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「対ロ制裁に意味なし、話し合いを」という中国の主張が合理的な証拠

西側諸国がロシアに対して科している、厳しい経済制裁。しかしながら従前より中国が主張していたとおり、それはあまり意味があるものではないようです。今回のメルマガ『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』では、著者で多くの中国関連書籍を執筆している拓殖大学教授の富坂聰さんが、対ロ経済制裁がそれを科している側の首を絞めつつある現実を指摘。さらに中国の「制裁でウクライナ問題は解決しない」という主張に合理性があると思われる理由を解説しています。

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ウクライナ戦争は「制裁では解決しない」とする中国の主張は裏付けされ始めたのか?

中国は制裁に効果がないと考えているから制裁に加わらない──。

こう説明をすると間髪を入れず「中国はロシアの侵略を酷いと思わないのか?」、「民主主義を否定しているのか?」と質問が飛んでくるのが日本だ。メディア出演時に多いが、困惑する。そこには短時間で説明できないほどの論理のすり替えがあるからだ。そもそも何時、誰がそんなことをいったのか。

中国の主張は「制裁では問題は解決しない」ということだ。軸を挟んで反対側にあるのは制裁ではない別の方法であり、具体的には「話し合いで解決すべき」といっているのだ。

実際、中国は武力による解決を否定している。ロシアがウクライナを侵攻した翌日にプーチン大統領と電話会談を行い「話し合いによる解決」を呼びかけている。民主主義の問題は欧米式と中国式は違うという立場であり民主主義を否定したことはない。

話が少しずれたが、中国が対ロ制裁に参加しないのは「ロシア寄り」だからではない。アメリカが主導する制裁に参加することの方が珍しいからだ。このことは私のメルマガを読んでいただいている読者ならば説明の必要はないはずだが、現実に制裁が成功した例を挙げよといわれれば、みな困るはずだ。

イラン、北朝鮮、イラク、シリア、ベネズエラ、キューバ……。先週の原稿でも書いたようにロシアに対する欧米からの制裁はすでに項目にして8,000を超えている。それでも通貨ルーブルは一時大幅な下落となったものの現在は侵攻前の水準に戻っている。これではアメリカがさらに「抜くぞ」と脅している金融の二次制裁を行っても効果は未知数といわざるを得ないだろう。

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加えて厄介なのは、ロシアを困窮させるために発動した制裁がまわりまわって自分たちを直撃する構造が、少しずつ現実になりつつあると思われることだ。とくに懸念されるのはロシアへのエネルギー依存だ。

この問題を巡る温度差は当初から米欧間の不許和音の種となってきた。ロシアへの天然ガスの依存が高いのはドイツとオーストリアで、それぞれ40%と60%である。ゆえにロシアからのエネルギー禁輸にブレーキをかけているのが独墺であることは良く知られているが、現実には欧州全体にとっても制裁が長引くことは大きすぎる負担なのだ。

その先に西側世界が見たくない現実が待っている可能性を指摘する声もあがりはじめているのだ。

大統領選挙の決選投票を控えたフランスのマクロン大統領は、地元紙の取材に対し、「もしロシアからの天然ガスを禁輸したら、次の冬を迎えるときに欧州は後悔する」と述べている。米ニュース誌『フォーリン・ポリシー』は「なぜロシア経済は持ちこたえているのか」と制裁が空振っていることを前提に分析を加えている。

同じころドイツの中央銀行は、もしロシアからのエネルギーを禁輸すればドイツ経済は金額にして1,650億ユーロ、GDPの割合で約5%の収縮となるとの予測を月報に乗せて話題となった。

バイデン政権で財務長官を務めるイエレン氏も、「ロシアに対するエネルギー禁輸は、ヨーロッパにとって悪い影響の方が大きい」(『THE HILL』4月21日)と語ったと伝えられる。

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繰り返しになるが、そこにあるのはロシアの天然ガスなど、エネルギーなしでヨーロッパ経済を数年間動かすのは難しいという現実である。

4月22日付『ワシントン・ポスト』は、「リモートワークとエアコンの温度設定でプーチンのメッキをはがそう」と題した記事を掲載しているが、本来、そんなことで乗り切れる話ではあるまい。むしろプーチンの狙いは着々と成し遂げられつつある。

