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IKEAでの買い物は本当にお得なのか?消費者を巧みに操る心理戦略、計算され尽くした行動経済学の法則とは

今やすっかりお馴染みとなった家具大手のイケア(IKEA)。それまでの“家具屋さん”のイメージを覆す画期的な店舗で瞬く間に大人気となりましたが、なぜ消費者はイケアに引き寄せられてしまうのでしょうか?そこには巧みな心理戦略があったようです。マーケティング&ブランディングコンサルタントとして活躍する橋本之克さんが詳しく解説していきます。

イケアという店舗の名前が付けられた行動経済学の法則

スウェーデン発の世界的な家具大手「イケア(IKEA)」は、2006年イケア船橋の開業以降、2022年2月現在、日本国内で13店舗を展開するまでに拡大しました。現代的なデザインのオリジナル家具は、バリエーションが豊富かつ比較的安価です。購入者が持ち帰って組み立てるスタイルで販売しています。

行動経済学に、この店舗名を取った「イケア効果」という法則があります。これは部分的であっても自分で作った物に対して、実際以上に高く評価する心理的バイアスです。

この法則を提唱した米国デューク大学教授のダン・アリエリー氏は、「イケア効果」を検証する実験を行っています。まず実験参加者を、イケアの箱を組み立てたグループと、組み立てないグループの二つに分けます。

次に同じ箱を両グループの参加者に示し「箱を手に入れるために払ってもよいと思う金額」を聞きました。すると、組み立てた人の回答は平均78セント、組み立てなかった人は平均48セントでした。アリエリー氏は、単に「労働した」だけでも、労働の成果に対する愛着が強まり、過大評価してしまうと言っています。

ちなみにこの状況は、日常的に見られます。家庭菜園の野菜で作った料理は美味しく感じますし、陶芸教室で自作した茶碗は長く愛用します。自分が手を掛けたことで「イケア効果」が働くためです。

ただ、イケアの店舗を見ていると、購入者が「手を掛ける」のは購入後に限らないのでは?と思えてきます。イケア店内における購入前の時点から、「イケア効果」が働くような仕掛けが施されていると考えられるのです。

店内に設けられた「手を掛ける」ための仕掛け

特に郊外大型店においてイケアでは、一商品でも豊富なバリエーションが販売されています。自分が好きな色や形、部屋の間取りに合うサイズを選ぶことができます。例えば収納棚において、ボックス式や引き出し式かを選ぶことが可能です。

店内で商品を見ながら、もし購入した場合に使い勝手はどうか、設置した後の部屋はイメージがどう変わるかなどを想像することになります。

また既に自室にある家具や雑貨と組み合わせて使うことができるかなど、さらにさまざまな面からイメージを膨らませることでしょう。このように「頭を働かせる」ことから既に「手を掛ける」行動は始まっています。

またイケアの店内には、自由に使える紙のメジャーと鉛筆が置かれています。来店客は自室のスペースに合うかどうかサイズを測定することが可能で、それをメモすることもできます。

さらに店内の各所にパソコンやタブレットのようなプランンング・ツールが置かれています。これで、部屋での配置、部屋との相性などを確認することも可能です。こうした「シミュレーション」もまた、「手を掛ける」行動の一つなのです。

イケアが扱う家具や雑貨は、住まいの空間と合わせて使用する商品です。うまく設置し使いやすく快適な状態を作ってはじめて価値が出ます。従って家具や雑貨を購入することは、部屋を作り、整えるという継続的な行動の一環ととらえることができます。

この行動を後押ししながら、結果的に商品の購入に結び付けるというのが、イケアの販売における考え方であろうと考えられます。

この「部屋作り」サポートにおいて“お手本”となるのが、一室まるごとイケア商品でコーディネートされた部屋の展示です。さまざまなパターンがあり、シックやモダンといったテイストにとどまらず、グリーン志向、猫愛好家、コーヒー好きなど多様な部屋作りの提案が示されています。

