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世界的エンジニアが明かす、今5G端末に替えても変化を実感できぬ訳

2020年春より日本でのサービスが開始された5G。当初は最新の通信網が私たちの生活を激変させるかのように喧伝されていましたが、約1年を経た今、その実感があるとは言い難いのが現状ではないでしょうか。今回のメルマガ『週刊 Life is beautiful』では、「Windows95を設計した日本人」として知られる世界的エンジニアの中島聡さんが、「5Gネットワーク」の最新事情を解説。私たちがあらゆる場所で5Gの恩恵を受けることができるのは、もう少し先のことになるようです。

プロフィール中島聡なかじま・さとし
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。

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世界的エンジニアが解説「5Gネットワーク」最新事情

5Gのサービスについて、このメルマガでも何度か触れて来ましたが、私自身の頭の中を整理する上でも、一度、まとめて解説しておきます。

5GのGはGeneration(世代)の略です。携帯電話用の無線通信網のプロトコル(規約)は、ITU(国際電気通信連合)という組織が決めており、その5世代目にあたるものです。

1G(第一世代)はアナログ方式で、音声通話のみでしたが、2Gからデータ通信が導入され、世代ごとに通信速度が向上し、可能なサービスの種類も増えています。

4Gから5Gへの主な違いは、大容量、低遅延、多数同時接続の三つです。通信スピードは、最大1Gbpsが最大10Gbpsに、遅延は10msが1msに、同時接続数は1平行キロメートルあたり10万が100万に増えています。

これらの数字だけ見ると、大きな進歩ですが、現時点で4G端末を5G端末に買い替えたとしても、ほとんど変化を実感することは出来ません。それには、以下のような理由があります。

まず第一に、端末を5G端末に切り替えたとしても、その端末を使う場所に5G向けの基地局(通信事業者が端末向けに電波を飛ばすために設置する設備)がなければ、なんのメリットを受けることが出来ないのです。基地局の設置には、設置に必要な場所が必要だし、高価な装置も必要なため、通信事業者は、いきなり全国に5Gの基地局を設置するような無謀なことはせず、人口密度の高い都市部から徐々に基地局を設置して行くのです。

日本で最初に5Gサービスを開始したNTTドコモは、5Gエリアを公開していますが、それを見ると、とりあえずドコモショップなどをミニ基地局として、ごく限定的なサービスしか提供していないことが分かります。

出典:ドコモ「サービスエリアマップ

5G基地局投資、2023年度には1000億円の大台を突破へ」という記事によると、日本の通信事業者はこれから数年間に渡って、数千億円を投じて5Gの基地局を増やす計画を持っていますが、それはつまり、さまざまな場所で5Gの恩恵を受けることが出来るのは数年後、ということを意味します。

また、たとえ5Gの基地局が近くにあったとしても、実際に10Gbpsのスピードで何かをダウンロードすることは出来るような設計にはなっていません。ビジネスとして5Gサービスを提供する以上、通信事業者は、端末一つあたりのスピードに上限を設けるし、基地局に接続している端末の数に応じて、スピードを調整する必要があります。

通信事業者は、まずは、5Gによるメリットが出やすい、人がたくさん集まる野球場やサッカースタジアムなどに向けて基地局を優先して設置するため、消費者は、まずは、そんな場所に行った時にだけ、5G端末を持っていた方がネット繋がりやすい、という状況を経験することになります。一部の消費者にとっては、それだけで5G端末に切り替える理由になるでしょう。

5Gの方が基地局一つあたりが送受信出来る容量が増えるため、データ通信量(いわゆる「ギガ」)の上限を増やすことも理論的には可能ですが、5Gの基地局が十分にない段階では、「5Gの基地局に接続出来た時だけ、上限が増える」ような、消費者には理解しにくいサービスになってしまう可能性があるので注意が必要です。

低遅延の方は、無線通信の遅延をいくら減らしたところで、インターネット側の遅延はゼロにならない(数十ms)ので、ほとんどのケースで、消費者がメリットを実感出来ることはありません。直接的なメリットを感じられるのは、遅延の大きさがユーザー体験に大きな影響を与える、Google StudiaやMicrosoft xClodのようなストリーミング型のゲームに限定されます。

通信事業者は、低遅延により、いままで不可能だったサービスが可能になると宣伝していますが、低遅延のメリットを本格的に生かすためには、インターネットを介さずに、基地局とサーバーを専用回線で繋ぐ必要があり、通常のインターネット・サービス事業者には縁のない話です。

低遅延のメリットが十分に生かせるのは、工場や配送センターなどの特定の場所で、複数のロボットを5Gで専用の基地局に繋ぎ(ローカル5Gと呼びます)、そこに直結したサーバーから全てのロボットをリモートで自動操縦する、ような特殊なケースです。

5Gのプロモーションビデオの中に、自動車を5Gでリモートに自動運転するというデモを見たことがありますが、これを一般道で実現するためには、莫大な数の基地局が必要だし、通信量も莫大になってしまうので、全く現実的ではありません。

特に、カメラから取得した映像を5G経由でサーバーに送り、そこで画像・物体認識をして、ハンドルやブレーキをリモートで制御する、というアーキテクチャは、通信量が多すぎて(工場内の自動車やロボットの自動操縦など、特殊な場合を除いて)全く実用的ではありません。5Gの基地局がどんなに増えようと、自動運転の主流は、(端末側で画像・物体認識などを行う)エッジ・コンピューティングです。

ちなみに、5Gは、4Gよりも高い周波数の電波を使うことにより、大容量通信を可能にしていますが、電波は周波数が高ければ高いほど、直進性が高くなり、ビルなどの障害物を回り込んで届かせることが難しくなるので注意が必要です。

特に、大容量通信に使われる28GHz帯は、アンテナが目視出来ない場所には電波が届かないので、室内やビルの谷間では役に立ちません。野球場などが5Gサービスに適しているのは、全ての席から目視出来る場所にアンテナを設置することが可能だ、という条件が整っているからです。

5Gは、Sub6と呼ばれる3.7GHz/4.5GHzと、ミリ波と呼ばれる28GHzの二つの帯域を使いますが、周波数の低いSub6が通常の通信に、周波数の高い28GHzが大容量通信に適しており、ネットワークの設計上、それらをどう組み合わせるかがとても重要です。

既存の通信事業者は、当然、4Gサービスも継続して提供するため、4Gで全国カバーをしつつ、人口密度の高いところにSub6で5Gを徐々に浸透させ(これだけで、「5Gカバー率何%」と宣言が可能です)、必要に応じて、28GHzをピンポイントで提供する、という形で展開して来ます。

私が通信会社の経営陣であれば、まずは、野球場やスタジアムなどの「5Gのメリット」が明確なところに集中的に投資して社会の認知度を高めつつ、徐々に5Gの基地局を増やして行きますが、工場・配送センター向けの「ローカル5G」ビジネスをしっかりと立ち上げ、そこで収益をあげる仕組みをつくることに力を注ぐだろうと思います。

ロボットやドローンは、今後、さまざまな場所で大量に使われるようになりますが、それらをサーバー側から「群」として自動操縦するには、安定した無線通信が必須であり、そこで5Gが重要な役割を果たせる可能性があるように私には思えるのです。

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image by: Shutterstock.com

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