MAG2 NEWS MENU

それでも安倍晋三氏を支持するのか?北方領土2島返還への転換を認めた元宰相の「売国」ぶり

一度投げ出した首相の座に再び就くや、強引極まりない政治手法で民主主義の基本を揺るがした安倍晋三元首相。その無責任ぶりは、自身が売りにしていた外交面でも発揮されていたようです。元毎日新聞で政治部副部長などを務めたジャーナリストの尾中 香尚里さんは今回、年末の北海道新聞でのインタビューで元首相の口から飛び出した北方領土問題を巡る発言を取り上げ、その独善にすぎる姿勢を批判。さらに安倍氏の支持者に対して、元首相の「売国」的な方針を称賛できるのかとの疑問をぶつけています。

プロフィール:尾中 香尚里(おなか・かおり)
ジャーナリスト。1965年、福岡県生まれ。1988年毎日新聞に入社し、政治部で主に野党や国会を中心に取材。政治部副部長、川崎支局長、オピニオングループ編集委員などを経て、2019年9月に退社。新著「安倍晋三と菅直人 非常事態のリーダーシップ」(集英社新書)、共著に「枝野幸男の真価」(毎日新聞出版)。

安倍晋三元首相「北方領土2島返還」発言、支持者はどう受け止めたか?

おとそ気分も抜けた頃だが、それでも忘れがたいのが、年末年始に各種メディアでやたらと安倍晋三元首相の姿が目についたことだ。保守系の雑誌が「やっぱり安倍さんだ!」などと特集を組むのは今に始まったことではないが、複数の一般紙で大型インタビューが組まれたのには、さすがに少々驚いた。

ねじれ国会やコロナ禍という、自分の手に負えない政治状況が生まれるたびに、任期途中で病気を理由に政権を投げ出しては、辞任から間を置かずに「薬が効いた」などとして復権をうかがってきた安倍氏。しかし、2度目の辞任から1年以上が過ぎ、現在の岸田文雄首相はもはや「次の次」だ。岸田氏は昨年10月の衆院選で、議席を減らしたとは言え、世間的には勝利と呼ばれる結果を残している。

ここまで来てまだ「安倍」なのか。無理矢理「影の権力者」を演出する必要がどこにあるのか。年明け早々うんざりしたが、結果としてあの報道の山は、国民がいい加減脱却し、克服すべき「安倍政治」のありようを、年頭に改めて思い起こさせることになった。

山ほど登場した安倍氏の言葉のなかで個人的に強く引っかかったのが、北海道新聞のインタビューで北方領土問題について、四島ではなく歯舞群島と色丹島の2島返還を軸とした交渉に転換したことを、事実上認める発言をしていたことだ。

安倍氏は2018年11月、シンガポールで行われた日ロ首脳会談で、両国の平和条約を締結した後に歯舞群島と色丹島を日本に引き渡すとした1956年の日ソ共同宣言を「交渉の基礎」に位置付けることで合意した。この時点で「2島返還への転換」は、ある種「公然の秘密」状態になっていたと言えるので、安倍氏の発言は、その意味では別に驚くほどのものではないのかもしれない。

だが、機微に触れる外交課題について、安倍氏がそれまでの「四島の帰属の問題を解決して平和条約を締結する」という国家方針を自ら転換したことを、軽々しく自慢げに語られると、さすがに「ちょっと待って」と言わずにはいられない。

安倍政治の最大の特徴は「権力行使の仕方が雑に過ぎる」ことだと、筆者は考えている。集団的自衛権の憲法解釈を、国会も通さず閣議決定のみで変更したこと(2014年)。東京高検検事長の定年延長をめぐる国家公務員法の解釈を変更したこと(2020年)など、枚挙にいとまがない。憲法や法律や過去の政治的蓄積などに縛られることなく、自分の都合の良いように権力を行使しようとする。そういうトップが長く政治権力の頂点に君臨した結果、日本の政治から規範意識が失われてしまった。

安倍氏のこうした姿勢は内政において多くみられたが、今回の領土問題をめぐるインタビューは、安倍氏が外交でも同じ態度で臨んでいたことを、改めて知らしめる結果となった。

