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トランプとは何だったのか。解き放たれた差別主義と米国第一主義

アメリカ国民を分断し、世界の秩序を乱しに乱したトランプ大統領。なぜ米国社会は彼のような「モンスター」を誕生させ、そして国を任せるまでになってしまったのでしょうか。今回のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』では著者でジャーナリストの高野孟さんが、冷戦の集結を「アメリカの勝利」と誤認識したジョージ・H・W・ブッシュにその発端を求めるとともに、「白人人口の減少への苛立ち」を第2の要因に挙げています。

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※本記事は有料メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2020年11月16日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール高野孟たかのはじめ
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。

バイデンで米国は正気を取り戻せるのか?――米大統領選の不明瞭な結果

雨宮処凛の東京新聞11月11日付夕刊のコラム「米大統領選と相模原事件」には驚愕した。相模原障害者施設で19人を刺殺し26人に重軽傷を負わせて死刑判決を受けた植松聖死刑囚が、今年1月から3月まで続いた裁判の中で「トランプ大統領の名前を何度も出した」のだという。

「立派な人」「見た目も生き方も内面もすべてカッコいい」。そんなトランプが前回大統領選の際、植松の心を動かした。「これからは真実を言っていいんだと思いました。重度障害者を殺した方がいいと」。また、大統領選が11月であることから、その後に自分が事件を起こすと「トランプみたいな人が大統領になったからこんな事件が起きた、と言われるのでは」と思い、その前〔16年7月〕に事件を起こしたとも述べた……。

解き放たれた差別主義

トランプの登場とはまさにそういうことだったのである。米国の著名な精神科医であるアラン・フランセスは『アメリカは正気を取り戻せるか』(創元社、20年10月刊/原著は17年刊)で述べている。

▼白人至上主義者、クー・クルックス・クラン、武装民兵組織、ネオナチなどの過激なヘイト集団は、それまで容赦なく非難されてきた彼らの偏見が、アメリカ大統領によって主流に押し上げられ容認されたことに大喜びした。

▼だがこうしたレイシズムは、かなり社会的地位のある多くの白人の心にも響いたのである。ますます人種の多様化が進むアメリカで、彼らは白人の優位さが急速に失われていることに脅威を覚え、快く思っていない。20世紀前半のアメリカでは、90%が白人だった。現在白人の全人口に対する割合は63%で、人口構成は大きく変わっている。21世紀の中頃には、これまで白人が多いとされていた場所でも、白人が少数派になるだろう。

▼「アメリカを再び偉大に」というスローガンから透けて見えたのは、アメリカを再び白人の国にするというメッセージだったのだ……。

狂気に満ちたトランプの暴力的言動は、それまで長い間、いわゆる良識の壁に囲まれて社会の片隅で密やかに生きるしかなかったレイシズムや女性差別、植松の障害者抹殺論まで含めたあらゆる差別主義を解き放ってしまった。とはいえ、トランプのことをクレイジーだと言ってしまえばそれで済むのか、とフランセスは問いかける。それでは「われわれは社会に潜む狂気との対決を避けることになる。正気でありたいと思うなら、まずわれわれが自分自身を洞察しなければならない。簡単に言えば、トランプがクレイジーなのではなく、われわれの社会がクレイジーなのだ」。

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われわれの社会が妄想状態に

フランセスは様々な妄想患者の診断と治療に当たってきたが、最も一般的なのは「被害妄想」で、

  1. どこにでも自分の敵がいる
  2. 外部から働く何らかの力が自分が抱えるトラブルの原因だ
  3. 私が失敗するのは自分のせいではなく、誰かが自分を失敗させたのだ

と考える。

その裏返しが「誇大妄想」で、

  1. 自分はひときわ優れた人間だ
  2. 自分には並外れた力がある
  3. 自分が失敗するはずがない
  4. 自分は何をしても神々から許される
  5. 自分が誰かを傷つけなければならない場合、その人たちが傷つくのは必要なことだ

などと考える。

個人の妄想が及ぼす被害は限られているが、米国のような大国の社会が妄想に陥ると、とんでもない壊滅的な害を及ぼす。

「こうした妄想的な考えから直ちに目覚めなければ、われわれは修復のきかない世界に住むことになろう」。

個人にせよ社会にせよ、なぜ妄想に駆られて異様な行動に走るのか。フランセスによれば、それは進化の中で形作られてきた脳の4層構造と関係がある。

▼爬虫類脳――爬虫類時代に進化した、呼吸、食欲、血流など最も基本的な生命維持の機能は、今も同じ形で働いている。

▼哺乳類脳――恋愛、子育て、体温調節など。

▼霊長類脳――感情、家族、社会構造など。

▼人間脳――言語、抽象的思考、将来計画、理性的な意思決定など。

爬虫類脳は本能系、哺乳類脳・霊長類脳は大脳辺縁の情動系、人間脳は最近発達した大脳新皮質の機能で理性系――と一応区分して理解するのだろう。恐怖、快楽、怒りなどを司る情動系の中枢は扁桃体で、これが皮質の理性的な判断による制御を経ることなく自動的に機能するので「恐怖、怒り、快楽追求が長期的な視野に立った理性的な意思決定をする際に悪い影響を与えている」(フランセス)。それがトランプの下で米国社会全体が妄想状態になってしまった脳生理学的なメカニズムである。ツイッターなどSNSによる断片化された言葉のやり取りの横行がそれを助長した。

