先日掲載の「死をも覚悟。台湾の特急列車脱線事故で日本人乗客が見た地獄絵図」でもお伝えしたとおり、多くの死傷者を出してしまった台湾東部で起きた特急列車の脱線事故。台湾では2000年代に入ってから実に1年半に一度、重大な鉄道事故が発生しているのですが、その背景には何があるのでしょうか。今回のメルマガ『黄文雄の「日本人に教えたい本当の歴史、中国・韓国の真実」』で台湾出身の評論家・黄文雄さんが、その裏事情を白日の下に晒しています。
【関連】死をも覚悟。台湾の特急列車脱線事故で日本人乗客が見た地獄絵図
※本記事は有料メルマガ『黄文雄の「日本人に教えたい本当の歴史、中国・韓国の真実」』2021年4月11日特別号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:黄文雄(こう・ぶんゆう)
1938年、台湾生まれ。1964年来日。早稲田大学商学部卒業、明治大学大学院修士課程修了。『中国の没落』(台湾・前衛出版社)が大反響を呼び、評論家活動へ。著書に17万部のベストセラーとなった『日本人はなぜ中国人、韓国人とこれほどまで違うのか』(徳間書店)など多数。
【台湾】改革を阻む国民党勢力と繰り返される台湾鉄道の事故
● 台湾の鉄道事故は起こるべくして起こった…重大事故を繰り返す台湾国鉄という“病”
台湾の鉄道事故問題は、台湾社会を大きく揺り動かしています。それは、今回の被害者の数が台湾の列車事故にしては大きかったことと、それまでに類似事故がいろいろとあったにも関わらず、今回の事故が起こってしまったためでした。
事故から1週間以上たった今も台湾のメディアは様々な情報を取り上げていろいろな角度から事故を検証しています。たとえば、被害者の中で最も多かったのは立ち席の切符を持った客だった、列車には危険を察知して緊急停車するようなAI機器が搭載されていなかったなどなど。ワイドショーでは、感情的になったコメンテイターから、政府は東部を軽視しているなどというコメントまで飛び出す始末です。
被害者遺族への取材も加熱しており、様々なケースが紹介されています。例えば、もともと普通列車で帰省しようとしていた若者が、少しでも早く帰りたいためタロコ号に急遽変更したため、立ち席の切符しか買えなかった。そこで事故に遭い帰らぬ人となったケース。
または、帰省すること楽しみにしていた若い女性は、こまめに家族と連絡を取っており、乗車直前にも連絡していた。そして事故に遭い、家族と対面したときには頭部を強打したため頭部が血だらけだったというケースなどなど。
この事故について、現段階では、事故の直接的な原因となった重機の運転手を含めた関係者6人が被疑者として挙がっています。そもそも、線路上の斜面の工事を請け負っていた業者は、ブラック企業だったなどという話まで出ており、まさに情報が錯綜している状態です。
そんななか、政府は台湾鉄路の改革を宣言し、蔡総統は「台鉄の改革を断行します。我々を信じて下さい」と言っていますが、世論は冷めた目で見ています。なぜなら、今回の事故には「プユマ号事故」という伏線があったからです。メディアでも騒がれているのでご存知の方も多いでしょうが、事故の全容を以下、報道を引用する形で紹介します。
2018年10月に発生し、18人が死亡、216人が重軽傷を負った「普悠瑪列車(特急プユマ号)脱線事故」も、当該列車は定刻より15分遅れで運行しており、遅延ごとにペナルティーが科せられる運転士が自動列車防護装置(ATP)を自ら切断し、速度超過のまま運行して遅れを取り戻そうとして発生した。
● 台湾の鉄道事故は起こるべくして起こった…重大事故を繰り返す台湾国鉄という“病”
この事故車両は日本製であり、当時、台湾側は車輛の主契約企業である住友商事を相手取り損害賠償請求訴訟を起こしました。しかし、「運輸安全委は『車両自体に問題はない』と判断した。ただ、保守点検上の問題を指摘した上で、具体的な改善策を打ち出すよう住友商事側に提言した」
● 列車事故、「管理上の問題」と結論 「プユマ号」脱線―台湾・運輸安全委
日本側はとばっちりを食ったわけです。この事故の際、蔡英文総統は、やはり台湾鉄路の改革を宣言していました。しかし、さらに規模の大きな事故が起こってしまいました。それ以前も、台湾鉄路は様々な事故を起こしています。以下は報道を引用したものです。
台湾鉄路は21世紀に入って、ほぼ1年半に1件、重大事故を起こしている。
- 2001年3月:貨物トラックと列車が衝突(死者3名)
- 2001年7月:急行莒光号が鉄橋で脱線(負傷者43名)
- 2002年7月:特急自強号がトレーラーと衝突(死者1名、負傷者16名)
- 2003年10月:普通列車が観光バスと衝突(死者4名、負傷者37名)
- 2005年6月:特急自強号が故意に損壊された線路で脱線(負傷者15名)
- 2006年3月:特急自強号の直撃で保守作業員が轢死(死者5名)
- 2007年6月:普通列車と電気機関車が衝突(死者5名、負傷者15名)
- 2012年1月:特急タロコ号がダンプカーと衝突(死者1名、負傷者22名)
- 2013年8月:特急自強号に土石流直撃(負傷者17名)
- 2016年7月:台北松山駅の普通列車車内で爆発テロ(負傷者25名)
- 2018年10月:特急プユマ号ATP切断脱線(死者18名、負傷者215名)
- 2021年4月:特急タロコ号が作業用トラックと衝突(死者50名、負傷者218名)
