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中国との対立激化で消耗 「今日の台湾」から「明日の日本」が見えるワケ

中国の膨張を表す言葉に「今日の香港、明日の台湾、明後日の沖縄」があり、香港が呑み込まれてしまった現在では「今日の台湾は明日の日本」が用いられるようになっています。この表現が意味するところに迫るのは、メルマガ『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』の著者であり、中国関連の著作を多くもつジャーナリストで拓殖大学教授の富坂聰さんです。富坂さんは台湾を支持するリトアニアの国益重視の実態を紹介。中国との対立により消耗度を増す台湾の姿を重ねて、日本の未来を憂えています。

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「今日の台湾は明日の日本」を考えてみた

今日の台湾は明日の日本──。中国の膨張を警戒する際によく使われる表現だ。今回は、この表現がはたして正鵠を射た指摘なのかを検証してみた。

せっかちな読者のために結論を急げば、答えは「イエス」だ。しかし、それは巷間言われる「中国に呑み込まれる」といった話ではない。どういう意味なのか。詳しく見てゆこう。

冒頭の「今日の台湾……」は、かなり以前から使われてきた表現だが、昨今、再び脚光を浴びたのは香港の反逃亡犯条例デモの盛り上がりを受けたからで、発信元は主に台湾だった。

その裏には台湾独立へと舵を切ることで域内の支持固めを図る蔡英文政権がいた。当然、そんなことをすれば中国との関係は壊れるが、その増した緊張に対抗して「日本を巻き込む」意図で発せられたのが冒頭の発言だ。

分かりやすく言い換えれば、「台湾を助けなければ次は日本の番だよ」だ。

日本政府はこれを真に受けたわけではないだろうが、台湾海峡危機をうまく使えば敗戦国としての安全保障上の足枷をはずせるかもしれないと乗っかっているように見受けられる。

つまり「今日の台湾」を巡ってある種のウインウイン関係が生まれているのだ。だが日本は曲がりなりにも主権国家で、中国と内戦を戦っている台湾とは立ち位置が違う。突き詰めてゆけば、日本が台湾と対中国で危機感を共有することは現実的ではない。

では、なぜ私は「明日の日本」だと考えるのか。理由は簡単だ。少し視点を変えて「今日の台湾」の「台湾」をいくつかの国と入れ替えてみてほしいのだ。

例えばリトアニア、ポーランド、そしてルーマニアなど東・中欧諸国と入れ替えるのだ。なかでも分かりやすいのがリトアニアだろう。

90年代初め、ソ連(ソビエト社会主義共和国連邦)が崩壊へと向かうなか、最初に独立した国として知られ、当時はバルト三国の一つとして紹介されていた。そのリトアニアの名を見る頻度が日本のメディアで増したのは、台湾との急接近だった。

2021年11月、リトアニアは台湾当局の大使館に相当する「台湾代表処」の設置を欧州連合(EU)で初めて受け入れ中国の怒りを招いた。それ以前の5月には、中国が中東欧諸国と結んだ協力の枠組み「17+1」から突如脱退し、議会では中国によるウイグル族に対する「ジェノサイド」が決議された。

これがヨーロッパの「脱中国」の流れを生み出したとみられ、オーストラリアに匹敵する憎悪の対象となった。

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では、なぜ今日のリトアニアが明日の日本なのか。そのヒントはリトアニアの政界でよく使われる「対米関係は死活的な問題で、対中関係はより発展するために不可欠な関係」という言葉にある。

つまり米中関係が悪化し、立場をはっきりすることを問われたリトアニアは、「死活的」な関係を優先し反中に舵を切らざるを得なかったのだ。そして同時にリトアニア国内には、内政の視点から反中でポジションを浮揚させようとする勢力も存在する点も見逃せない。

日本のメディアの中には「台湾の民主化を支持する気概のある国」などとリトアニアを持ち上げる記事も見つかるが、生き馬の目を抜く国際政治の世界でそんな理屈が通用するはずはない。また本当にそんなことで国民の命と財産を危機にさらしたとしたら、それこそ国民に対する驚くべき背信行為だ。

つまりキレイゴトで済まない問題としてリトアニアの「台湾代表処」の設置には、当然の後日談がある。

まずは喧嘩を売られた中国の報復だ。リトアニアは代表機関に欧州で初めて「台北」ではなく「台湾」の名称を採用した。これは中国から見れば台湾の独立勢力に誤ったメッセージを送り「一つの中国政策」に公然と挑戦する行為だ。

よって「あしき前例をつくった代償を払わなければならない」(中国外務省の趙立堅副報道局長)となる。その最初の対抗策は同国との外交関係を格下げし、大使を送らず代理大使にすることだった。

といっても当初この策は「単なる政治的メッセージで有効性はない」と考えられた。中国の環球時報が「中国を怒らせた直後にアメリカから報奨双方は来週6億ドルの輸出クレジット協議」と報じたようにリトアニアはアメリカからご褒美をもらい、その反面、中国との貿易額は限られていて経済制裁の効果も薄く、中国の手詰まり感が目立った。

