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プーチンの真意は?ロシアがウクライナに「武力侵攻はしない」と断言できる訳

米ロの外相による会談の結果もはかばかしくなく、緊張感がより一層増したとされるウクライナ危機。連日報じられているように、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻は現実のものとなってしまうのでしょうか。そして周辺国への派兵準備に入ったと言われるアメリカは、ロシアと砲火を交えることになるのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では著者で元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが、さまざまなルートから得た情報を元に、緊迫のウクライナ危機の今後を読むとともに、米ロやEU各国、そして中国それぞれの首脳の思惑を推測。さらに日本がどのように関わるべきかについても考察しています。

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ウクライナ情勢が語るもの

1月21日にアメリカのブリンケン国務長官とロシアのラブロフ外相が、スイス・ジュネーブで会談し、ウクライナ情勢を話し合いで解決できないか協議しました。

先週号でも少し触れたように、あまり進展は期待していなかったのですが、実際に協議は、互いの主張の応酬に終始し、これといった進展はなく、物別れに終わったようです。

その結果、アメリカのバイデン政権は8,500名超の部隊を【ウクライナへの軍事援助】という名目で派遣し、並行して外交ルートでNATO部隊の派遣の要請をメンバー国に行っているようです。実際に要請に応じて派兵してくれそうなのは英国ぐらいかもしれません。

欧州各国、特にドイツはロシアにエネルギー安全保障の首根っこを掴まれており、ブリンケン国務長官からの要請を受けても、あまりロシアを刺激したくないとの観点から、派兵には慎重だと聞きます。ノードストリームII(ロシアからドイツまでを結ぶ天然ガスパイプライン)の稼働開始の時期という要素も絡み、ショルツ新政権はすでに難しい選択を迫られています。

アメリカ政府は、「仮にウクライナ問題に絡み、ロシアが欧州への天然ガスパイプラインを停止させたとしても、欧州の需要を賄うだけの天然ガス(実際には液化天然ガス)の供給を確保した」と発表して、欧州各国にウクライナをめぐる対ロ戦線に加わるようにプッシュしていますが、どの程度、アメリカと共同歩調をとるかは分かりません。

外交面ではロシアがウクライナにかける侵攻のプレッシャーに対して非難を繰り返していますが、中国との対立を激化させ、ロシアとも真っ向から対立し、そしてアフガニスタンやイラクなどで“責任逃れ”をしたという事実は、欧州各国にアメリカとの距離を広げる結果になっています。

そのような微妙な状況ではありますが、欧米メディアが挙って報じるように、本当にロシアはウクライナに武力侵攻を強行するのでしょうか?そして、欧米諸国はウクライナをめぐってロシアと一戦交えることになるのでしょうか?

個人的には【ない】と答えておきたいと思います。

100%プーチン大統領がウクライナへの攻撃を行わないか?と尋ねられたら、「わからない」と答えるべきかと思いますが、いろいろなルートからの情報を総合的に見てみると、ロシア政府は「ウクライナへの軍事侵攻に対して大きな関心はない」と思われます。

どちらかというと、ロシア国内政治上の問題が主な理由と思われます。それは、生涯統治者を目指しているのではないかと言われるプーチン大統領の権力基盤が、経済的なスランプや欧米との確執に加え、コロナの感染拡大が追い打ちをかけて、このところ弱化していると言われています。

それが欧州における天候不順と、急激な脱炭素化によって欧州各国でエネルギー安全保障が侵され、生存のために天然ガスに頼らざるを得ない状況が生まれたことで、欧州の天然ガスパイプラインの元栓を握るロシアが、再度、地政学超大国としての地位を取り戻すことになり、ロシアに強力な外交カードを与えたと言えます。

つまり【強いロシア】を国民にイメージづけるきっかけを得たのですが、それだけでは荒れ狂うロシア政治における反プーチン感情を抑えきれず、プーチン大統領が見出したのが【2014年のウクライナ危機の繰り返し】です。

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新政権下でロシアの言うことを聞かず、どんどん親欧米路線を進め、ついにはロシアが最も嫌うNATOへの加盟を目指すというレッドラインを超えたウクライナ政府ですが、この選択は、プーチン大統領に退けない状況を強要することになったと言えます。

2014年の危機の際には、クリミア半島はロシア系住民が多く、自らをロシア人と名乗るような“親ロシア”勢力が多かったことから、プーチン大統領としても【同胞ロシア人をウクライナから守る】という大義名分を立てやすかったため、国内的な支持は一気に高まりました。

しかし、今回、“ウクライナ”領には、もう親ロシアの勢力はあまり残っておらず、仮に軍事的にロシアがウクライナを占領し、再統合したとしても、今のロシアの経済力や影響力では、反ロシア勢力が渦巻くウクライナを統治するだけの余裕はないことと、【同胞を守る】というアピールがしづらい現状があります。

そのような状況で、ウクライナに【NATO加盟という餌】をぶら下げてちょっかいを出してくるアメリカと欧州各国の露骨な挑発が明らかになり、ロシアとしては【進むも地獄・退くも地獄】という状況に追いやられ、プーチン大統領は【強いロシア・欧米の企みに屈しないロシアのリーダー】というイメージを国内にアピールするために、かなり迅速に10万人規模の部隊を国境地帯に送り、命運を握るルカシェンコ大統領のベラルーシを巻き込んで、全面的に対抗する意思を明確にすることを選択しました。

国境地帯で軍事演習を重ね、かつ複数の侵略ルートのパターンを敢えて見せることで、自国の庭先に反ロシアの壁が迫ることへの徹底抗戦の覚悟と姿勢を示しています。

21日の会談の失敗を受け、アメリカが8,500名強の部隊をウクライナに送り、展開させていますが、その本気度はどこまでのものでしょうか?

