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ホンマでっか池田教授が考える「ペットの寿命」と「ヒトの余命」

人間よりも寿命がはるかに短い飼い犬や飼い猫は、たいていの場合、飼い主より早く亡くなってしまいます。愛情が深ければ深いほど、死別による悲しみや喪失感も深くなり、「ペットロス症候群」と呼ばれる症状が現れる人もいるのだとか。今回のメルマガ『池田清彦のやせ我慢日記』では、生物学者でCX系「ホンマでっか!?TV」でもおなじみの池田清彦教授が、ペットの寿命による人との別れを考えます。そのなかで何度も飼い主に先立たれたであろう長寿のゾウガメを紹介し、その脳の構造から飼い主との間にどのような感情を通わせていたか推し量っています。

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ペットの寿命と自分の余命

昆虫学者の石川良輔がペットのクサガメとの交流の日々を描いた『うちのかめ オサムシの先生カメと暮らす』(八坂書房)と題する本がある。このクサガメは石川先生に懐いていて、家の中を自由に歩き回ってとても幸せそうであった。石川先生もカメ以上に幸せそうだったが、どんな幸せも永遠に続くことはない。

この本の出版年は1994年。当時、このクサガメはすでに35歳、石川先生も63歳であった。クサガメの寿命は最長50歳くらいと言われているので、現在は鬼籍のカメに違いない。石川先生は91歳でご健在のようであるので、大分前に愛カメと悲しい別れがあったのだろう。

生き物を飼う人は多いけれど、飼い主と飼っているペットが同時に死なない限り、いずれ別れの時が来る。イヌやネコといった、寿命がヒトよりもはるかに短いペットと暮らす人は、余程歳をとってから飼い始めない限り、ペットに先立たれるのが普通だ。ペットに先立たれるのは、親に先立たれるよりも悲しい人が多いようで、ペットロス症候群という大層な名前まで付いている。ペアレントロス症候群なんてのは聞いたことないものね。

自宅の近くに高乗寺という寺がある。1394年開山とのことなので相当の古刹である。寺山修司や忌野清志郎の墓があるずっと奥に犬猫墓地があって、いつもお線香とお花が絶えない。人間の墓はお盆とお彼岸を除いて閑散としているのとえらい違いである。

今まで、いつもそばにいたペットがいなくなるのは、日常の一部に穴が開いたようでさみしい、という気持ちになる人が多いのは、悲しみという感情が希薄な私でもよく分かる。日本で一番有名なネコであった、養老さんちの「まる」が死んだあと、『まる ありがとう』という本の中で、養老さんは次のように語っている。

「死んでしばらくは玄関の引き戸の隙間を残す癖がなかなか抜けず、うっかりしっぽを踏まないように足元に気を付けたり、居そうな場所にふと視線が向いた。そういう時に、居ないな、何でいねえんだよと思う。ああ、そうか、死んだのかと気づく」

城山三郎に『そうか君はもういないのか』と題する著書がある。愛するものを失った寂寥は、ヒトでもネコでもイヌでも同じである。ずっと大事にしていた万年筆を失っても、残念だ、不便だ、という思いはあっても、悲しいということはない。イヌやネコとは感情が通じ合って、相思相愛の仲になれるが、万年筆は感情を持たないので、そこまでの思い入れは生じないのだ。

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石川先生の飼っていたクサガメは微妙である。カメ(爬虫類)は鳥類と近縁で、哺乳類とは系統的に少し離れている。これらの3つのグループは羊膜類と呼ばれ、胚が羊膜に包まれて羊水に浮かんで発育する。羊膜類の共通祖先は、古生代ペルム紀初期(約2億8000万年前)に両生類から分岐した。脳の基本構造が同じなので、基底の所で情動は共通すると考えられる。だから、カメとは喜びや楽しさ恐怖は、多分、多少は共有できる。悲しさは高等な感情なので、恐らくカメは感じないと思う。

さて、多くのペットは人間より寿命が短いので、亡くなれば、喪失感はあっても、仕方がないと諦めれば、それで済む。ところが人間よりもはるかに長生きする生物の場合は、自分が死んだ後、残された生き物のことを考えなければならない。僕の友人が、かつてセマルハコガメを庭で飼っていたところ、どんどん増えて、庭をカメが歩き回っていたらしい。それを見た彼の友人が欲しいというので、何頭か譲ったところ、友人は10年後に亡くなってしまった。奥様がカメを連れて、引き取って欲しいと見えられたとのこと。

それでも、クサガメやセマルハコガメは、寿命が50歳くらいなので、大したことはない。ゾウガメの中には人間の倍以上長生きするものもいる。飼い主が次々に亡くなっても、殉死させるわけにもいかず、誰かが世話をしなければならない。

ハリエットと名付けられたガラパゴスゾウガメのメスがいる。ものの本によると、1830年11月15日に生まれたとある。生年はともかく、何で誕生日まで分かるのか不思議だが、ウィキペディアには1830年頃に生まれたとあるので、そちらの方が正しいのかもしれない。一説ではダーウィンが1835年に捕獲して、ガラパゴス諸島から連れてきた3頭の中の1頭で、暫く経ってからオーストラリアの友人に贈ったものだという。

遺伝子鑑定の結果、ハリエットはガラパゴスゾウガメの亜種のサンタクルスゾウガメで、ダーウィンはサンタクルス島には訪れていないので、ハリエットはダーウィンが連れてきたカメではないとも言われている。それはともかく、ハリエットは100年以上もの間オスと思われていて、ハリーという名で呼ばれていたが、名前は人間の都合で付けられるので、当のカメにしてみれば、ハリーだろうがハリエットだろうがどうでもいいに違いない。

オーストラリアに贈られたハリエットは99年間、ブリスベーン植物園で飼われていたが、その後、オーストラリア動物園に移され、2005年11月15日、175歳の誕生日にハイビスカスの花で作ったケーキをお祝いにもらって盛大に祝福された。ハリエットはハイビスカスが大好物だった。2006年6月23日、心臓発作により死去。ダーウィンはもちろんのこと、ハリエットの飼い主は次々に亡くなったに違いないが、ハリエット自身は飼い主が死んでも、別に悲しくはなかったろう。そこがイヌと違う所だ。イヌは飼い主が亡くなれば、悲しそうな顔をする。(『池田清彦のやせ我慢日記』2022年2月25日号より一部抜粋、続きはご登録の上お楽しみください)

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image by: Shutterstock.com

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