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だから遅々として進まない。日本のデジタル化を妨げている3つの要因

今年になってようやくデジタル庁なる役所が発足したものの、順調にデジタル化が進んでいるとは到底思えぬ日本社会。なぜ我が国は先進各国に比べここまで遅れを取ってしまったのでしょうか。今回のメルマガ『週刊 Life is beautiful』では「Windows95を設計した日本人」として知られる中島聡さんが、日本のデジタル化を妨げている3つの要因を挙げ各々について詳細に解説。その上で、デジタル化を進めるために今すぐ始めるべき3つのアクションを提示しています。

プロフィール中島聡なかじま・さとし
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。

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デジタル庁に向けた提言

先週になって、日本のデジタル庁が「デジタル社会の実現に向けた『新重点計画』の策定に向けてのご意見」を募集していることに気がついたのですが、残念ながら期限を過ぎてしまっているし、そもそも質問項目が役に立ちません。私なりに言いたいことはたくさんあるので、一通りここに書いておくことにします。

日本でデジタル化が進んでいない原因は複数ある上に、それらが複雑に絡み合っているので分かりにくいし解決しにくいのが現状です。なので、まずは、それらを可能な限り独立した問題に分割し、それぞれに対して対策を施す必要があります。

日本社会のデジタル化を難しくしている問題は、大きく分けると以下の三つになります。

解雇規制

米国で急速にデジタル化が進んだのは、その方が、より良いサービスを安価に提供できるからです。特に重要なのは「安価に」という部分で、それまで人が行なっていた作業を自動化することにより、「人件費」を減らすことが出来るという意味です。

米国には、日本のような解雇規制がなく、社員でも必要に応じて解雇できるため、「自動化による人件費の削除」は、デジタル化を進める上で強い進化圧として働いたのです。

その流れは、パソコンが普及し始めた90年代から始まり、インターネットが普及した2000年以降は、急速にさまざまなもののデジタル化が進みました。

日本でも米国のように社会のデジタル化を進めることは、サービスの向上という意味でも国際競争力という意味でも、とても良いことですが、それによって職を失う人々が大量に出ることを無視して議論を進めることは出来ません。

もちろん、デジタル化によって新しく生まれる職もあるので、必ずしもトータルでマイナスになるとは限りませんが、少なくとも、一部の人たちにとって、デジタル化は「痛みを伴う改革」であることを忘れてはなりません。

日本では、解雇規制があるため正社員の解雇が事実上不可能ですが、小泉政権時代に派遣法が改定された以降、(解雇規制で守られている)正社員になれずに、派遣社員としてしか働けない人々が急速に増え、それが社会に格差を生み出してしまいました。

このままの状態でデジタル化を進めれば、最初に切られるのは、社会の弱者である派遣社員たちであり、それが一層の格差を産むことは確実です。

そう考えると、日本における社会のデジタル化は「派遣法の見直し」と「解雇規制の撤廃」とセットであるべきだと私は考えています。解雇規制の撤廃により、正社員と派遣社員の境を無くし、同時に「派遣労働」を禁止することにより、派遣会社による「中抜き」を排除し、賃金が100%労働者に渡るようにします。

解雇規制を撤廃すれば、「自動化による人件費の削除」がデジタル化を進める良い進化圧となり、それを加速することになります。

当然ですが、一時的には失業者が増えるし、社会が必要とする人材とのミスマッチも生じるでしょうから、手厚い社会保障と、再教育の機会を国が提供する必要があります。

生活保護を受ける権利がありながらも、実際に受けている人が極端に少ない日本の現状を考えれば、失業手当、生活保護、介護保険、国民年金を一つに統合した上で、申し込みや審査が不要なユニバーサル・ベーシック・インカムに移行することも真剣に考慮すべき時期に来ていると思います。

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社会の新陳代謝不足

日本でデジタル化が進まないもう一つの要因は、「社会の新陳代謝の遅さ」にあります。

競争の激しい米国では、旧態依然としたビジネスは生き残ることが出来ず、倒産、買収などにより、次々に淘汰されて行きます。

分かりやすい例がレンタカーのHertzです。Uberなどのシェアリング・サービスの台頭によりレンタカー業界全体が縮小する中、コロナ禍による旅行・出張の激減によりHertzは窮地に追い込まれ、2020年5月にChapter 11を申請しました。

Chapter 11とは、資金繰りが滞った会社が使う救済措置で、(会社にお金を貸している)債権者と会社の間で、返済期間の延長や借金の減額交渉をしている間だけ、一時的に会社の存続を可能にします。

Chapter 11を活用し、Hertzは、借金の減額、非上場化、$1 billionの資金調達、経営陣の刷新、再上場、ガソリン・ディーゼル車の売却、電気自動車(Tesla車)をレンタルする会社としてのリブランディングを行いました。

当然ですが、このプロセスは、旧経営陣、旧株主、旧債権者たちにとって大きな痛みを伴うプロセスでしたが、これによって、Hertzは、これまでとは全く違う、新しい会社として生まれ変わることが出来たのです。