ちなみにこの動き、ロシアサイドから描かれている・映されているアングルから見ると【アメリカの軍がロシア・ウクライナ国境に迫り、ロシア側に攻撃を仕掛ける機会を窺っている】というイメージになっており、「これはロシアの国家安全保障への挑戦であり、ロシア国民にとっての危機」というように描かれています。

そして何よりも「特に自国の権益を有するわけでもなく、かつ自国の安全保障問題でもないにも関わらず、ウクライナに派兵する大義名分はない。これは侵略者の化けの皮が剥がれた証拠」とのイメージをどんどん展開し、アメリカの横暴で勝手な、そして傲慢なイメージづけを行っているのがロシア側の動きです。

これに対して、アメリカやNATO各国はどのように、今回の部隊派遣とロシアへの外交的な攻撃を正当化しているのでしょうか?

典型的なのは【NATOは常に新規加盟への門戸を開いており、自ら加盟を望む国の要請を断ることは出来ず、またその安全を脅かすいかなる勢力に対して断固として対抗するのが、民主主義の精神】という理由づけです。

同じような理由・正当化でこれまでどれほどの国で、不必要な戦争がアメリカなどによって引き起こされたのか、皆さんはご記憶されているでしょうか?

ロシアの動きにより、ウクライナに対する危機と緊張が高まっているというのは、決して褒められたものではないですが、元はと言えば、あまり報じられませんが、ウクライナがNATOへの加盟を申請する裏で、2014年来の恨みを晴らすべく、ロシア・ウクライナ国境に軍を展開させたのが、事の起こりと言われています。

つまり、若干怪しいところもありますが、ロシア側から見ると、自国の安全保障の危機が迫っていて、恐らくその背後にはアメリカと欧州が控えているというように見えるでしょう。

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そして、アメリカやNATOは今回のウクライナ情勢に対して、どのような理由で介入を正当化するのでしょうか?

アメリカにとっては、ウクライナは同盟国ではなく、あくまでも自らがリーダーシップをとるNATOへの加盟申請国に過ぎません。物理的に隣接する“アメリカの国家安全保障上の危機”ではありません。

国連憲章第7条に規定される“武力行使が正当化されうる場合”にも当てはまるとは思えませんし(まあ、アメリカはずっと気にしてこなかったですが)、ウクライナにミサイルを配備し、軍隊を派遣するための理由もないでしょう。

欧州各国については、一応地続きであると同時に、今、悩みの種であるエネルギー安全保障にかかわる問題でもあるので、これ以上、ロシアに好き放題されるのは避けたいとの心理はあるでしょうが、これもまた軍隊を派遣するだけの正当性は生まれないでしょう。

それに比べると、まだロシアが掲げる国家安全保障上の理由のほうが、辻褄が合うように考えます。

NATOの東方拡大は、ロシアの目と鼻の先に欧米のミサイルが置かれることにつながるでしょうから、確実に国家安全保障上の危機と認識できますので、この点は交渉不可な、決して譲れない線でしょう。

実際にジュネーブで会談した際にもこの点をラブロフ外相は繰り返しており、ロシアとしては妥協の余地はないと明言しています。

ちなみにこれ、どこかの話にも似ていませんか?賛否両論あるでしょうが、日本がロシアとの間に抱える“北方領土問題”とよく似た心理構造です。

以前、モスクワで聞かされた話では「北方領土の帰属云々は、極論を言うと、実際にはどうでもいい。ただ、ロシアが日本に決して北方領土を返さない、返せないのは、日本がアメリカの軍事的な影響下にあり、返還してしまったら、4島にアメリカ軍基地が誘致され、ロシアの目と鼻の先にロシアを狙うミサイルが配備されることを意味するからだ。決して基地を置かず、ミサイルも配備しないという確約が得られない限り、返還はない。日本政府が確約したとしても、日本政府はどこまでアメリカの意図に影響力を与えられるというのだ。皆無だろう?」とのことでした。

なかなかセンシティブでショッキングなお話ではありますが、今回のウクライナ情勢も味方によっては、同様の理由付けができるのではないかと思います(実際に、アメリカはロシアに確約は与えませんでした)。

ロシア軍とベラルーシ軍、そしてアメリカ軍とNATO軍がウクライナを舞台ににらみ合い、一触即発ともいわれるレベルまで緊張が高まっていますが、不思議なことに、国際情勢を騒がせる“あの国”があまり目立った言動をしていません。

そう中国です。

国連安保理などの外交の前線では、ロシアの側に付いて欧米諸国への非難を行いますが、今回の軍事的な対峙に対しては、直接的なコミットメントをあえて避けているように思われます。

ロシアとは国家資本主義体制を築くにあたっての盟友で、中東アフリカ、そして中央アジアへの勢力圏拡大では二人三脚とも言える協力関係ですが、ウクライナ前線には、中国は軍隊を送り込むこともなければ、中国外交部の記者会見でもあまり激しい論戦は見られません。

どうしてでしょうか?