しかし間もなくリトアニアの周辺が騒がしくなる。中国に向けた輸出品の通関が拒否されていることが明らかになったのだ。

するとリトアニア国内で政治対立が加速し、続いてリトアニアが加盟する欧州連合(EU)諸国から中国への輸出にも影響が出始めていると騒ぎが拡大した。中国のやり方には表向きEU側も反発を示したが、一方でリトアニアのスタンドプレーにも反発は高まった。

改めて言うまでもないが、中国と国交を持つ国々は、例外なく中国を唯一の合法政府と認めた上で国交を結んできた。そこにあえて挑戦すのであれば、最悪、中国が断交に踏み切っても不思議ではない。その手前の経済制裁は当然のこと予測された反応だ。

そのためか年が明けて間もなくリトアニアのナウセーダ大統領は、代表処に「台湾」の名を冠したことは「誤りだった」と認めた。この背景にはリトアニア国民のおよそ3分の2が「現在の対中政策が誤り」だと答える民間の世論調査があったとも伝えらる。

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リトアニアの動揺を受けて、こんどは台湾が動かざるを得なくなった。台湾代表処設立決定からほどなく民進党政権は2億ドルの投資基金を設けたが、一連のリトアニアの反応を受け、年が明けるとさらに10億ドルの融資基金を設立する。ここにきて露骨な札束外交の様相を呈するようになったのである。

一方、当初は「輸出額に占める中国の割合は1%に過ぎない」とたかをくくっていたリトアニアだが、今度は対中貿易の躓きを台湾に埋めてほしいと要求するようになる。

間もなく台湾煙酒は中国が通関を拒んだリトアニア産のラム酒2万4000本を買い取り、台湾の代表機関も貨物コンテナ120個分の輸出品を引き取った。さらにリトアニア農業省が農産物の輸入を台湾に打診し、中国向けに出されたビールを買ってほしいと要求する流れが続いた。

リトアニアが語っていた「民主主義の価値観」にはっきりと値段が付く過程が晒されたのである。ここで思い出されるのは90年代、中台がアフリカなどを舞台に繰り返した露骨な札束外交である。援助の額次第で現地大使館が掲げる旗が、日々五星紅旗から青天白日旗へと変わった時代だ。

当然、漁夫の利を得たのはアフリカなど貧しい国々だが、ほどなく中台がその消耗戦のバカバカしさに気付き矛を収めていったのだった。

いみじくもこの空しい戦いが20数年ぶりに再開されたのであるが、この間、中国の体力は爆発的に充実し、台湾サイドは明らかに分が悪い。さらに対立の激化はボディブローのように国民経済を蝕み始めている。蔡英文の政権維持のための「反中のコスト」は負の循環に陥り始めたからだ。

そもそも中国軍機の台湾への接近を受けたスクランブル発信にも莫大な費用を要する。体力勝負となれば台湾はつらい。さらにアメリカからF16戦闘機を60機を爆買いするなどしても、それが中国の台湾統一を諦めさせることに役立つわけではない。むしろ中国の勢いを加速させている。

そうして国防費がかさんでゆけば、それだけ経済対策に振り向ける予算は少なくなり、域内経済は痛む。そうなればさらに政権は反中に傾かざるを得ないという負の回転が止まらないのだ。

事実、蔡英文政権は自らが野党だった時に激しく反対していたアメリカからの成長促進剤を使用した豚肉の輸入にもアメリカに配慮して踏み切らざるを得なくなった。

また、いち早くTPPに加入するためとして福島県など周辺五県産の農産物の輸入にも再開の検討を始めた。このとき、従来は「核食」と呼んで警戒していたものを急遽「福食」と言い換えたことがメディアで批判されてしまった。

こうした「反中」のためのなりふり構わぬ行動に加えて、外交関係維持のためのコストも加わるのだ。

台湾は1月、ホンジュラスから輸入する25品目に対する関税をゼロにすることを発表したのに続いて、中台の綱引きの舞台になっているグアテマラの外務大臣との会談ではコーヒーの輸入枠の拡大をさりげなく要求されたと伝えられている。

こうしたことを続けていった挙句、台湾の人々の生活に明白な影響が出たときにはじめて、この問題の根っこに対立とは何かとハタと気づくのだろうか。これが本当の「明日の日本」の姿でないことを祈るばかりだ。

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image by:Jimmy Siu/Shutterstock.com

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1964年、愛知県生まれ。拓殖大学海外事情研究所教授。ジャーナリスト。北京大学中文系中退。『週刊ポスト』、『週刊文春』記者を経て独立。1994年、第一回21世紀国際ノンフィクション大賞(現在の小学館ノンフィクション大賞)優秀作を「龍の『伝人』たち」で受賞。著書には「中国の地下経済」「中国人民解放軍の内幕」(ともに文春新書)、「中国マネーの正体」(PHPビジネス新書)、「習近平と中国の終焉」(角川SSC新書)、「間違いだらけの対中国戦略」(新人物往来社)、「中国という大難」(新潮文庫)、「中国の論点」(角川Oneテーマ21)、「トランプVS習近平」(角川書店)、「中国がいつまでたっても崩壊しない7つの理由」や「反中亡国論」(ビジネス社)がある。

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