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誰の指図か。自民党防衛族が敵基地攻撃論を持ち出してきた意図

6月15日に河野防衛大臣が白紙撤回を発表したミサイル迎撃システム「イージス・アショア」配備に替わり、突如浮上してきた「敵基地攻撃論」。野党やマスコミは猛反発していますが、敵国と言えどもその領土を先制攻撃することは許容されうるものなのでしょうか。今回のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では著者で米国在住作家の冷泉彰彦さんが、多方面から見た先制攻撃のそのものの高すぎるリスクを解説するとともに、それでも自民党の防衛族が敵基地攻撃論を持ち出してきた思惑を推測しています。

敵基地攻撃論を考える

20世紀以降の戦争においては、基本的に先制攻撃というのはコストが高くつくということになっています。反対に言えば、19世紀までの戦争においては、明らかに軍事的優越という状況がある中で、他国への侵攻ないし、自国の防衛のために先制するという戦術は成り立っていました。

場合にもよりますが、堂々と先制攻撃して敵を圧倒するという戦術にしても、劣勢を挽回するためにコソコソと奇襲を行う戦術にしても、どちらも戦争を覚悟する中では特にコストが高いわけではなく、十分に選択肢として考慮されたのです。

ではどうして20世紀以降はコストが高くなったのかというと、3つの理由があります。1つは、兵器の技術革新により大量殺戮が可能となる中で、19世紀までは人類社会において必要悪とされていた戦争による死というものが、倫理的により敵視されるようになったという点があります。いわゆる反戦思想、厭戦思想、平和思想というものが一般的になると同時に、戦争イコール悪ということが政治的なタテマエとしても成立したということです。

2つ目には、メディアの発達です。19世紀までであれば隠蔽が可能であった大量殺戮が、いとも簡単に写真と文章で数日内に世界中に伝達されるようになりました。戦争に対する嫌悪感という漠然とした感情が人類を支配する中で、攻撃の事実が簡単に伝達されるということは、先制攻撃イコール開戦責任というイメージで、まず開戦の時点でマイナスイメージを背負うことになったのです。

3つ目は国際的な平和維持組織の存在です。20世紀初頭の国際連盟というのは十分に機能することはありませんでしたが、第二次大戦後に発足した国際連合というのは、曲がりなりにも戦争行為を厳しく規制する体制を構築しています。その結果として現在、戦争を合法化する、つまり戦時国際法の適用を受けて戦闘行為を行うには、国連安保理の承認を必要とします。反対に国連を無視して先制攻撃を行えば、国連全体を敵に回すことになりかねません。

つまり、21世紀の国際社会において、先制攻撃を行うというのは、下手をすると「開戦責任という重罪」という汚名を着せられ、同盟国の援助は難しくなり、国際世論の支持も遠ざかるということで、大きなコストを払わされることになります。

例外は、相手が小規模なテロ集団であるとか、仮に国であっても国際法違反や人道犯罪などの証拠が積み上がっており、問題や脅威の除去のための攻撃ということが国際社会と国連で広範に共有されているケースです。そうした事態であっても、例えばブッシュのアフガン、イラク戦争が失敗したように、先制攻撃という戦術は大きなコストを背負った不利な戦争を覚悟しなくてはできません。

勿論、自民党の防衛族諸兄姉は、そんなことは承知だと思います。ですから、今回の「敵基地攻撃能力」という議論は、開戦時の国際政治を想定した軍略ということではなく、あくまで「抑止力論議」の範囲内ということになると思います。つまり、本当に攻撃することは全く考えておらず、相手からの先制攻撃を受ける可能性を低める、要するに相手の攻撃を抑止する効果を期待するというわけです。

今回、河野防衛相が「イージス・アショア」の設置をキャンセルした中で、「それではミサイル防衛が心配だ」という世論の恐怖感情を埋めるには、仮に「敵基地攻撃能力」を保有しておけば抑止力として安心…そんなストーリーです。

ところで、敵基地攻撃能力というのは、具体的には4つの要素から成り立っていると思います。この4つが備わっていないと実際の「能力」にはなりません。

1つ目は物理的な攻撃能力です。例えば北朝鮮領土のミサイル発射基地まで爆撃機を飛ばして戻ってくる、あるいは誘導ミサイルで攻撃する、そうした装備を備えてかつ実際に高精度な攻撃を実施できるだけの練度を確保しておかねばなりません。敵方が超音速機による空中戦で対抗してくるようなら、確実に勝利できるような高性能機で圧倒する必要があり、その場合は空中給油による航続距離の拡大というテーマも出てきます。