いくつか理由が考えられます。【中国国内での諸問題の解決に手いっぱい】であること。【アメリカとの対峙に力を注ぎ、核心的利益である台湾併合による中国統一に集中していること】【中国軍のアジア太平洋地域における優位性を維持するためには、対立の最前線を複数化したくない】との意図などがあるでしょう。

そして【習近平国家主席の第3期目に向けた権力基盤の強化を図る中で、今、いかなるマイナス要素も省きたいこと】も理由だと考えられます。

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しかし、もし米ロがウクライナを舞台に武力衝突を起こすような事態が万が一起こった場合には、対応は一変する可能性が高いでしょう。

その場合、あまり可能性は高くないとみていますが、ロシア側に付いて参戦するか、それとも部隊の派遣はせずにバックアップに徹し、外交舞台で欧米諸国への激しい非難を繰り返してロシアを援護射撃するか、いろいろな選択肢が考えられます。

ちなみに外交的なアセット(中東諸国、アフリカなどからの対中外交支持)をロシアのために用いるかどうかは、ロシアとのその時の関係次第だと思いますが、仮に投入した場合は、かなり大きな貸しをプーチン大統領に与えることになります。

では、逆にアメリカそしてNATOはロシアに対して、ウクライナのために、武力行使に踏み切るでしょうか?

こちらもNOでしょう。

ロシアに対するプレッシャーとして、部隊を送っているにすぎず、これからどれほどアメリカそしてNATO各国から増派があったとしても、10万強の戦力を持つロシアとまじめに交戦するつもりはないでしょう。

それはロシアも重々承知しているので、国内向けアピールを最優先して、【ロシアは引き下がらない。そうロシアの同胞のために】というプロパガンダが成立する事態になっているのでしょう。

では欧米は、特にアメリカはなにをしているのでしょうか?

これもバイデン大統領にとっては、あくまでも国内向けアピールの一環で、非常に嫌っているにもかかわらず、プーチン大統領と同じように【強いリーダー像の演出】でしょう。

特に秋に控える議会中間選挙に向けて、非常に旗色が悪く、実際にこれまで大きな成果を何一つ残せていない状況を何とか反転させたいとの思いを、ウクライナを守ることは人権擁護や民主主義の堅持という民主党ならではの原理原則に沿うということを盾に、民主党支持者からの支持回復を狙っていると思われます。

さらには、世界を協調どころか、さらに分断させてしまう方向に導いてしまったことで(アフガニスタン問題とイラク問題)、同盟国からの信頼も大きく揺らいでいますので、国際情勢においてプレゼンスがかなり下がったと非難されるアメリカの威光を回復させるために、“憎き”ロシアとの戦いの前線にcome backしたというイメージを与えたいのではないかと思われます。

しかし、仮にウクライナを舞台に開戦するような事態になってしまったら、バイデン大統領の目論見も外れ、再度、アメリカを終わることのない泥沼の戦いに引きずりこむことになるでしょう。

いろいろな状況に鑑みて、開戦することはないでしょうし、ましてや米ロの直接戦争という恐ろしい状況には陥ることはないと考えますが、そのような状況下で、日本はどのように振舞うべきでしょうか?または振舞うことが出来るでしょうか?

まず、すでに行われているように、現地にいる邦人にウクライナからの退避を命じ、安全を確保するのは大前提です。そして直接的な危険を回避したのちは、あくまでも【事態のエスカレーションを非常に懸念しており、一日も早い状況の鎮静化を願う】という対応に徹するのがよろしいかと思います。

ウクライナは結構な親日国ではあるのですが、あまり他国の実際の事情に沿ったロジックに乗せられて何らかのコミットメントを背負うのはお勧めしません。

それは、アメリカもロシアも、欧州各国も、すべて例外なく、今回の事態の裏側には、それぞれの国内事情が絡んでおり、ピュアな外交・安全保障マターではないと考えるため、そこで当事者になることは賢明ではないと考えるからです。

そしてIS絡みの問題がそうであったように、自ら当事者にされてしまうような状況に足を踏み入れないことが得策だと、私は強く考えます。

いろいろと書いてみましたが、皆さんはどうお考えになるでしょうか?

(メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』2022年1月28日号より一部抜粋。この続きをお読みになりたい方はご登録の上お楽しみください。初月無料です)

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image by: Vectorkel / Shutterstock.com

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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