ブリューゲル社に所属する4人の研究者(ニクラス・ポワチエ シモン・タリアピエトラ グントラム・B・ウルフ ゲオルグ・ザックマン)の論文(『フォーリン・アフェアーズ』2022年4月号)「経済制裁対ロシアの資源ツール── 変貌する欧州とロシアの経済関係」。そのなかで「長期化するにつれて、モスクワの分割統治戦略が成功する見込みは高まってゆく」と指摘している。

また、同じ論文誌に掲載されたジャーマン・マーシャル財団レジデントフェローのリアナ・フィックスとカトリック大学のマイケル・キメージ教授(歴史学)の論文「激変する欧州安全保障構造── ロシアのウクライナ支配がヨーロッパを変える」でも「ウクライナにおけるロシア勝利のシナリオは絵空事ではない」と警告を発しているのだ。

西側メディアではよく、経済制裁によりロシア国民が困窮し、その不満が最終的にプーチン大統領へと向かい政権が崩壊するというシナリオを見かけるが、そのリスクは欧州にとっても他人事ではない。しかも西側の制裁にも隠し玉かあるように、ロシアにとってもエネルギーと穀物以外にチタン、パラジウム、アルミニウム、ニッケル、木材などを使って欧州を揺さぶることも可能だ。国によっては原子力発電もそうだ。

一方、アメリカはどうだろうか。

プーチン大統領は4月19日、「対ロシア経済電撃戦は失敗した」述べ、返す刀で西側の指導者たちはインフレをウクライナ戦争のせいにしているという趣旨のことを語った。いわゆる「プーチン・プライス・ハイク(インフレはプーチンのせいという考え方)」への反発を述べたのだ。

本メルマガでもアメリカの戦略の巧妙さと強かさは何度も触れてきたが、そもそも戦争によるインフレの影響が深刻化するのはもう少し先の話だ。

インフレは戦争とは関係ないところで始まっていたからだ。コンテナ不足や輸送インフラの欠乏、生産現場の人手不足、コロナ禍から脱却した世界の需要に供給が追い付かなかったことなどが原因として挙げられる。

そういう意味ではウクライナ戦争がひと段落してもすぐにインフレが収まるとも考えにくいのだ。また、さらに問題はロシアが失った市場にアメリカが入り込むというシナリオも、その通りになっているとはいえなさそうなのだ。

例えば、穀物はロシアからの禁輸で空いたスペースにアメリカの生産者が入り込もうとしても簡単ではない構造が明らかになり始めている。ロシア産の肥料の値上がりやエネルギー価格の上昇のためで生産者は二の足を踏んでいるのだ。

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バイデン政権にとってさらに頭が痛い問題は、アメリカ経済の屋台骨である個人消費に明らかな陰りが見え始めていることだ。理由は、いうまでもなくインフレだ。

こうしたなかバイデン政権はにわかに対中制裁関税の見直しに言及し始めた。

4月22日ブルームバーグテレビに出演したイエレン財務長官は、対中制裁関税の見直しについて「『対応でできることはやりたい』と述べ、対中制裁関税の引き下げは『望ましい効果がある』との認識を示した」というのだ。大きな変化だ。

しかし、ここで立ち止まって考えてみたいのは、はたして対中制裁関税はこの間「何かを生み出したのか」という根本的問いだ。米中関係がこの制裁によって大きく前進したという事実もない。

こう考えたとき、中国が「制裁は意味がない。話し合うべき」と主張することは、案外合理的なのではないかと私は思うのだ。

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image by: Alexander Khitrov / Shutterstock.com

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1964年、愛知県生まれ。拓殖大学海外事情研究所教授。ジャーナリスト。北京大学中文系中退。『週刊ポスト』、『週刊文春』記者を経て独立。1994年、第一回21世紀国際ノンフィクション大賞(現在の小学館ノンフィクション大賞)優秀作を「龍の『伝人』たち」で受賞。著書には「中国の地下経済」「中国人民解放軍の内幕」(ともに文春新書)、「中国マネーの正体」(PHPビジネス新書)、「習近平と中国の終焉」(角川SSC新書)、「間違いだらけの対中国戦略」(新人物往来社)、「中国という大難」(新潮文庫)、「中国の論点」(角川Oneテーマ21)、「トランプVS習近平」(角川書店)、「中国がいつまでたっても崩壊しない7つの理由」や「反中亡国論」(ビジネス社)がある。

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