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バイデン氏が米次期大統領になれば、中国がさらにつけ上がる理由

トランプ米大統領が自身のツイッターで大統領選挙の延期に言及しましたが、アメリカという大国の舵を次に取るのは民主党のバイデン前副大統領という見方が強まっています。そこで重要となってくるのが、バイデン氏の対中政策。混迷を極めるほど米中の対立が深刻化する中、もしバイデン氏が次期大統領になった場合、どのように進めていくのでしょうか?米国在住作家の冷泉彰彦さんは、自身のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』で、バイデン氏の対中政策について言及。二国間の交通整理ができるかどうか不安が残ると語っています。

不安が残るバイデン政権の対中政策(読者の方の質問より)

バイデンの政権構想はここへ来て少しずつ内容を公開するようになってきています。特に内政については7月8日に発表された「バイデン=サンダース・タスクフォース」の政策協定でかなり具体的になりました。

環境フレンドリーな経済に寄せるし、それはオバマ時代に戻すというレベルではなく、最終的な排出ガスゼロを実現できる中期構想を伴うものにする、協定ではそうした方針が各論とともに示されました。かといって「排出ガス削減を実現してしまっている」という「コロナ危機の現在」を凍結するというような経済無視の暴論では「ない」内容になっていました。

つまり実現可能な範囲であるが、その中では「相当に左」という内容です。一方で、民主党の党内左右両派が激しく対立していた「医療保険制度改革」においては、左派がやや譲った格好です。具体的には「民間の医療保険、雇用にリンクした福利厚生としての医療保険は残す」として、その一方で「個人加入のオバマケアは政府を単一支払い者とした公的保険(パブリックオプション)とする」という線でまとまっています。

これは実現可能な政策の中では「現在、そしてオバマ時代よりは左」ですが、「サンダース派の主張よりは相当に現実寄り」となっています。もしかすると、サンダースやAOC(アレクサンドリア・オカシオコルテス議員)との交渉にあたってバイデン側は、この2つを一括して取引をしたのかもしれません。

いずれにしても、この合意を受けてバーニー・サンダースは「これでバイデン政権は、FDR(「ニューディール」を遂行したフランクリン・デラノ・ルーズベルト)以来最も左派(プログレッシブ)な政権になる」と喝采を送っています。

またこの政策合意と同じ時期に、この合意とは別に「富裕層への徹底的な増税」を主張したことで、AOCは共和党の議員から侮辱的な暴言を吐かれていますが、これを徹底的に論破して撃退、その様子は広く拡散して政治家として大いに追加のポイントを稼いだ格好です。

そんなわけで、内政の方針としては、かなり左派が主導権に食い込んでいる中で、下手をすると財政規律が大破綻する危険もある一方で、当面の選挙ということでは、左右両派の連携は恐らく相当程度に行けるのかもしれない、そんな空気となって来ました。少なくとも2016年の失敗を繰り返さないということについては、民主党全体に相当な反省があり、またその結果としての政策合意が実現したと評価できます。

問題は外交です。特に外交の中でも最大のテーマとなるであろう、中国外交をどうするのか、これがまだ不透明となっています。

そんな中で、読者の方から以下のような質問をいただきました。

「ペンスドクトリンについてバイデンや民主党有力議員は何か公式にコメントしましたか? 同様に、今回のポンぺオ演説に関してはどうでしょうか?」

さらに、

「『バイデン政権』チームは対中政策を未だ明示していないと思いますが、どうでしょう? また、明示がないなら暗示するデータはありますか? 民主党系シンクタンクで、注目すべき大戦略を出しているところはありますか? 」

極めてシャープ、また時期的にも非常に的を得たタイミングでのご質問と思います。今回はこれにお答えする中で、バイデン政権の対中政策、そして外交全般についてを占って行こうと思います。

1)ペンスドクトリンとポンペオ演説

まず、ペンスドクトリン、ポンペオ演説についてですが、この2つは政治的には非常に重要です。まずペンスドクトリンというのは2019年の10月に行われたスピーチ、そしてポンペオ演説は先週の7月23日に行われたものです。

内容は単純です。ペンスドクトリンは「中国における人権問題、知的所有権侵害問題を、通商交渉に絡める」というもの。そしてポンペオ演説は「習近平政権を問題視すると同時に、ニクソン以来の対中宥和政策に疑問を投げかける」という内容です。

いずれもショッキングな内容ですが、やや意味合いが違います。ペンスドクトリンについては、そもそも中国との「政冷経熱」と言いますか、「経済については双方にメリットのあるパートナー」だが、「政治については特に人権等で価値観を共有していない」というのはアメリカの対中国観としては確立されたものだったからです。

そうしたズレを前提に、例えばブッシュ時代の「江沢民・胡錦濤との蜜月」というのは、共和党本流にありがちな経済やトップ外交は利害計算で行う、従って人権外交などのカネにならない理念的なことはやらない、という外交であったわけです。

