教師の労力や残業時間が社会問題となる中、文部科学省が「少人数学級」の実現に動き出しています。果たして、これは実現可能なのでしょうか? 今回の無料メルマガ『「二十代で身につけたい!」教育観と仕事術』では著者で現役小学校教諭の松尾英明さんが、自身の経験をもとに、現在の学校のありかた等も踏まえながら、「少人数学級」の実現性について私見を述べています。
少人数学級は実現できるか
学級担任の時間的労力の大きさは、どこで決まるか。これは、学級の人数である。当り前だが、10人程度しかいない学級と40人いる学級では、日々の時間的労力が全く違う。個々の対応の大変さももちろん違うのだが、それ以前に、単純な作業量が違うのである。
私自身も両方経験していて、この点については保証する。11人の学級担任だった時は、テストの採点も日記の返事もあっという間である。評価の目も行き届きやすく、通知表もあっという間に出来上がる。当然、各種書類関係の処理時間も少ない。提出物があってもあっという間に集まるし、集計できる。
これが40人の担任であれば、全てに先の4倍かそれ以上の時間がかかる。今までのペースでやろうとしていたら、当然、残業という力技でカバーすることになる(慢性的残業習慣は、思考による工夫を肉体的労働時間に代替する知的怠惰の現れである)。
算数の問題だと、次のようになる。
A先生はテスト1枚あたり1分で採点ができます。10人を担任した時は何分かかるでしょう。
40人を担任した時は何分かかるでしょう。
40人の時にかかる時間は、10人の時の何倍でしょう。
小学生レベルの算数で考えても、当たり前のことである。
さて、現状の40人学級を、30人学級の実現へということで政府が動いている。これ自体は、望ましいことである。先の話でいうと、40人から30人では、25%減であるから、時間的労力が全く違う。一教師の視点から見ると、これに越したことはない。
しかし、何事も、部分最適ではなく、全体最適として見ることが肝要である。この教師個人にとって望ましい傾向が、全体としても望ましい結果になるか、ということである。
以下、突然30人学級が実現するという、架空の想定をしてみる。
ベテランのA先生は、30人学級だろうが、40人学級だろうがやり遂げる力がある。A先生にとっても、30人になること自体は助かる。A先生がもつはずだった10人は、別の人が担任することになる。
同じことが全ての先生にいえる。そうなると、1人の先生ごとに10人もてなくなる子どもが出る。その分、他の人がもつことになる。
校内に余剰人員はいないので、新しく大量に採ることになる。単純計算して、現状の担任3人あたりに1人の増員である。4分の1は、増員した人が担任することになる。
そうなると、育成に時間と費用がかかる。育成期間中は、やりながら鍛える、という方向をとることになる。これも当然である。
支援級を除いて各学年5学級、現状で30人の担任がいる大規模校だと、10人増員することになる。育成対象が一挙に10人もいるとなると、人数25%減の恩恵ではカバーしきれない。元々が各々労働時間がオーバーしていたのだから、無理が生じる訳である。結局、全体最適という観点からしてもマイナスだし、個々にもしわ寄せがいくのは間違いない。
以上は、非現実的な架空の想定である。現実は、一気に採用を増やすということはできない。
だから「段階的に採用」という方向になる。政府の出した方向だと、実現に10年間かけるという。余剰人員が全くいないために講師に頼っているという現状からすると、10年でもかなりの急ピッチである。
「教育は人なり」という言葉が示すように、成否の鍵は人次第である。教育におけるICTの活用は、あくまで人の補助である。工場やシステム管理のように、ロボット中心になることはない。だから、未来になってもなくならない職業なのである。
30人学級の実現は、担任の現状からすると、夢のような話である。しかし、理想、ビジョンを明確に掲げることさえできれば、時間をかけて必ず実現する。
素晴らしい試みであるものの、現場から見た問題点も数多くあるので、次号で引き続き考察していく。
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