論者によりその評価が大きく分かれるアベノミクス。官邸が自画自賛するこの政策は、私たちになにがしかの恩恵を与えてくれたのでしょうか。今回のメルマガ『大村大次郎の本音で役に立つ税金情報』では元国税調査官で作家の大村大次郎さんが、データを用いてアベノミクスを徹底分析。そこから見えてきたのは、日本が閉塞感から抜け出せない要因でした。
※本記事は有料メルマガ『大村大次郎の本音で役に立つ税金情報』2020年8月16日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め初月無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:大村大次郎(おおむら・おおじろう)
大阪府出身。10年間の国税局勤務の後、経理事務所などを経て経営コンサルタント、フリーライターに。主な著書に「あらゆる領収書は経費で落とせる」(中央公論新社)「悪の会計学」(双葉社)がある。
アベノミクスで得した人、損した人
新型コロナ禍が起こる前は、高い支持率を誇っていた安倍政権。アベノミクスにより経済を上向かせたという評価もあり、安倍首相は今でも一部に根強い人気があります。
筆者は、国の批判ばかりをしているように見えますが、何か起こったときにその原因を探るのが、筆者のようなライターの仕事でもありますので、必然的に国などの手落ちばかりを記述することになります。それは、平穏無事な世の中のことは誰も記事にせず、何か大きな事件ばかりが記事にされるのと同様です。
筆者は、実は安倍政権について全否定しているわけではありません。今までの政権よりはいい部分も、多々あると思っております。
それで、今回から数回に分けて、安倍政権の経済施策について、データを用いて分析してみようと思っております。アベノミクスとは一体なんだったのか?誰が得をして、誰が損をしたのか?そういうことを追及していこうと思っております。
「賃上げ」で一定の成果。ただし…
安倍政権の経済施策で、まず特筆すべきなのは「賃上げ」だといえます。あまり語られることはありませんが、安倍政権(第二次)というのは、この20年間で初めて賃金を上昇に転じさせた政権なのです。1990年代の後半から2010年代にかけての20年間、日本の賃金はほぼ一貫して下がり続けてきました。サラリーマンの平均賃金を見ていくと、平成9年の橋本政権時代の467万3,000円をピークに、平成21年の麻生政権のときには405万円にまで下がってしまいました。なんと10%以上も下がったのです。その後、民主党政権になってもほぼ横ばいであり、賃上げの傾向は見られませんでした。が、安倍政権(第二次)に変わった平成25年から明確に賃上げ傾向になったのです。
平成11年 自民党小渕政権 461万3,000円
平成12年 自民党森政権 461万円
平成13年 自民党小泉政権 454万円
平成14年 自民党小泉政権 447万8,000円
平成15年 自民党小泉政権 443万9,000円
平成16年 自民党小泉政権 438万8,000円
平成17年 自民党小泉政権 436万8,000円
平成18年 自民党小泉政権 434万9,000円
平成19年 自民党第一次安倍政権 437万2,000円
平成20年 自民党福田政権 429万6,000円
平成21年 自民党麻生政権 405万9,000円
平成22年 民主党政権 412万円
平成23年 民主党政権 409万円
平成24年 第二次安倍政権 408万円
平成25年 ↓ 413万6,000円
平成26年 ↓ 415万円
平成27年 ↓ 420万4,000円
平成28年 ↓ 421万6,000円
平成29年 ↓ 432万2,000円
平成30年 ↓ 440万7,000円
国税庁・民間給与実態調査より
なぜ安倍政権になってから賃金が上がったのかというと、安倍首相が明確に「賃上げ」の方針を打ち出したからです。そして、財界に賃上げを働きかけたのです。それまでの政権は、賃金に関して財界に働きかけたりはしませんでした。
賃金というのは、各企業と労働者の交渉で決められるという建前になっており、政府が口を出すことではないというのが、それまでの一般的な考えでした。また小泉政権などは、経済政策を担当していた竹中平蔵氏が明確に「企業は賃金を下げ配当を増やすべし」という方針を持っていたので、財界はここぞとばかりに賃金を下げたのです。小泉政権の時代には、史上最長の好景気期間というものがありました。2002年2月から2008年2月までの73カ月間、日本は史上最長の景気拡大期間(好景気)を記録しているのです。この間に、史上最高収益も記録した企業もたくさんあります。トヨタなども、この時期に史上最高収益を出しているのです。しかし小泉内閣の経済政策の影響で、この期間もサラリーマンの賃金は下がり続けたのです。
その傾向は、民主党政権になっても変わりませんでした。民主党が政権をとった2009年というのは、リーマンショックの直後であり、しかも2年後の2011年には東日本大震災が起きたために、賃金がなかなか上がらなかったという面もあります。が、民主党は労働組合を支持基盤に持っているので、明確な賃上げ方針を打ち出せば賃上げできないはずはなかったのです。バブル崩壊以降、日本経済はほぼ一貫して賃金が下げられてきたので、民主党政権はその流れを止められなかったという事が言えるのです。
安倍政権(第二次)とて、東日本大震災から2年目に始まっており、状況はそれほど変わりませんでした。しかし安倍政権(第二次)に変わった途端に賃金が上がったというのは、民主党が賃上げの努力をしていなかったと見られても仕方がないところです。逆に言えば、安倍政権は賃上げの努力をしたということです。この点は、もっと評価されてもいいところだと思われます。
貧しい人は減ったのに、なぜ生活は苦しいまま?
