世に数多ある心理法則ですが、中にはどう見ても矛盾していると思わざるを得ない、相反する法則が存在します。物理学や化学の世界では考えられないこのような状況が、なぜ心理学の世界では「成立」しているのでしょうか。今回のメルマガ『富田隆のお気楽心理学』では著者で心理学者の富田隆さんが、そんな中から「初頭効果」と「新近効果」をチョイスしそれぞれを解説するとともに、これら2つの矛盾しているように思われる法則が並立する理由をレクチャーしています。
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心理法則は矛盾だらけ
【多過ぎる?心理法則】
心理学というのは、少々困った学問で、昔から「心理学者の数だけ性格理論がある」などと言われるように、実に多種多様な心理学の理論がひしめき合っています。おまけに、最近ではメンタリストを自称するタレントさんや経済学者、社会学者など、周辺領域の皆さんまで、新しい心理学理論を提唱してくださいます。
そもそも、専門家以外の人たちも、それぞれがその人固有の心を持ち、自分の考えていることや自分の行動特徴などについては精通しているわけで、ある意味、自分自身の心理を分析する心理学者のようなものです。
ですから、世の中には、実に膨大な数の心理学理論が存在するわけで、一応、専門家を自称している私のような者でも、とても全てに精通することは不可能です。まあ、私のような不勉強な者は脇に置くにしても、いわゆる学界レベルの研究だけでも、年間、相当数の新しい研究が出てきますから、真面目で博識な先生方でも、多過ぎて手に負えないのが実態でしょう。
そうした沢山の研究や法則の中には、当然、矛盾するような、それぞれがまるで反対のことを主張しているようなものも少なくありません。
今回は、長年心理学の教科書などにも載っている心理学法則の中から、一見矛盾しているように見える2つの法則について考えてみましょう。そのひとつは「初頭効果」、もうひとつは「新近効果」です。
【第一印象で決まる】
「初頭効果(initial effect)」とは、ある事象に対して複数の情報が提示される時、最初に提示される情報が最も記憶に定着し易く、その後提示される情報も、最初の情報により形成された印象に沿って解釈され易い、という心理的傾向です。
心理学者のアッシュ(Solomon Eliot Asch 1907~1996)が行った有名な実験があります。彼は被験者たちに、2人の人物について次のような特徴を列挙した文章を見せました。
- レスリー:活発、好奇心旺盛、コミュニケーション能力が高い、利己的、執念深い
- ケビン:執念深い、利己的、コミュニケーション能力が高い、好奇心旺盛、活発
これらの文章を見せられた被験者たちは、レスリーに対して「好感」を持ち、ケビンに対しては「悪印象」を持ちました。
どちらの人物の特徴も同じことが書いてあるのですが、レスリーとケビンでは、特徴の書かれている「順序」が逆になっています。そして、レスリーのように、最初に好印象を得ると、後から悪いデータが追加されても最初の好印象に合わせて解釈され、全体的には好印象の評価が下されます。ところが、ケビンのように、最初に悪い印象を抱くと、その後に良い印象のデータが追加されても最初の悪印象に合わせて解釈され、全体的に悪印象の評価が下されます。
これが「初頭効果」です。最初に入力された情報が強い影響力を持ち続けるのです。人間関係一般で、最初に会った時の「第一印象が大切」などと言われるのも、こうした研究を踏まえてのことです。そして、最初に創られた「印象」を後から変えることが、いかに難しいかということも、ご理解いただけるのではないでしょうか。
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【最後の発言者】
これに対して、「新近効果(recency effect)」とは、幾つも提示された情報の中で、最後に提示された情報が最も印象に残り易いというもので、「終末効果」などとも呼ばれます。
人は最も「新しい」情報に左右され易いということから「新近効果」と命名されました。
米国の社会心理学者アンダーソン(Norman Henry Anderson 1925~)が1970年代に行った実験研究によれば、5人対5人のディベート(討論)を毎回テーマを変えて300回行い、評価を重ねた結果、最後の発言者の主張が支持されたケースは74%にも上りました。「最後の発言」が支持されやすいのです。
紛糾する会議などで、それまで黙っていた人物が、突然、最後に意見を言うと、結局、その最後の発言者の意見でまとまってしまう、そんな映画やドラマを見たことはありませんか。これは、フィクションの世界だけでなく、現実の会社の会議などでもよく起ることです。私も、大学の教授会で、似たようなシーンを何度も見てきました。大物の政治家や財界人などが会議の最後に発言したがるのも、経験的に「新近効果」の有効性を知っているからでしょう。