報道によれば安倍氏は「100点を狙って0点なら何の意味もない」「時を失うデメリットの方が大きい」と語ったという。「時を失う」という言葉に「自分の政権のうちに」外交で目に見える「レガシー」を遺したい、という安倍氏の焦りがうかがえた。

しかし外交は、一つの政権で軽々しく成果を得るようなものではない。外交には相手がある。だから、大きな外交課題は複数の政権にわたり、焦らずじっくりと取り組む。政権交代があっても急激な路線転換はせず、継続性を重視することが求められてきた。「保守」と呼ばれる政治家こそ、こうした積み重ね姿勢を堅持すべきだろう。

対露外交において、それは「北方四島の帰属の問題を解決して平和条約を締結する」ことのはずだ。実際、過去にはこうした外交方針のもとで、1993年の東京宣言(細川政権)や98年の川奈提案(橋本政権)のように、日露間に四島の帰属の問題が存在することや、四島の北側で国境を画定させることを外交交渉のテーブルに載せた例もあった。

外交環境の変化で従来の政府方針を貫けなくことなることもあるだろう。しかし、だからと言って首相の一存でこれまでの積み重ねを軽々しく壊して良いはずがない。それこそ安倍氏の好きな衆院解散で国民の信を問うなりして、国民的合意を形成する最低限の努力をすべきではないだろうか。

しかし、安倍氏はそれをしない。一度手にした権力は、何者にも縛られず自分の判断で行使できる、とタカをくくっている。だから、これまで国民に説明されてきた政府方針を勝手に変更することにも、何の躊躇も感じないのだろう。

百歩譲って「2島返還への変更」に大義があったとしても、従来の政府方針を支持する国民からは、大きな反発も出るはずだ。誠実に説得を重ね、理解を得るよう努めることは、政治指導者として不可欠だ。

そして、それだけの決断をしたのなら、責任を持って自らの手で結果を出すべきではなかったのか。任期中に2島返還を実現し、結果として残る2島を事実上放棄することで生じる不利益に対する補償などの手立てを講じ、国民を納得させるところまでやり切る。そこまでして初めて、安倍氏はリーダーとして責任を果たしたと言えるのではないか。

ところが安倍氏は、任期途中で自ら政権を投げ出してしまった。コロナ禍のさなかの辞任にも驚いたが、この領土問題も、積み上げてきた歴史をひっくり返しておきながら、何一つ「成果」も出さず、後始末もせずに去ったと言っていいだろう。そして、責任を負わなくていい立場となった今、外野から岸田政権に対し、安倍政権の方針の踏襲を求める。

いったい何様のつもりなのか。

このような権力行使のありようを日本の政治から払拭し、当たり前の政治に戻すことが、岸田首相と2022年の政界全体に与えられた使命だと思う。

それにしても理解に苦しむのは、こうした安倍氏の姿勢を、支持者は許すのだろうかということだ。

安倍氏の「雑な権力行使」は前述したようにさんざん見てきたが、仮にもこれは領土問題だ。返還を待つ国民もいる。「国家の三要素」に深くかかわるこうした問題で、たやすく日本固有の領土を手放すかのような外交を自分勝手にやられても、安倍氏の支持者は平気なのだろうか。

もし安倍政権以外の政権が同じ政治判断をしたとしたら、彼らは間違いなくその政権を「売国奴」と罵るに違いない。安倍氏のやることならば、これほどの「売国」的な方針であっても、苦もなく賞賛できるのか。全く不思議でならない。

 

image by: 首相官邸

尾中香尚里

プロフィール:尾中 香尚里(おなか・かおり)
ジャーナリスト。1965年、福岡県生まれ。1988年毎日新聞に入社し、政治部で主に野党や国会を中心に取材。政治部副部長、川崎支局長、オピニオングループ編集委員などを経て、2019年9月に退社。新著「安倍晋三と菅直人 非常事態のリーダーシップ」(集英社新書)、共著に「枝野幸男の真価」(毎日新聞出版)。

print

シェアランキング

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MAG2 NEWSの最新情報をお届け