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ロシアに支配される恐怖。ウクライナへ降伏を勧める人が知らぬ現実

CNNとのインタビューで、「自国の存在が脅かされた場合にのみ」との条件をつけたものの、核兵器の使用を否定しなかったロシアのペスコフ報道官。しかしウクライナの人々は、軍事大国の脅しや激しい攻撃に屈することなく徹底した抵抗を続けています。国内メディアの出演者の中には、人命第一の観点からウクライナに降伏を勧める識者も存在しますが、そのような声を「歴史を知らない人の言うこと」とバッサリ斬るのは、元経済誌『プレジデント』編集長で国会議員秘書の経験もある、ITOMOS研究所所長の小倉健一さん。小倉さんはなぜそのように判断せざるを得ないのかを、ウクライナがロシアから受けてきた「圧政の歴史」を紐解き解説するとともに、すべての日本人に対して、ロシアの支配下に置かれることが何を意味するのかを学ぶべきだと警告しています。

プロフィール小倉健一おぐら・けんいち
ITOMOS研究所所長。1979年生まれ。京都大学経済学部卒業。国会議員秘書を経てプレジデント社へ入社、プレジデント編集部配属。経済誌としては当時最年少でプレジデント編集長就任(2020年1月)。2021年7月に独立。現在に至る。

敗色濃厚のプーチンが核爆弾を落とすとき。それでも勇敢にウクライナ人が戦う理由

ロシアがウクライナに対する軍事侵攻に踏み切り、現地では今もロシア軍とウクライナ軍の戦闘が続いている。

それにしても日本を含む欧米諸国のウクライナへの態度は、はっきり言って冷たい。アメリカは、ドイツにあるアメリカ軍基地を経由してウクライナに戦闘機を供与するというポーランド側の提案を即刻拒否してしまった。あっさり言ってしまえば、「自分の国は自分たちで守りなさい。多少の協力はする、プーチンを怒らせない範囲で」ということになるのだろう。

当然ながら、今回のウクライナ侵攻はプーチン、そしてロシアに問題がある。しかし、歴史的な視座に立てば、この侵攻は<米国の意志によるNATO(北大西洋条約機構)の東方拡大>に問題はある。

プーチンは繰り返し「NATOをジョージアとウクライナに拡大して、ロシアに敵対させるのは、絶対に容認できない」とレッドラインを示してきた。冷戦時代にソ連がキューバと軍事同盟を結ぶことをアメリカが容認しなかったように、プーチンはウクライナが(西側の軍事同盟である)NATOに入ることを許さなかったということだ。アメリカ人は自分たちの価値観が普遍的なものだと信じて、世界へ広めようとする悪いクセがある。核大国であるロシアと共存しなくてはいけないという「パワーオブバランス(勢力均衡)外交」を採用しなかったために、ウクライナにおいてアメリカ外交は完全に敗北したということだ。

平和を訴えるのも大事なのだろうが、心配になるのが日本の防衛力だ。日米同盟は、平和な時代には「立派な軍事同盟」とみえるのかもしれないが、いざ有事となったら米軍は在日米軍基地から一歩も出てこない可能性もある。合同軍事演習をしているからといって、米国が日本の戦争に巻き込まれる必然性は何もないのだ。これは私の懸念でなく、防衛関係者が一様に抱えている懸念である。日米同盟はより深化させていくにしても、防衛力の徹底強化が求められていよう。

孤軍奮闘が続く、ウクライナ軍。UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)によると、ロシアによる軍事侵攻を受けてウクライナから国外に避難した人の数は、3月8日時点で215万人に達したが、それでも多くの人間が祖国ウクライナに残り、今、この瞬間でも圧倒的な戦力を有するロシア軍と勇敢に戦っている。

テレビなどでよく提起される論点がある。「命を守る以上に大事なことは果たしてあるんだろうか」という指摘だ。確かにその通りだと思う。命がもっとも大事であるし、だからこそ、そのもっとも大事な命を投げ打って、家族を守り、国を守ろうウクライナ人たちに世界中が敬意を持っているのだ。しかし、本稿では、命がもっとも大事かどうかを議論したいのではない。

ウクライナが歴史的に受けてきたロシアからの圧政についてだ。その歴史を紐解いていこう。

ウクライナは、「ヨーロッパのパン籠」と呼ばれるような大穀倉地帯を有している。耕地面積は莫大で、日本の全面積に匹敵し、農業国フランスの耕地面積の倍ある。そのことを表すようにウクライナの国旗の黄色は「麦」を表している(水色は青空)。

18世紀末に、ウクライナはロシア帝国に支配され、1917年にロシア革命が起きると、ソ連の支配下になった。ソ連下で「農業の集団化」をウクライナに進めたものの、大失敗。農業生産が極端に落ち込んだところで飢饉が起こった。しかし、それでもお構いなしに、ロシアはウクライナの食糧をロシア本土へ強制的に送り、100万人が死んだ。