「部屋作り」を促す心理的な効果

このように顧客が店内で「部屋作りに向けて自ら手を掛ける」行動を取る中で、さまざまな心理が働くことも想定できます。

その一つは「ツァイガルニク効果」です。

これは達成できなかった事柄や、中断している事柄が人の頭に残る傾向です。例えばテレビ番組の途中に「続きはCMのあと」と言われてチャンネルをそのままにするのは、この心理によるものです。

部屋を作り、整えるという行動は、ネットのワンクリックで済ませる買い物などと異なり、時間と手間がかかるものです。イケアの店内で頭を働かせ、シミュレーションをするといった形で手を掛け始めると、その日に購入まで至らなくとも“途中で中断してしまった”という印象が残ります。すると「ツァイガルニク効果」が働き、帰宅後に再検討し再び来店して購入するという行動につながります。

また、「エンダウド・プログレス効果」という心理があります。

これは、ゴールに向かって若干前進したと感じると、モチベーションが高まり、進み続けたくなる心理です。お店で配るスタンプカードで一つ目のスタンプが押されたものを見たことはありませんか?これは「エンダウド・プログレス効果」を利用した販売促進です。わずかでもスタンプが集まり始めた状態を作ることで、継続的なスタンプ収集を促しているのです。

イケアの店内で家に合う商品を見つけられたとします。それは整った部屋の完成というゴールに向けた前進です。そこで「エンダウド・プログレス効果」が働くと、まずはその商品の購入、次いでさらに部屋を整えるための商品の購入といった形で、部屋作りを進めながらの商品購入が行われると考えられます。

広い店内をゆったりと歩く顧客の心の中には、さまざまな心理が働いているのです。

イケアの顧客心理への働きかけは是か非か

イケアが店内に用意した、家具や雑貨のバリエーション、それらを測る紙のメジャーや、シミュレーションできるプランニング・ツールは、単に商品を買いやすくするためのものではないと思います。それらを用いて「手を掛ける」ことによって「イケア効果」が働き、家具や部屋全体への愛着が高まります。

さらに、「手を掛ける」行動の過程で「ツァイガルニク効果」や「エンダウド・プログレス効果」が働き、部屋を整えたいという欲求が高まり、結果的にイケア商品の購買意欲も高まるわけです。

もしかしたら、イケアはこれらを戦略的に行っているのかもしれません。

そのために行動経済学を活用しているとするならば、私はこの戦略に賛同します。なぜなら、顧客の購買行動を“快適な部屋を作り、整える”よう促しているからです。これは“単に財布を開かせるために行動経済学を利用する”ケースと大きく異なります。

拙著「9割の買い物は不要である」でも述べましたが、例えば、煽られて衝動的に購入した結果、早々にゴミになるような買い物こそが、典型的な“不要な買い物”です。それでは一時的に売り手は儲けることができても、顧客との継続的な関係は生まれません。

その点、イケアは単に家具や雑貨を売るのでなく、長期的な顧客のメリットを目指しています。その表れの一つとして「365日間、気が変わっても大丈夫」というキャッチコピーを開発し、大型の宣伝ポスターの形で店頭に掲示しています。返品さえも歓迎しているわけです。

巷には、軽々しく「生活提案」を標ぼうする店舗や企業が、多数見受けられます。その中でイケアは、顧客の利便性に配慮したツールや仕組みを作り、購買心理まで含めて、生活提案を具現化している好例と言えるでしょう。

引用:9 割の買い物は不要である 行動経済学でわかる「得する人・損する人 」
橋本之克秀 著/秀和システム

プロフィール:橋本之克(はしもと・ゆきかつ)
マーケティング&ブランディング ディレクター 兼 昭和女子大学 現代ビジネス研究所研究員。東京工業大学工学部社会工学科卒業後、大手広告代理店勤務などを経て2019年に独立。現在は行動経済学を活用したマーケティングやブランディング戦略のコンサルタント、企業研修や講演の講師、著述家として活動中。

image by : Tanasan Sungkaew /shutterstock

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