ミネソタ州ミネアポリスで起きた警察官による黒人男性殺害事件に端を発し、全米に飛び火した抗議デモ。日本時間の6月2日朝にはトランプ大統領がワシントンへの軍の派遣を表明するなど、混迷は深まるばかりとなっています。一体なぜ、事態はここまで悪化してしまったのでしょうか。今回のメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』では、健康社会学者でアメリカ滞在歴もある河合薫さんがその原因を探るとともに、「今回の暴動に対するトランプ大統領の対応がアメリカの分断を拡大させる」と批判的に記しています。
※本記事は有料メルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』2020年6月3日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:河合薫(かわい・かおる)
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。
アメリカの建前と分断社会
白人警察官による米ミネソタ州の黒人暴行死事件が引き金となった全米の抗議デモは、「いったいいつの時代なんだ?」と眉をひそめたくなるような事態に発展しています。
ついこないだまで、コロナウィルス感染拡大の防止に国全体で取り組み、エッセンシャルワーカーたちを賞賛していたのに…わけがわかりません。しかも、トランプ氏は、1日(現地時間)に行われた演説で、「抑圧できなければ軍を投入する」と表明しました。一方、黒人男性の遺族の依頼を受けた独自の死因調査で、男性は現場で窒息死していたことがわかりました。
男性は警官らに首と背中を圧迫され続け、脳への血流が止まって死亡し、事実上の即死状態だったそうです。
メディアは今回の抗議デモが過激化している背景を、「人種対立とコロナ禍で浮かび上がった所得や医療水準の格差の広がり」と説明しますが、それは「イエス」であり「ノー」。
これが感情が理性を凌駕したときの「アメリカ」です。私が幼少期にアメリカに住んでいたときも、ティーンになって留学したときも、大人になってアメリカ人の友人とお酒を交わしたときも、「私たち日本人には理解できない“感情”」を、度々感じてきました。だからこそオバマさんのような理想を掲げる「建前政治」が必要でした。
その一方でアメリカには、属性ではなく「個人」をきちんと評価し、「異物」を受け入れる土壌があります。日本では認められなった人がアメリカで認められ、「アメリカで活躍する日本人」としてメディアが紹介し、日本でブレークするなんてことはこれまでもありました。
また、今回の事態でも、レディ・ガガやテイラー・スウィフト、ビリー・アイリッシュなど多くのアーティストが、SNSで声をあげていますが、それはとても自然なこととして受け入れられています。
もっとも、これも建前かもしれませんが、少なくとも日本のように「芸能人が政治に口だすな!」とか、「内容理解してツイートしてるのか?」などとバカにする人は滅多にいません。
多種多様な人たちが作り上げた国だからこそ、平和を追求し「I」ではなく、「we」を主語にするリーダーが必要であり、その反面「自分と違う人」を容認する土壌も作られているのです。
しかし、今回の暴動に対するトランプ氏の対応を見る限りアメリカの分断はますます拡大するに違いありません。「自分を最優先する」リーダーになったことで、アメリカ中に露骨な感情がうごめいています。
そして、そういった言動がそれまでヴェールに隠されてきた「抑圧された怒り(inhibited anger)」を噴出させるきっかになったことは明らかです。
抑圧された怒りは、社会構造が生み出す情動で、偏見、差別、格差などが怒りのタネになります。ところが、やっかいなことに怒りのタネをまいた人は、それが偏見であるとか、差別だと気がつかない。
誰にだって「あんなこと言わなきゃよかった」とか「あんな言い方しなきゃよかった」と、後悔した経験が一度くらいはあるもものですが、それは「言ってはいけないことを言ってしまった」という認識があってこそ。
無自覚の価値観、無自覚の偏見は、ためらいのない無責任な言動となり、新たな偏見や差別につながります。
どんなにがんばったところで、抜け出すことができない社会。どんなに能力を発揮したところで、国籍、宗教、肌の色、学歴、性別などの属性が壁となり、認めてもらえない社会。
そんな慢性的なストレスの雨にさらされた人々は、不安、恐怖、絶望、悲しみなどのネガティブな感情に疲弊します。
ある人は怒る前に生きる力を失い、無気力になる。ある人は怒る前に生きる意味を失い死を選ぶ。また、ある人は自分のネガティブな感情を他者に悟られないように無理をして振る舞ったりもする。
そして、この抑圧された怒りを秘めた人々が群衆になったとき、怒りのマグマが一気に爆発し、暴力的で、残虐な行為として発散されるのです。
怒りは暴力的な快感をもたらし、ネガティブな生きる力を増幅させます。暴力的な快感とかネガティブな生きる力だなんて、妙な表現ではありますが、暴力は人間を興奮させ、「オレは生きてるんだ!」という快感をもたらします。
その「生きてる」躍動感と「怒りの発散」の爽快感にハイジャックされた心には、道徳心や倫理観のかけらもない。世間の常識や理屈が全く通じなくなり、自らを正当化するための、頑固で勝手で暴力的な思考が、行動を支配します。
アメリカに住む日本人も、その怒りの爆発の余波から逃れるのは極めて難しい。
菅官房長官が2日の記者会見で「一部の日本企業に被害が生じているとの報告を受けている」と明らかにしたように、海の向こうの出来事ではもはやなくなっているのです。
みなさんの意見もお聞かせください。
image by: Hayk_Shalunts / Shutterstock.com
※本記事は有料メルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』2020年6月3日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。