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凋落トヨタの時代錯誤。ソフトウェア重視のテスラに絶対勝てぬ訳

今やあらゆるシーンで逆転した、ハードウェアとソフトウェアの価値。その流れは自動車業界においても例外ではありません。長らく日本の基幹産業とされてきた自動車製造業は、この先世界で存在感を示し続けていくことはできるのでしょうか。今回のメルマガ『週刊 Life is beautiful』では著者で「Windows 95を設計した日本人」として知られ、新世代プレゼンツール『mmhmm(ンーフー)』の開発にも参加している世界的エンジニアの中島聡さんが、ソフトウェアを軽視してきたトヨタの現状を分析するとともに、その明るくない未来を占っています。

プロフィール中島聡なかじま・さとし
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。

ソフトウェアに飲み込まれる自動車業界

このメルマガでも何度か引用していますが、Marc Andreessenが2011年に書いた「Why Software Is Eating the World」という文章は、10年後の今の世の中で起こっていることを理解する上でとても役に立つので、まだ読んだことのない人は、是非とも読んでいただきたいと思います。

自動車業界がまさにその典型的な例で、勝負がハードウェアからソフトウェアに移りつつある中で、ハードウェア重視で長年ビジネスをしてきた既存の自動車メーカーが、ソフトウェアのDNAを持つテスラや中国のEVメーカーとまともに戦えない状況になりつつあるのです。

私がこんなことを書くと、「トヨタ自動車が電気自動車を作ろうと思えばいつでも作れる」「電気自動車の市場が十分に大きくなってから進出しても十分に間に合う」と指摘をする人がいますが、それは大きな間違いです。

電気自動車の時代になると、「ソフトウェアで差別化すること」がものすごく重要になります。私が3年以上前に購入したテスラのModel Xは、頻繁なソフトウェア・アップデートにより、いまだに進化を続けていますが、こんな素晴らしい経験をトヨタ自動車が提供することは、カルチャー面でも、ビジネスモデル面でも無理なのです。

トヨタ自動車としては、4年ごとの大幅なモデルチェンジにより、旧モデルを陳腐化させて買い替え需要を掘り起こすことがなによりも重要で、一度売ってしまった自動車をソフトウェア・アップデートにより進化させるインセンティブなどこれっぽっちもないのです。

さらに、ハードウェア重視の企業カルチャーから考えると、テスラのようにソフトウェアを毎月のようにアップデートするなど、社内プロセスがそれを許さないのです。特に新しく追加した機能のために不具合が生じたりすれば、担当者のクビが飛ぶような「失敗を許さないカルチャー」の中で、リスクを追って機能追加をしようなどという人は現れないのです。

自動車業界にとってのソフトウェアの重要性に関しては、最近 Automotive News Europe が公開した「Nvidia CEO says software will soon define the car, drive profit」というインタビュー記事が素晴らしいので、自動車業界に少しでも関わりがある人は、是非とも全文を丁寧に読んでいただきたいと思います。

特に重要な点は、将来の自動車メーカーは、ハードウェアはコストで販売し、ソフトで年間5,000ドルの売り上げをあげるようなビジネスになる、という指摘です。

テスラは近いうちにModel 2というModel 3をさらに大衆化した電気自動車を中国発で販売すると噂されていますが、その時代になると、自動車の販売からはほとんど利益を上げず、自動運転機能をサブスクリプション・サービスで提供することにより利益を上げる会社に変わると私は見ています。

NvidiaのCEOが指摘するように、年間5,000ドルという価格が適切かどうかは不明ですが、そんな自動車を100万台市場に持っているだけで、年間$5 billionの祖利益(流通コストはほぼゼロなので、売り上げのほぼ100%の祖利益になります)を上げられる計算になります。

自動車業界のデジタル・トランスフォーメーションとは、まさにこのことを示すのですが、残念ながらトヨタ自動車はいまだにソフトウェアは「仕様書だけ書いて外注に丸投げするゼネコン方式」で開発しており、どう考えてもテスラとは勝負出来ないし、万が一アップルまでもが自動車業界に参入してくれば、その時点でゲームオーバーになるように私には見えます。