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根本は「米国No.1」からの転落不安

では、なぜ米国社会は、トランプ大統領を生むまでに妄想的になってしまったのか。

これはフランセスでなく私の説だが、第1の、決定的な要因は、20世紀後半の米国の「覇権」はすでに終わっているのに、終わったということを認めたくないという後ろ髪を引かれるような精神的動揺、従ってそれが終わった後にどこに着地すればいいのかということを理性的に考えようともしない知的怠惰、そしてその結果として生じる「米国はこんなはずではなかったじゃないか」という原因不明と映るが故に激しく情動化する心理的混乱、等々が入り混じった、国の行末についての根源的な不安である。

これは、本誌がさんざん述べて来たことなので詳しくは繰り返さないが、冷戦の終わりは、

  1. 国家と国家が重武装してイザとなれば武力で決着だといがみ合い脅し合うのが当たり前だった欧州起源の数世紀に及ぶ国民国家の時代
  2. 従ってまたその国民国家が同盟を形作って共通の敵との決戦を辞さずと身構える風だった軍事同盟の時代
  3. 従ってまたその究極の形としての米ソが東西の盟主として核を構えて睨み合う第二次大戦後75年間の核危機時代

――という3重の入れ子状態が原理的に全部終わらなければならないことを意味していた。ということは、国家主義も、軍事同盟主義も、核大国による覇権主義も、全部が負けたのである。ところが冷戦終結を推進した一方の旗頭だったブッシュ父大統領は、あろうことか「第三次世界大戦としての冷戦に勝ったのは米国だ」として“唯一超大国”を宣言した。この致命的な世界認識の誤りをブッシュ子が「単独行動主義」として受け継いで2つのやらなくてもいい戦争を始めたために、米国は着地点の見えない漂流状態に突入したのである。これをトランプが「米国第一」とか上ずったスローガンで救おうとしても無理で、問題の核心は「No.1でない米国は世界の中でどう振る舞うべきなのか」を胸に手を当てて省みることなのである。

答えははっきりしていて、中国を今すでに世界No.2、いずれ米国を超えてNo.1になる経済大国であることを認めて、それとどう協調するシステムを作り上げていくかを共に考えるしか選択肢はありえない。だってそうだろう、中国を排除すれば米国が蘇るなんて、妄想以外の何ものでもない。とはいえ、この点でバイデンが大きく路線転換して米国を落ち着かせることができるかどうかは、選挙戦を通じては何ら明らかになっていない。図参照 

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前途多難な米国社会のリベラルな再建

米国社会が妄想的になる要因の第2が、フランセスも重視している白人人口の減少への苛立ちである。米人口調査局の予測によれば、ヒスパニック系を除く白人は2040年に1億9,500万人で辛うじて過半数の51.3%だが、これを最後に過半数を割り、45年には1億9,200万人で49.4%、50年には1億8,800万人で47.4%、60年には1億8,200万人で43.6%と、ひたすら減り続ける。図参照 

それだけでも白人たちがアイデンィティ危機に陥るに十分な条件だが、それに折り重なるようにグローバル化の下での伝統的な製造業の衰退、テクノロジー変革の波が襲い、「屈辱的な不平等、改善しない生活水準、よい仕事の喪失、当てにならない医療保険、穴だらけのセーフティネット、急速に変化する文化的価値観という大きな重荷」(フランセス)が何百万もの人々にのしかかり、アメリカン・ドリームを粉々に打ち砕く。

すると、とりわけ下層の白人の間では、この訳の分からない状態のすべてが「移民のせいだ」「壁を築け」と言われると「そうか、そうだったんだ」とたちまち気分が晴れて熱狂した。そのようにしてラスト・ベルトのペンシルバニア、ウィスコンシン、ミシガンの3州で始まったトランプ・ブームであったというのに、今回その3州ともバイデンが取り返した。つまり4年前にトランプは口から出任せのデマゴギーを振りまいただけだったことが立証されたのである。

それにしても、バイデンの総得票数は史上最高の7,808万票であったけれども、トランプもまた7,273万票というオバマを大きく上回る票を集めた。米国社会の半分を覆う巨大な妄想は一向に解けておらず、むしろ社会の亀裂はさらに深まるのかもしれない。バイデンに多様性を認め合う理性的なリベラルの原理で社会を立て直すだけの力量があるのかどうかは、選挙戦を見る限り未知数である。

とりあえずトランプをホワイトハウスから追い出せそうなのはバイデンの偉大な業績だが、彼の下で米国が立ち直れるのかどうかは分からない。

(メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2020年11月16日号より一部抜粋・文中敬称略)

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image by: mark reinstein / Shutterstock.com

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早稲田大学文学部卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。現在は半農半ジャーナリストとしてとして活動中。メルマガを読めば日本の置かれている立場が一目瞭然、今なすべきことが見えてくる。

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