2つ目は、情報の収集・発信能力です。明らかに敵基地において、日本へのミサイル攻撃が準備されている場合、その情報を自力で迅速に、そして秘密裏に察知しつつ、仮にその基地への攻撃を実施した場合には、その正当性を国際社会にアピールするために、十分な証拠を公開する必要があります。つまり偵察衛星の運用と分析、更には地上からの人的な諜報活動なども含めて、インテリジェンスの獲得を安定運用する体制が必要です。

3つ目は外交力です。仮に日本をターゲットとしたミサイル攻撃が企図されており、その動かぬ証拠を掴んだとします。その時の政権が迅速な判断をして、切迫した危険から国土と国民を守るために、ミサイル攻撃を未然に防止するために敵基地攻撃を実施したとします。しかしながら、その日本の攻撃は、相手方からすれば「侵略目的の先制攻撃」ということになります。仮にそうした主張で国際世論をまとめられれば、日本は一瞬のうちに孤立してしまいます。そうではなくて、日本側の正当性を魑魅魍魎の世界だる安保理で展開するためには高度な外交力が必要になります。

4つ目は法的な正当性です。憲法の解釈変更、もしくは条文改正を経て、敵基地攻撃を合憲とするような手続きが必要となります。ですが、それは解釈改憲や条文改正してしまえば、それでいいということにはなりません。ここで議論した2つ目、つまり情報力、そして3つ目の外交力を確保することで、攻撃が防衛目的のもの、つまり憲法上の正当性が確保されているということが必要です。反対に言えば、軍事的にも効果があり、外交的にも正当性のある措置に限って合憲とするような憲法の縛りを作っておかねばなりません。

というように、言うのは簡単ですが実際は大きな問題があります。ですから、抑止力ということでも、本当に大変なのです。ですが、これは抑止力のためで、本当の危機の場合には撃たないということを見抜かれてしまったら、抑止力にはならないわけです。ですから、ものすごい高度な化かし合いをしないと、この敵基地攻撃力というものは実際には機能しません。

そして、仮想敵が平壌ではなく中南海だとしたら、その外交上の困難は何十倍、何百倍になると思います。つまり、事実上、この敵基地攻撃ということはあり得ないのです。ということは、敵基地攻撃力を保有するということで抑止力になるということも事実上は絵空事になると思います。

実はそうしたことも、自民党の防衛族は理解しているはずです。では、どうしてそんな危険で難しい話を持ち出しているのでしょうか?

3つの可能性があると思います。

1つは、例えば中国との冷戦がエスカレートした場合に、管理された軍拡競争をやって、自国の防衛産業を潤すという目的です。勿論、軍拡というのは公共事業の中ではかなり筋の悪いもので、調子に乗ってやると電子部品などの調達が同盟国間に限定されてしまい、製造業軽視を続けてきた日本としては、かなり苦しくなると思います。また、民生用の小型ジェットを作っても上手く行かない中で、防衛装備を国内産業として育成したとしても、限度があると思います。そうした副作用や弊害も分かった上で、とにかく管理された軍拡競争へ進む誘惑はあるのだと思います。

2つ目は、日本や韓国における駐留米軍引き上げのトレンドが、トランプ政権の一過性のものではないという読みです。とにかく、トランプがギャーギャー騒いだために、アメリカの中では右派も左派も含めて、日本や韓国の防衛についてはもっと自分で負担してもらいたい、そんなセンチメントが渦巻いています。これに対抗する策として「あんまり構ってくれないと自主防衛に進むぞ」というメッセージを出しておけば、米国もそんなに無茶なことはしないだろう、そんな計算があるのかもしれません。

3つ目は、河野太郎氏(茂木敏充氏も)への牽制です。防衛族という人々は、長い間日本のエスタブリッシュメントから、悪の権化のように悪口を言われてきました。そんなことで落ち込むような人々ではないとは言え、河野氏が「イージス・アショア」を取り下げたり、世論受けするパフォーマンスを展開するのは苦々しく思っているはずです。どうして、唐突に敵基地攻撃力の話を出してきたのかというと、河野太郎が反発すれば「本籍は反戦サヨクだろ」というバッシングが可能になるし、万が一乗ってくるのであれば「左派世論からのバッシングの矛先を河野氏にして、思い切り苦しんでもらう」という仕掛けになるわけです。

そのどちらに転んでも、河野さんや茂木さんへの政治的な牽制にはなるということだと思います。そう考えると、黒幕は石破さんだけでなく、岸田さん辺りなのかもしれません。いずれにしても、この動きについては非常に注意して見ていかなければと思います。

image by: 航空自衛隊 - Home | Facebook

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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