次に低所得者の増減について見ていきましょう。低所得者の定義というのは難しいものがありますが、ここでは年収300万円以下ということにします。現在の日本では年収300万円以下では、結婚や子育てなどがかなり厳しくなるからです。
年収300万円以下のサラリーマンの推移は次のようになっています。
平成11年 小渕政権 1,491万人 33.2%
平成16年 小泉政権 1,666万人 37.5%
平成21年 麻生政権 1,890万人 42.0%
平成24年 民主党政権 1,870万人 41.0%
平成25年 安倍政権 1,902万人 40.9%
平成27年 ↓ 1,911万人 39.9%
平成29年 ↓ 1,866万人 37.7%
平成30年 ↓ 1,860万人 37.0%
これを見ると、サラリーマンの平均年収とほぼ似たような動きになっていることがわかります。この20年、日本では年収300万円以下の低所得者層は増加し続け、民主党政権では横ばいとなり、安倍政権(第二次)になって減り始めたということです。
こうして見ると、アベノミクスでは我々庶民もそれなりに恩恵を受けているといえます。ただし、それは「それまでの政権に比べれば」の話なのです。この20年間で賃金が下がり、低所得者層が増えたという流れの中で、アベノミクスはその流れを若干、引き戻したというレベルに過ぎません。
20年前に比べれば、今でも平均賃金は下がっていますし、低所得者層の割合も増えているのです。まだ20年前のレベルにさえ達していないのです。それが、日本社会がなかなか閉塞感から抜け出せない要因なのです。
世界との比較で分かる「本当に怒るべき数字」
それは、ほかの先進国と比べればわかりやすいです。このメルマガでも何度かご紹介しましたが、日本経済新聞2019年3月19日の「ニッポンの賃金(上)」によると、1997年を100とした場合、2017年の先進諸国の賃金は以下のようになっています。
アメリカ 176
イギリス 187
フランス 166
ドイツ 155
日本 91
1997年時点と比べれば、アメリカ、イギリスはほぼ倍増しているのに、日本は減額されているのです。アメリカ、イギリスに比べても日本のサラリーマンの賃金上昇率は倍近い差があるといえます。フランス、ドイツと比べても1.5倍以上の差があるのです。このように日本の賃金状況は、先進国の中では異常ともいえるような状態なのです。先進国はどこもリーマンショックを経験していますし、リーマンショックの影響は欧米の方が大きかったのです。にもかかわらず、欧米はちゃんと賃金が上がっているのです。
アベノミクスは、これまでの政権とは違って「賃上げ」を重要視し、この20年間続いてきた「賃下げ傾向」を止めることはできました。が、ほかの先進諸国と比べれば、まだ全然、賃上げは不足だといえます。
また安倍政権(第二次)になって消費税は計5%上がっています。サラリーマンの賃金は約7%しか上がっていませんので、賃金の上昇分は消費税とほぼ相殺されてしまったといえます。つまり、我々の生活はほとんどよくなっていないのです。
そして残念なことにアベノミクスでは、一部に大きな恩恵を受けた人たちもいます。その最たる者が大口投資家と大企業の役員です。彼らの受けた恩恵に比べれば、我々庶民が受けた恩恵などは微々たるものなのです。次回は、そのアベノミクスで大儲けした人たちについて追及していきたいと思います。
image by: 首相官邸
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