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私の目に止まった記事

Tesla Slips on Model S and Model X Recall Demand From NHTSA

NHTSA(アメリカ合衆国運輸省)がテスラに対して、特定の時期に売られたModel SとModel Xをリコールすることを推奨するメールが送られたという記事です。

リコールそのものは、自動車業界では珍しい話ではありませんが、この記事にそのe-mailへのリンクが貼り付けられていたので読んでみると、なかなか面白い内容だったので紹介します。

冒頭の部分に、

Certain of these Model S and X vehicles were equipped with an NVIDIA Tegra 3 processor with an integrated 8GB eMMC NAND flash memory device (the “subject vehicles”). Part of this 8GB storage capacity is used each time the vehicle is started. The eMMC NAND cell hardware fails when the storage capacity is reached, resulting in failure of the MCU. The MCU is the vehicle’s display screen, which controls certain aspects of performance subject to Federal motor vehicle safety standards (“FMVSS”)1 and other safety-relevant functions.

と書かれています。リコール対象のモデルにはNVIDIA Tegra 3が搭載されていますが、そこに乗っている8GBのフラッシュメモリが自動車をスタートするたびに消費され、最終的にはメモリ不足に至って、MCU(Model S/Xに搭載されている大きなディスプレイ・ユニット)が機能しなくなってしまう、との指摘です。

「自動車をスタートするたびに消費される」という部分が納得出来ないので、さらに読み進むと、

According to Tesla, for subject vehicles equipped with the NVIDIA Tegra 3 processor with an integrated 8GB eMMC NAND flash memory device, the eMMC NAND cell hardware will fail when reaching lifetime wear, for which the eMMC controller has no available memory blocks necessary to recover.

と書いてあり、これがNAND型フラッシュメモリ特有の「メモリの寿命」に関わる話だということが分かります。フラッシュメモリは、絶縁体である酸化膜が貫通する電子によって劣化するため、書き込み回数に上限があるのです(数百回から数万回)。

そんな事情があるため、NANDメモリを持つシステムは、一箇所に書き込みが集中しないようにしたり、劣化した部分を使わなくなるような仕組みを持っていますが、長期間(数年間)使用すると使えるメモリが減少し、結果的にストレージとして使えなくなってしまうのです。

今回は、それが問題視されているのです。

フラッシュメモリを搭載したスマートフォンやノートパソコンにも同じ問題がありますが、通常はフラッシュメモリよりも先にデバイス本体の寿命が来てしまうので、大きな問題にはならないのです。

自動車の場合、スマートフォンやノートパソコンと違って10年以上使われるのが当たり前です。Model Sの場合、Tegra 3は2012年のモデルから搭載しているため、そろそろ不具合が出始めているのです。

テスラ自身もこの問題を認識しており、使用するメモリの量を減らすなどの工夫で対処しているそうですが、完璧に対処することは原理的に不可能なので、ある時点で、システムを交換する必要があります。

これを「無償リコール」の対象とすべきかどうかは、難しい話です。

NHTSA側は、安全に関わる機能(具体的には、後退時のカメラ映像の投影と窓ガラスの曇り除去)なのでリコール対象とすべきとしていますが、テスラとしては、コンポーネントの寿命なのだから、通常の修理の対象であるべきとしているのです。

対象となるのは15万8,000台だそうですが、全車を一斉リコールの対象にする必要はないと思います。テスラとして出来ることは、フラッシュメモリの劣化度をコンソール・パネルに明示するようにし、問題が起こる前に警告を出す、あまりにも早く劣化してしまった場合(例えば6年以内)は無償で交換に応じる、程度のことだと思います。

ちなみに、この問題は、自社製チップを搭載した新しいモデルにも存在する話で、今後フラッシュメモリを搭載した自動車が世の中に増えて来ることは明らかなので、業界全体として、どう扱うべきかをあらかじめ決めておくべき重要な問題だと思います。

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image by: Jonathan Weiss / Shutterstock.com

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