最後の発言者は、それまで出た意見の良いところを吸い上げることができますし、「〇〇さんも、ご指摘の通り」といった具合に、それまでの発言者に敬意を払うことにより印象も良くなり、それまでの議論をまとめやすくなるのです。
昔、教授会でこの「新近効果」を逆手に取る教授がいました。最後に実力者の学部長が意見を言って、その線で議事がまとまりかけている時に、その教授はおもむろに手を上げます。
「ちょっと、よろしいでしょうか」
それから長々と反対意見を述べるのです。こうなると、議事は再び紛糾して、収拾が付かなくなります。
まあ、「新近効果」の争奪戦ですね。このように、教授の意図は見事に達成されるのですが、その人の評判の悪いことと言ったらありませんでした。
【どちらも正しい】
さて、先にご紹介した「初頭効果」は最初に提示される情報の影響力が強いことを指摘しており、次の「新近効果」では、私たちの判断が一番最後に提示された情報の影響を強く受けやすいことを指摘しています。
「初頭効果」と「新近効果」は矛盾するのではないでしょうか。いったい、どちらが正しいのでしょうか。
答えは、「どちらも正しい」のです。
抽象的な言葉のレベルで「初頭効果」と「新近効果(終末効果)」を見比べると相反する法則のようにも感じられますが、問題は、それぞれの法則がどのような心理現象に影響を与えているのかという点です。
「初頭効果」は「印象形成」に影響を与えています。これに対して、「新近効果(終末効果)」は「判断」に影響を与えています。両者の影響する心理現象は異なるのです。
ですから、単純な「記憶」という心理現象を対象にして実験を行えば、どちらの効果も同じように現れてきます。
幾つもの単語を順番に記憶して、一定の時間後に再生すると、単語が並んでいた順番により「再生率」に変化が生じます。これを「系列位置効果」と呼びます。再生率が順番によってどのように変化するかといえば、大方の予想通り、最初に憶えたものと最後に憶えたものの再生率が共に高くなるのです。ですから、記憶の再生率についていえば、「初頭効果」も「新近効果(終末効果)」も、共に認められるということになります。
テスト直前の丸暗記(最後のあがき)がそれなりに有効なのは「新近効果」が影響していますし、初めてのキスが忘れられないのは、「初頭効果」のたまものでしょう。
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【未開の学問】
「初頭効果」は、人が新たに出会った対象についての「印象」を形成する際に問題となります。
対象について、最初に得られた情報を基に「第一印象」が形成されるため、それに続いて得られた情報は、この第一印象に沿って解釈され、全体的な印象が形成されます。さらにその後、この全体的な印象と矛盾する情報が入ってきた場合、それは「認知的不協和(cognitive dissonance:認識の混乱)」を生じさせる「不快な」情報であるため、「抑圧」の対象となり、記憶されにくくなったり、忘れ去られたりすることになるのです。
こうした無意識領域での情報の処理によって、第一印象の堅牢さは守られ続けます。ですから、既に出来上がっている全体的な印象を変えるためには、相当な心理的エネルギーや情報量を必要とするのです。
これに対して「新近効果(終末効果)」が影響を発揮する状況というのは、アンダーソンの行ったディベートでの実験を見れば分かるように、沢山の情報が飛び交って、人がどのような「判断」をすべきか「迷っている」ような場面です。つまり、「新近効果」が問題となるのは、「判断」や「意思決定」においてなのです。
このように、具体的に対象としている心理的な現象が、「初頭効果」と「新近効果」では、全く違うのです。扱う現象が変われば、当てはまる法則も別のものになるのは当然と言えるでしょう。
このあたりに、心理学の厄介さがあります。よく言えば「発展途上」の学問ということになるのですが、全体的な統一的理論の欠如という点では、物理学や化学などの自然科学に大きく水を開けられたままと言えるでしょう。今から何十年も前の、フロイトやユングの理論体系が今もなお「有効性」を発揮しているのは、その後、より便利で魅力的な統一的理論体系が構築されることがなかったからに他なりません。
このように、心理学は、厄介な未開の学問です。しかし、その分、豊かで奇妙で、魅惑的な学問でもあると思うのは、贔屓(ひいき)の引き倒しというものでしょうか。
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