世帯への)30万円給付については手上げ方式なので早い、と説明を受けていましたので、これはスピード感が必要ということもあり、そういうご説明をさせていただきましたが、今回あらためて確認したところ、前回よりも相当短縮することが可能であるという話を総務省からいただいています」

なんということはない。30万円だろうが10万円だろうが、給付時期に大差はなさそうである。

それなら、最初から、よく確認しておけばよかったのだ。国民全員に一律で給付するから時間がかかるというのではなく、麻生政権当時の定額給付金の交付作業は、やり方がまずかっただけではないか。

その後10年以上を経て、オンライン化も格段に進んでおり、「一律10万円」なら時間がかかるという理屈は通らないし、現に総務省は、できれば5月中の支給をめざすと言っている。

現金一律給付案は、野党と公明党のみならず、自民党内部からも出ており、当初、安倍首相自身も、その気だったといわれる。「一律20万円ならインパクトがあるな」とかなんとか、周囲に語っていたそうなのだ。

それなのになぜ「30万円」案に傾いたのか。要するに、一律10万円を全国民に配るとカネがかかりすぎると踏んだ財務省が反対し、“ご説明”で洗脳された財政再建派の族議員を取り込んで、もとはといえば「一律給付」派だった岸田文雄自民党政調会長をも動かしたということであろう。

「30万円」案なら対象世帯は全体の2割ほどで、4兆円ですむが、全国民に一律10万円だと、12兆円以上もかかってしまうのだ。

世間受けを気にする側近と財務省の意向との間で安倍首相に迷いが生まれたのであろう。政調会長である岸田氏にゲタを預け、自民党案を取りまとめるよう依頼した。

そして、4月3日、岸田氏が持ち込んだ減収世帯への30万円給付案を安倍首相も了承した。まさか「10万」より「30万」のほうが見栄えがいいなどという単細胞の観測に乗ったわけではあるまいが、そこはやはり予算を組む財務省の論理が勝ったに違いない。とりわけ安倍首相に対しては、森友問題などでの“貸し”が財務省にはある。

岸田氏は二階俊博幹事長に事前に相談することなく、4月6日、自民党本部における会議で30万円給付案への了承を求めた。会議では、一律給付を主張する声も多々あったらしいが、すでに安倍首相と合意していることでもあり、岸田氏はいつになく強い姿勢で押し切ったようだ。

朝日新聞(4月18日付朝刊)によると、二階幹事長は「普通は協力を求めるもんだろう」とたいそうな怒りようだったらしく、一律給付を主張する党内世論も強かったことから4月14日、寝癖のついた後ろ髪のままテレビカメラの前に姿を現して、こうぶち上げた。

「経済対策では一律10万円の現金給付を求める等の切実な声があります…できることは速やかに実行に移すよう政府に強力に申し入れたい」

実はこの発言の直前、自民、公明両党の幹事長らが会談したそうである。そのときのやりとりが、朝日の記事にこう書かれている。

公明党の斎藤鉄夫幹事長が「30万円は本当に評判が悪い」と水を向けると、二階氏は「まったくだ。党の言うことを聞かないから悪いんだ」と同調。

このあと、鈍重に見える二階幹事長がいきなり動き出したのを見て、創価学会から突き上げを食らっていた公明党があわててスタートダッシュした。

山口那津男代表は15日、官邸に駆けつけた。安倍総理大臣に会ったあとの、ぶら下がり会見。

「1人当たり10万円、所得制限をつけないで国民に給付する…これを総理に決断を促した。総理は『方向性をもって検討する』とおっしゃった」

決断を促したなどと、鋭い眼光で言うあたり、ちょっと芝居がかっているが、二階幹事長に先を越されそうになって、なんとか自分たちの手柄にしたいとはやった気持ちも、わからぬではない。連立離脱までちらつかせるほどの迫力で安倍首相に立ち向かったという。

翌16日、自民、公明両党の計4時間にわたる幹部会議で、補正予算の組み替えを求めてまくしたてる山口氏らに岸田氏は激しく抵抗した。岸田氏と日ごろからソリが合わないといわれる二階氏は、いったん言い出した以上、後には引かない。会議の後、「平行線だった」と記者団に語った岸田氏の顔に苦渋の色がにじんだ。

とまあ、こんなふうに「減収世帯へ30万円」から「一律10万円」へのストーリーは、二階、山口両氏の熱演でケリがついた。誰かがシナリオを書いたのか、それとも、たまたまそうなったのかは、わからないが、「30万円」があまりにも不評だったことに安倍首相が気を揉んでいたのは間違いないだろう。安倍首相自身も「一律給付」論者だったからだ。

さりとて、岸田氏にとりまとめを頼み、汗をかいてもらったいきさつもあり、いったん閣議決定された補正予算案を組み替えるなどという前代未聞のことを、安倍首相自ら音頭をとってやるわけにはいかない。

そこで官邸の密使が動いたとすれば、舞台裏の筋書きとしては面白い。「一律10万円」への転換を、自民党と公明党から強く主張してもらえば総理は了承すると言って、二階氏や山口氏に近づいたとか。

もちろん、いったん決まった予算の組み替えともなると、安倍首相のリーダーシップが問われるのは必至だ。

それでも、2割ほどの世帯しか恩恵にあずかれない「30万円給付」を維持し、コロナストレスに悩む国民の不満を今後膨らまし続けるより、全員に等しく配るほうが政権にとって得策だと思い至っても、いっこうに不思議ではない。

なにしろ、昨今の安倍首相は、いかに「歴史に残る総理」への花道をつくるかに最大の関心を寄せてきたに違いないのだが、その装置としての東京オリンピック開催が危ぶまれ、アベノミクスバブルも崩壊しそうになっているのだ。いくらなんでも、これまでのような強気一辺倒は通用しない。

対策の遅れが数々指摘されながらも、安倍首相がここへきて、新型コロナウイルスから国民を守ることこそ、残された任期中の最大の使命であると気づくなら、まだ、いくらか救いはあるのだが…。

image by: 首相官邸

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