さらに、1932年、スターリンの時代になると、過酷な支配体制は強まって、ウクライナの国力はボロボロになってしまったところで、今度は、「ホロドモール」(大飢饉)が起きた。ホロドモールによってウクライナで350万人が餓死した(出生率の低下なども含めた人口の減少を含めると500万人との話も)。

「ウクライナ南部オデッサで、旧ソ連の独裁者スターリンによる「大粛清」の犠牲者のものとみられる5,000~8,000体分の遺骨が発見された。地元当局が25日、明らかにした」(キエフAFP時事・2021月8月26日)と報じられたが、ウクライナの歴史家の推計によれば、1930年代のスターリンの抑圧によってウクライナ人数十万人が収監されたり、処刑されたりしたという。

ウクライナは他人事ではない。日本人は「シベリア抑留」を経験している。シベリア抑留とは、終戦後、旧日本軍の兵士はシベリアなどに抑留され、過酷な労働を強いられたことを指す。シベリアをはじめとするソ連領内の各地へ連行された日本の軍人・軍属はマイナス30度を下回る厳しい環境で強制労働を強いられた。衛生環境や食料事情も悪く、飢えや病気によっておよそ6万人が命を落としたのだ。

これは日本とロシアが戦争をしていた頃の話ではない。ソ連による旧敵国側の軍人と民間人の抑留は、戦争により大きな損害を被ったソ連における、戦後復興を担う労働力不足を補うための措置として行われたのだ。同じ敗戦国のドイツ人も同様に抑留を受けた。

ロシアの支配下に入るとどうなるか。歴史を少しでも振り返れば「怖さ」がともなうものである。ウクライナ人は、これまでの歴史を振り返って、やはり、降伏し生きながらえても、ロシアの支配下で何をされるのか怖くて仕方がないのではないか。

ロシア軍がウクライナの全土を掌握しても、ゲリラ戦に移行するかもしれないと考える識者も多いのはそのせいだろう。

遠く離れたウクライナの大地で、懸命に奮闘するウクライナ人に対して、「命が大事だから早く降伏しろ」と言うのは、歴史を知らない人の言うことなのであろう。

日本では、政府や軍部が突っ走って戦争を開始した面があるので「戦争を起こさない」というと政府の暴走を止めればいいと考えてしまう。そこに「侵略を企む悪意の隣国」が存在することなどこれまで考えずに済んできた。

また、アメリカが日本を占領し、自由を謳歌し経済発展を遂げたので「降伏しても大したことない」と考えてしまう。

しかし、世界史の大部分では、そんなことが重なる可能性は「奇跡」と呼ぶに等しいのだ。日本の防衛力の増大に対して韓国、中国が過剰に神経質になるのは、日本と隣国であるということ以上に、植民地となって受けた屈辱ということがあるのだろう。やはり他国に支配されるというのはいい体験にはなり難い。

果たして、2月24日から開始された、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻は3週間を迎えたが、ウクライナは、軍事で圧倒するロシアに対して、勇敢に戦いを続けている。ウクライナ国民の反撃によってロシア軍は前進を阻まれ、戦線は膠着しているようだ。厳しい経済制裁もあって、中長期的展望から考えれば、ロシアの敗色は濃厚と指摘する識者も多い。しかし、目論見を外されたロシア軍は、民間人の犠牲も厭わないミサイル攻撃や空爆を継続しており、事態は悪化の一途を辿っている。北朝鮮がそうであるように、経済制裁で国家が転覆するのかは期待薄だ。ウクライナ・ロシアの外交交渉は行われており、進展を見せているという報道もあるが、「当初の目的を必ず達成する」と話すプーチンがどこまで妥協するかは不透明だ。

「想定されていたより強い抵抗と戦闘の初期段階の比較的高い損失にもかかわらず、ロシアは自身に有利な条件にウクライナ政府が応じるまで、殺傷力のさらに強い兵器を使い攻撃を続ける決意のようにみえる」(米国防総省の情報機関である国防情報局・ベリア局長)と指摘するように、戦況の膠着が、プーチンを核爆弾というオプションに傾かせる可能性は十分にある。

ウクライナ人が隣国へ逃げ出さない理由を、テレビのコメンテーターのように「戦前日本に漂ったような同調圧力だ」という見方もできよう。戦場の勇敢さもムダ死につながることもあろう。たとえば、ロシア軍が日本を侵攻し、根室へ核爆弾を落とすなどと迫ったなら、日本は武装解除して、全面降伏を選ぶのだろうか。ロシアの支配下になるということが、歴史上、どんな恐ろしいことなのかを、今一度確認すべきだ。

image by: Drop of Light / Shutterstock.com

小倉健一

プロフィール:小倉健一(おぐら・けんいち) ITOMOS研究所所長。1979年生まれ。京都大学経済学部卒業。国会議員秘書を経てプレジデント社へ入社、プレジデント編集部配属。経済誌としては当時最年少でプレジデント編集長就任(2020年1月)。2021年7月に独立。現在に至る。

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