● 台湾の鉄道事故は起こるべくして起こった…重大事故を繰り返す台湾国鉄という“病”
さらに、台湾鉄路は巨額の負債を負っていることも知られており、放漫経営が指摘されています。国営であることを盾に、地方活性化のためには赤字路線を廃線にするわけにはいかないなどと言い訳をしては、赤字経営に甘んじているわけです。
そもそも、台湾鉄路管理局とは、日本時代の鉄道を国民党が接収し、国民党の都合のいいように運営されてきたものです。民進党政権になった今でも、国民党の残党が権力を握り続けているもののひとつで、改革とは程遠い存在でした。
また、台湾高速鉄道ができたいま、台北と高雄間の長距離輸送よりも、台北と台東などの地方都市を結ぶ路線としての存在となっていました。つまり、旧態依然としたまま今に至るわけです。
台鉄が取り上げられるとしたら、レトロブームで駅弁や車両が紹介される程度。また、主に日本との姉妹駅や姉妹路線の契約を結んだり、事業提携で弁当や鉄道模型を販売したりしていますが、日本時代の遺産に頼っている面は大きいです。赤字経営のため人員を減らす一方で、地方都市への輸送の需要は高まり、細かいダイヤを運行しなければならないといった状況にありました。
2020年、台北の台湾博物館に開設された鉄道エリアの展示物について、「台湾鉄道の父は誰か」論争がありました。当時、このメルマガでも取り上げましたが、台湾鉄道の父は、日本時代に尽力した台湾総督府鉄道部技師長だった長谷川謹介か、それとも台湾初代巡撫で清国の軍人・劉銘伝のどちらか、という論争でした。
答えはもちろん長谷川謹介です。劉銘伝が作った鉄道は、じつに中途半端なもので、まったく実用性のない軽便鉄道でした。
劉が計画した鉄道が欠陥だらけだったのは、技術だけではなく資金や人為の問題もありました。設計は外国人技師でしたが、経費節約や利権確保のため、工事はすべて清の将兵によって独断的に行われ、設計技師はいっさい監督をしませんでした。
工事監督は地方豪族のワイロで動かされ、設計や技術の知識は皆無。そのため、技術を無視して勝手に路線変更を決め、墓地や私有地を避けるということもたびたびありました。また、経費節約のためになるべくトンネルを掘らないよう、地形に沿ってつくられました。その結果、できあがった線路は湾曲し迂回が多くなったのです。
地質などまったく考慮せずにつくられた線路は、崩落する可能性も大きく、即席でつくられた橋は、ほとんどが木製で耐久性がなく、大雨になると当然のごとく倒壊、流失し、使いものになりませんでした。さらに、運行中は左右の揺れが激しくて、乗車する人はあまりいなかったのです。
軍備用としてつくられたこともあって一般的な実用化には至らず、しかも、資金不足にて中途半端に終わってしまい、なんとか開通した部分も、前述したように線路や車両が不完全。さらに祝祭日は運休という、じつに欠陥だらけのお粗末な鉄道でした。
一方、日本時代につくられた鉄道は、台湾鉄路管理局に引き継がれ、今に至るまで活用されています。第四代総督児玉源太郎の時代、「鉄道国営政策」に基づいて、基隆から高雄まで総延長405キロにおよぶ本格的な台湾縦貫鉄道の建設が着手されることになり、この大プロジェクトの指揮を執ったのが長谷川謹介だったのです。
長谷川技師長は、劉銘伝がつくった鉄道は軌道の材質も、設計から施工までのプロセスも不合格の欠陥工事であると診断。坂の急な勾配にも河川の水流にも耐えられない欠陥鉄道など、全面的に撤去して本格的に改築しなければならないと判断しました。
日清講和条約後、日本が接収した旧鉄道の内容は、客車輛20、無蓋車12、有蓋車4、機関車8輛のみでした。劉銘伝が基隆~新竹間に敷いた鉄道は、全長106.7キロもありましたが、撤去してみると廃物利用できそうなものはわずか0.8キロしかありませんでした。
台湾の親中派は、劉銘伝こそ「台湾鉄道の父」と主張しますが、ほとんど役に立たず、しかも軍備用で一般の台湾人のために作られたわけではなかったのです。日本時代につくられた鉄道は、以来、100年以上も台湾の人流と物流の大動脈となり、近代化に大きく貢献しました。
日本人は、時間の感覚に鋭く、アジアの交通インフラの多くは日本と関係があります。かつては疾病も日本の得意分野で、日本軍が通ったところは疫病までもが消えていくという「神話」までありました。日本があまりに立派な鉄道をつくったから、今まで改革されなかったとも言えるかもしれませんね。
かつて、台湾縦貫鉄道の完成には、多くの犠牲がありました。鉄道のためにつくった橋梁が流されてしまったことは一度ではありません。また、工事の途中でペストが流行し、工事夫の確保に苦労したこともありました。紆余曲折を経ても、長谷川謹介は台湾縦貫鉄道の完成を諦めず、台湾の未来を鉄道に託し続けたのです。
台湾では、政治的には民進党政権となり蔡英文総統が注目されていますが、内政を見るとまだまだ国民党勢力が衰えていません。中でも教育、交通、国家防衛などは、国民党の残党組織が背後を牛耳っています。それは中国人諸勢力が地下で暗躍する温床にもなっています。
そして今、台湾鉄路管理局による度重なる事故の責任を問う声は、蔡英文総統率いる民進党政権に向けられています。蔡政権は、国民党の残党と刺し違える覚悟で台鉄の改革を進めることが、台湾の未来を切り開く唯一の道かもしれません。
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