ついには国際オリンピック委員会も「完全に不適切」との声明を出した、東京五輪組織委の森喜朗会長による女性蔑視発言。しかし森会長の発言及びその進退問題だけにフォーカスしていては、日本社会が抱え続ける問題の本質は見極められないようです。今回のメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』では健康社会学者の河合薫さんが、現在の日本の状況を「「森氏という“木”ばかりを見て、本当の“森”を見ていない」と痛烈に批判した上で、「本来議論されるべきは何か」について自身の考えを記しています。
プロフィール:河合薫(かわい・かおる)
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。
森氏という木だけをみて、森をみない日本
改めて言うまでもなく、森氏の発言及び記者会見への批判と怒りが広がっています。私はこれまで女性問題や男性問題、学歴問題、外国人問題などのコラムを書いてきました。ですから、さまざまな角度から言いたいことが山積であり、それぞれのテーマに絞り、ITmediaや日経ビジネスオンラインで言及する予定です。
なので本メルマガでは、ちょっと違う角度から私が感じている「違和感」を書き綴ります。
念のため断っておきますが、森氏の発言は言語道断であり、「東京五輪パラリンピック大会組織委員会の会長」という立場を全く「わきまえ」てない発言です。
森氏はこれまでも問題発言を繰り返してきましたが、JOC臨時評議委員会の場でいうべきコメントではない。そこいらの飲み屋でお仲間とクダ巻いてるわけじゃないのです。
ですから、森氏を擁護する気持ちはさらさらありません。懲りないお方だなぁとつくづく呆れます。
しかしながら、その一方で、多様性のまったくない、同質性の社会構造を保持している日本が森氏の発言により世界から注目を浴びていることは、ある意味起こるべくして起こったこと。会議では森氏に同調するような笑いが起きるだけで、誰もその場で異議を唱える人はいませんでした。
つまり、森氏の問題であって、森氏だけの問題ではない。なぜ、ああいう時代錯誤の発言をお気楽にし、それを笑い飛ばす輩がいるのか?「森氏という“木”ばかりをみて、日本という本当の“森”を見ない」方向に議論が進んでしまうと、もともこもなくなってしまうのです。
ところが、会長をやめるか?やめさせるべきか?誰がやめさせられるのか?だの、本人はやめるつもりだったのに「余人に代えがたい」との理由で慰留されただの、進退問題がばかりがメディアではとりあげられている。
過去の森氏の問題発言を並び立て、あたかも「森氏」だけの問題のような報道を繰り返している。それがどうにも私には解せないのです。
これまでも「叩くべき悪者」が出てくると、安全地帯にいる人たちが石をなげ、批判を繰り返してきました。
近い話題でいえば、9月の自民党の総裁選のとき、岸田氏が投稿したツイッターの写真に批判が殺到したときのことを覚えていますか?
「夜のテレビ出演の合間に、地元から上京してきてくれた妻が食事を作ってくれました。ありがたいです。」というコメントと共に、夕食が用意されたダイニングテーブルに座る岸田氏と、その横に立つエプロン姿の妻を投稿。それに対して、「まるで召使」「お手伝いさんかと思った」「対等な関係とは思えない」「女性観古過ぎ」「これで好感度上がると思っているのか?」「なぜ、座らせない?」「立ってるってどういうこと?」などなど否定的な意見が殺到しました。
夜のテレビ出演の合間に、地元から上京してきてくれた妻が食事を作ってくれました。
ありがたいです。#岸田文雄 #自民党総裁選 #束の間のひととき #妻の手料理 pic.twitter.com/tWWgML58l2— 岸田文雄 (@kishida230) September 1, 2020
一部メディアはこの“プチ炎上”を取り上げ、「日本のリーダーを目指す政治家としてあまりに無自覚過ぎる」と一刀両断。9月3日に行われた岸田氏の「岸田ビジョン(政権構想)」の発表会で、岸田氏が記者の質問に「事情説明」する事態に発展したのです。
岸田氏にはそれに答える絶好のチャンスがあった。記者に突っ込まれた時に、ポスト安倍を狙う“政治家さんらしく”「女性活躍」問題に言及して欲しかった。メディアもそこにはいっさい突っ込みませんでした。
なぜ、あれだけ安倍政権は2012年12月の発足以来、「それ、女性活躍だ!」「ほれ、30%だ!」と、女性、女性、女性、と言い続けてきた。「社会のあらゆる分野で2020年までに、女性が指導的地位を占める割合を30%以上にする目標を確実に達成する」とした目標は、ついに達成されず、7月には達成を目指す時期を「2020年代の可能な限り早期に」という、全く意味のないフレーズに変更したのです。
それは「女性活躍はね、ただのキャンペーンだもん!」と認めたのに等しい。
この問題は「森氏の問題発言」とはレベルが違うと思われるかもしれません。でも、根っこは一緒です。
問題発言はJOCの評議委員会は、「スポーツ庁が示した競技団体が守るべき指針のガバナンスコードでは、女性理事40%以上が目標」の流れの中で出たものです。
であるならば、それを笑って終わりにすることはおかしい。その発言を「森氏の問題だけ」にするのもおかしい。なぜ、「女性理事40%が目標」なのか?なぜ、それを実行できないのか?
そこを議論しなくて、いつ議論するのか?なぜ、「クオーター制」の議論に向かわないのか?
各国の男女平等の度合いを示す「ジェンダー・ギャップ指数」で、日本は2016年に111位、2017年に114位で、2019年は121位にまで転落して、中国や韓国などのアジア主要国と比べても低くなりました。
ところが16年には敏感に反応したメディアが、ランクが下がるにつれ反応しなくなりました。話題にもならなくなってしまった。世界と比べてなんの意味があるのか?と、順位付けすることに嫌悪感を示す人も少なくありません。
「森氏という“木”ばかりを見て、日本という本当の“森”を見ていない」のです。この方が大きな問題だと思うのですが、みなさんのご意見もお聞かせください。
image by: 首相官邸