日本には、東芝、NEC、富士通のように、それなりの売り上げはあるもの、従業員の高齢化と技術力・ブランド力・国際競争力の低下に悩む「ゾンビ企業」は数多くあります。米国であれば、とっくの昔に切り刻まれて、新しい会社として(もしくは、別の会社の一部として)生まれ変わっているはずです。

それが出来ない一番の理由は、日本特有の、「経営陣=取締役会」というコーポレート・ガバナンスの効かない体制にあり、その背後にある「会社は株主のもの、経営陣の役割は株主利益を最大化すること」という本来会社の経営陣が持つべき常識の欠如があります。

少し前に書いたように、「自分が天下りする予定の子会社にお金を流す」など、米国であれば「背任罪」に問われて当然の会社の私物化が、罪悪感もなく堂々と行われているのが、日本の大企業なのです。

【関連】東芝「3分割」の論評に違和感。死に体の日本企業には“ハゲタカ”が必要だ

米国では、しばしば「fiduciary duty」という言葉が使われますが、これは、株主から経営を委託された経営陣が、私物化などせずに株主の利益を最大化することに専念する義務、のことを指します。これに違反することは重大な犯罪であり、会社の経営をするということは、その義務を負うことだということを、ちゃんと理解した上でしか経営者にはなれません。

「fiduciary duty」の訳語としては、忠実義務や注意義務などの言葉が使われますが、それを意識して働いている日本の経営者は皆無と言って良いと思います。

日本の法律や監視体制もここに関しては未整備で、経営陣による「fiduciary duty」にそむく行為は(「取引先の企業から金品を受け取る」などを極端な場合を除いて)野放し状態、つまり「やったほうが得」なのが現状です。

米国で、この手の「fiduciary duty」違反が起こらないのは、法律の整備や監視体制にもありますが、成功した人は、早々に、引退して悠々自適な生活を送ったり、投資家や慈善家となって活躍する、という文化がある面も否定出来ません。

私と同じ時期にMicrosoftで活躍した連中のほとんどは、既にMicrosoftを離れており、会社を立ち上げる、VC(ベンチャー・キャピタリスト)としてベンチャー企業を育てる、財団を作って慈善活動に専念するなど、第二・第三の人生を送っています。Microsoftの子会社に重役として天下るようなことは、根本的に出来ない仕組みになっているし、やりたがる人もいないのです。

急速なデジタル化は、いつまでも会社にしがみついていたい日本の経営者にとっては好ましいことではありません。「これまでのやり方」が変わってしまえば、自分たちの存在意義はなくなってしまうし、天下りしようとしていた子会社が不要になってしまう可能性すらあります。

つまり、コーポレートガバナンスの欠如を解消し、会社の経営陣が「fiduciary duty」を強く意識して働くようにしなければ、「デジタル化による効率化」など出来なくて当然なのです。

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ITゼネコン

デジタル庁の設立で、日本のIT業界は「デジタル化特需」を期待しているようですが、皮肉なことに日本のIT業界そのものが、日本のデジタル化を遅らせていることを、ちゃんと認識している人はまだ多くありません。

日本のIT業界は、「プライムベンダー」と呼ばれる大手SIerが、政府や企業からソフトウェアの受託開発をすることにより成長して来ました。

それらの大手SIerは、理系の優秀な学生を大量に採用はしていますが、彼らをソフトウェアエンジニアとしては育成せず、使い回しの効くゼネラリスト・管理職として育て、実際のソフトウェア開発は、下請けや派遣社員に任せる、というスタイルでビジネスを続けて来ました。

その結果、日本には「上流にいる賢い人たちが仕様書を書き、下流にいるプログラマーは仕様書通りにコードを書く」という「ゼネコンスタイル」のビジネスモデルが定着してしまいました。

その結果、(GAFAのビジネスを牽引している)「自ら設計もコーディングも出来るソフトウェア・エンジニア」が育たず、仕様書の作成に莫大な手間と時間をかけ、コーディングは低賃金で劣悪な労働環境で働くプログラマーが行うという非効率なことをしているのが日本のIT業界なのです。

【関連】実働は派遣社員のみ。亡者が蠢く「日本ITゼネコン」という地獄

これでは、良いものが出来るわけがなく、政府や企業はITゼネコンの食い物にされ、莫大な「IT投資」をしても、まともなデジタル化は一向に進まないのが現状です。大きな問題になっているみずほ銀行のオンラインシステムは、下請け・孫請けも含めると1,000社以上のITベンダーが関わって開発しており、まともに動かなくて、当然なのです。

こんな状況を打破するには、ソフトウェアを必要としている組織自身がソフトウェア・エンジニアを雇って開発する「ソフトウェアの内製化」が必須だし、外注する際にも、仕様書だけを作って開発は丸投げするゼネコンスタイルの企業を避け、「自ら設計とコーディングの両方が出来る」ソフトウェア・エンジニアに委託する形を作らなければいけません。

つまり、日本社会のデジタル化を進めるためには、

の3つから始めるべきなのです。

(※本記事はメルマガ『週刊 Life is beautiful』2021年12月14日号より一部抜粋したものです。この機会にぜひご登録ください)

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image by: Twitter(@デジタル庁

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