3月18日にアラスカアンカレッジで行われた米中外相級会談では、激しい非難の応酬があり、両国関係の更なる悪化を心配する声があがっています。そんな中、少し別の角度からの見方を示すのは、メルマガ『NEWSを疑え!』を主宰する軍事アナリストの小川和久さん。天安門事件への厳しい非難を堺に米中の関係修復が加速した例と、中国人特有の“喧嘩”の捉え方を紹介し、忖度しがちな日本外交との違いを明かしています。
「仲がいいから喧嘩をする」という中国の言い方
3月18日から2日間、アラスカのアンカレジで開かれていたバイデン政権発足後初めての米中外交トップ会談は、冒頭から1時間あまりにわたる非難の応酬で始まり、今後の米中関係のヒートアップを予感させるものとなりました。
米側はブリンケン国務長官とサリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)、中国側は楊潔篪共産党政治局員、王毅国務委員兼外相が出席。気候変動問題などでわずかに協力姿勢をのぞかせたものの、通商問題での進展はなく、台湾、香港、ウイグル族をめぐる問題では中国の外交トップ楊潔篪政治局員が色をなして米国を非難する場面が世界中に放映されました。
会談内容についての双方の発表の骨子は次の通りです。(20日付朝日新聞)
【米国】
- 新疆や香港、チベット、台湾、サイバー空間での中国の行動をめぐり対立
- 同盟国とも共有する、中国の行動に対する深刻な懸念を伝えた
- 経済や貿易、技術について、米労働者や産業界の利益を最大限に守り、前進させる
- イランや北朝鮮の核問題、アフガニスタン情勢、気候変動問題などで利害が重なる
【中国】
- ウイグル族への「ジェノサイド」批判は今世紀最大のうそ。新疆政策で攻撃することをやめるよう伝えた
- 香港の選挙制度は中国の地方選挙制度。外国政府に干渉する権利はない
- 台湾は中国の核心的利益で妥協の余地はない
- 両国は新型コロナ、気候変動、経済の回復という喫緊の課題で協力できる
- 気候変動対策で協力を強化し、合同作業チームを立ち上げる
世界が固唾を呑んだ会談でしたが、専門家が少し違う角度から眺めています。思い出されるのは1989年6月4日の天安門事件の時です。事件直後にフランス・アルシュで行われた先進国首脳会議(サミット)では、議長国のフランスをはじめ西側諸国が天安門事件での中国政府の対応を残虐行為として激しく非難しました。
しかし、サミット直後に米国のブッシュ大統領(父)が中国の最高実力者・鄧小平共産党中央軍事委員会主席に送った書簡では独自の外交姿勢が示されていました。
「先日のサミットの共同宣言の草案には中国を過度に非難する文言がありましたが、米国と日本が取り除きました。米議会は中国との経済関係を断ち切ることを求めていますが、私は波風を立てないよう全力を尽くします。今は厳しい時期ですが米中は世界の平和と両国の繁栄のため共に前進しましょう」(ブッシュ回顧録)
これをきっかけに、中国の姿勢は軟化していき、1997年の江沢民共産党総書記の訪米、1998年のクリントン大統領の訪中と外交関係が修復されていきます。
私の個人的な経験でも、大喧嘩をした後はいつも人民解放軍側から関係修復を求めてきました。そして中国側は決まって次の言い方をしたのです。「仲がいいから喧嘩をするのです。これからも本音で話し合いましょう」。中国語では、「关系好到可以吵架」「喧嘩するほど仲がいい」と言うのだそうです。
これは直訳的ですが、意味としては次の言い方が適切かも知れません。「不打不成交」「戦いなくして取引なし」。要するに、激論を交わしたからこそ、交渉のテーブルに着こうという気運も生まれる、ということです。
そこから考えると、今回の米中会談での激論は仕掛けた米国側はもとより、中国にとっても織り込み済みの展開だったと考えるべきでしょう。むろん、両国とも国内世論に弱腰でない姿勢を見せつけ、今後の内政運営を円滑にする狙いがあるのはいうまでもありません。
激論を交わすことを避け、忖度に走りがちの日本外交が参考にしてもらいたいアンカレッジ会談でした。(小川和久)
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