ペンス演説はそうではないとしています。というのは、具体的には「国内雇用を考えた保護主義」にプラスして理念的な「人権外交もやる」というのです。勿論、トランプ流の右派ポピュリズム、ナショナリズムの文脈から飛び出したものではありますが、内容としては民主党の対中外交に近いと言えます。ですから、共和党としては異質だが、オール米国としては、そんなに異質ではないわけです。

一方のポンペオ演説については、これはかなり過激です。また、誇り高い中国共産党にも、国家主席の権威にも徹底的に砂をかけるようなことを言っています。更にいえば、ニクソン、キッシンジャー以来の信頼関係も捨てるようなことを言っていて、これは異例です。

ポンペオ演説ですが、これは短期的な政治取引の道具として「使い捨てる」種類のスピーチであると思います。米中相互に紛争の回転を増して行って、それぞれの国内政治における政権の求心力補完に使う、それ以上でも以下でもないと思います。この無茶な演説と一緒に、ヒューストンと成都における在外公館閉鎖合戦が起きているわけですが、これも茶番です。コロナで人の行き来が止まっている中では領事業務など殆どないわけで、別に双方痛くも痒くもないのです。

ポンペオ発言の粗暴性についてですが、例えば中国サイドで習近平政権が相当に動揺していて、共青団の勢いが増しているとして、その動きに乗じて習近平を追い詰めるために、あえて強いことを言った、そんな可能性もあると思います。ですが、中国常務委員会内の複雑なポリティクス、そして長老等の動きを考えると、そんなポンペオのようなチンピラの一言で動くような人々ではないことは簡単に推測できます。

ですから、中国の政権中枢向けというよりも、トランプとともに沈むだけのポンペオとして、ある程度は世間に名前を売って忘れられないようにしようという、米国国内対策の発言、それに加えてもしかしたら中国との罵倒合戦が相互に政権の利益になれば、という話と理解できます。

そんな中で、NYタイムスやワシントン・ポストなど、主流派のメディアの論評にしても、民主党政治家の論評にしても、表面的なものが目に付きます。反中の世論というのは、相当強くなっていますし、ペンスの言い分にしてはそもそも民主党の言ってきたことであるし、ポンペオの言い方は粗暴だけれども中国寄りと言われることを覚悟してまで叩くほどのものでもない、そんな計算が自然に働く中ではそうなるわけです。

2)バイデン政権の対中政策

では、具体的にバイデン政権の対中政策はどうなるかということでは、7月21日に民主党の政策綱領のドラフトというのが出回りました。ロシアなどがネット上で暗躍する時代に、この種のドラフトというのをどこまで信じていいかは分かりません。一応内容は見てみましたが、あんまり練られてはいませんでした。

というような内容で、極めて教科書的で深みがありません。まずオバマ時代の対中関係に戻しつつ、貿易ではやや国内雇用を意識したシフトを行う、その程度の内容に留まっているからです。

もう少し掘り下げた内容としては、戦略国際問題研究所(CSIS)のウィリアム・レインシュ(シニア・アドバイザー)が大々的に掲げている「民主党の通商政策」があります。これは全3部構成の大作で、

という内容となっています。なかなか読ませる文章ではあるのですが、結局のこところは美辞麗句の羅列であることは間違いありません。要するに「グローバル経済は米国の国益」ということと、「中国とのウィンウィン関係」はあるんだという、ブッシュ、オバマの16年を踏まえた内容になっています。

ということで、整理しますとまず、ペンスドクトリンは実は民主党の対中政策とそんなに変わりません。その一方で民主党の対中政策は、グローバル経済の中での国際分業を前提にウィンウィン関係を目指すというオバマ路線の延長から逸脱するものではないと思います。

問題は、そうした認識は「甘い」のであって、その甘さがかえって中国との関係を悪化させるとか、中国に誤ったメッセージを送る、つまりより強硬な覇権主義を許すことになるのかという部分です。

けれども、経済の実体というのは、2020年のコロナ危機下でも国際分業に強く依存しているのは間違いありません。多少日程は狂うかもしれませんが、今年の9月から10月には「iPhone12」は発売されるでしょうし、その最終組立は100%中国になると思います。米国の自動車販売は非常に厳しい状況ですが、例えばGMの場合、企業として延命するかどうかということでは中国における販売が重要という事実は変わりません。

ある意味では、トランプやペンス、ポンペオは、政治的な芝居のためにそうした事実に目を背けていたわけで、結局はそこに何も手を付けることはないままに、政権から放逐される可能性があるわけです。となれば、穏健なものとはいえ、バイデン路線の中で、中国との新しい関係が模索されるというのは、それはそれで自然な流れなのかもしれません。

唯一残る問題は、そうは言っても人権と通商、軍事という3つの領域で、トランプと習近平が作ってしまった二国間の紛争については、どう収拾するか、そこには相当なハイレベルの知恵が必要ということです。バイデンにその交通整理や理念的な司令塔ができるかは、かなり不安が残ります。

そこで出てくるのが人事問題です。直近に迫っている副大統領候補人事、そしてその後の外交アドバイザー、通商関係のブレーン候補などの人事に注目していきたいと思います。

image by: Matt Smith Photographer / shutterstock

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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