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ロシアの嘘にも対処。それでも米「偽情報対策委員会」に反発の訳

ネット環境やツールの飛躍的な普及で、かつてに比して格段に容易となった偽情報の拡散。各国ともその対処に余念がありませんが、ここに来てアメリカが新たに設置を発表した「偽情報ガバナンス委員会」に対して、国内から反発の声が上がっています。今回のメルマガ『NEWSを疑え!(無料版)』では静岡県立大学グローバル地域センター特任准教授の西恭之さんが、米国世論が政府の新しい偽情報対策機関に対して懸念を抱く3つの根拠を紹介。その各々について詳細な解説を加えています。

ロシア・ウクライナ戦争を受けて動いた米政府、新たな「偽情報対策」は政治的検閲か?

民主国家は国民が流布する誤情報・偽情報にどのように対処すべきかが、新型コロナウイルスの流行、2020年米大統領選、ロシア・ウクライナ戦争を受けて大きな問題となっている。言論の自由を伝統的に重んじる米国で、バイデン政権は外国の政府や組織の流布する情報への新たな対策を打ち出したが、国民の言論の政治的検閲につながるとの反発を招いている。

米国土安全保障省は4月27日、「偽情報ガバナンス委員会」を設置したと発表した。設置の理由には、「偽情報の拡散が国境の安全、災害時の国民の安全、わが国の民主制度への信頼を損なうおそれ」を挙げている。

米国南部国境では、中米やハイチから移住者が殺到する事態がたびたび起きている。その一因は、入国条件が緩和されたという偽情報を密入国請負業者が広めていることなので、偽情報ガバナンス委員会は、まずこの種の偽情報に対処するという。

ロシア発の偽情報にも対処する。ロシアはウクライナ侵攻に関する偽情報を流布しており、今年11月の米議会中間選挙に向けて、党派的対立をあおる宣伝を繰り返すおそれが強いからだ。

この偽情報ガバナンス委員会について、共和党を中心に、政権に不利な米国民の言論を検閲するのではないかという懸念と反発が広がっている。懸念の根拠は、外国発の偽情報に対処する組織がすでに国務省にあること、同委員会が国土安全保障省の下に設置されたこと、同委員会のニーナ・ジャンコウィッチ事務局長の言論だ。

国務省のグローバル・エンゲージメント・センター(GEC)は「米国、同盟国およびパートナー国の政策、安全または安定に損害または影響を与えることを目的とする、外国の政府・非政府の宣伝および偽情報工作を認識、理解、暴露し対抗」することを目的としている。2016年12月に設置され、最近はウクライナ侵攻に関するロシアの偽情報だけでなく、中国政府・共産党がそれを拡散していることも指摘している。

GECは外国発の偽情報にしか対抗していないし、米国内では、その偽情報に対抗する宣伝も、拡散を止めることもしていない。これらの点は、1980年代の海外広報庁(USIA)の積極工作作業グループも、2014-15年に国務省に設置された偽情報対策チームも同じだ。

国土安全保障省に偽情報ガバナンス委員会を設置すると、国民の言論の監視・検閲につながるとの懸念はもっともだ。外国による米国外での偽情報工作は、国務省のGECが管轄しており、国土安全保障省は法執行機関だからだ。

政治的検閲の懸念の背景には、2016年以後、自陣営に不利な情報のことを、「フェイクニュース」と呼ぶ共和党支持者と「偽情報」と呼ぶ民主党支持者が増えたことがある。「民主党政権が国内で偽情報に対処する」と聞いた共和党支持者は、政権に不利な情報を規制するのではないかと懸念することになる。

ジャンコウィッチ事務局長は、前職のウィルソン・センターの偽情報研究員として、その懸念を裏付けるような党派的な発言をしてきた。共和党側が主張し民主党側に否定する人が多い情報には、根拠なく偽情報のレッテルを貼った。トランプ大統領に不利な情報は、偽情報の可能性を専門家が指摘したものも、正しいと宣伝した。

例えば、新型コロナウイルスが中国科学院武漢ウイルス研究所から流出したという説は、2020年の米国では共和党議員が主張し、主なメディアは否定していた。ジャンコウィッチ氏によると、流出説は20年4月に反共の法輪功のメディア『大紀元時報(エポックタイムズ)』が公開したビデオから広まった陰謀説だという。

しかし、コットン上院議員はすでに20年2月に、流出説を検証すべきだと主張していたので、流出説の起源に関するジャンコウィッチ氏の主張は誤っている。また、21年5月以後は米国の主なメディアも、流出説に一定の根拠があると認めている。

ロシア発の偽情報の疑いが濃厚なのに、ジャンコウィッチ氏が正しいと宣伝したのは、トランプ大統領に関する「スティール調査書」だ。この文書は英国の情報機関OBが作成し、トランプ氏が不品行や贈賄のためロシアに弱みを握られている証拠として、大統領就任直前から報道されてきた。

しかし、ロシアの情報活動に関する西側の専門家は当初から、スティール調査書が米国政治を混乱させる工作に利用されたのではないかと懸念していた。2020年には調査書の信頼性を疑わせる情報が、米国の議会と政府によって公開された。

それでもマヨルカス国土安全保障長官は5月1日、CNNテレビのインタビューで、ジャンコウィッチ氏は名高い専門家で政治的に中立だと述べた。偽情報ガバナンス委員会の任務については、「何をして何をしないのか、よりよく説明すべきだった」と認めたものの、その場でうまく説明できたとはいえない。

何をするのかというと、「敵対的な外国や犯罪組織の偽情報の脅威に対処するための最善慣行を集めて、従来からこの脅威に対処してきたオペレーター(運営担当者)に広める」のだという。オペレーターとは誰のことか説明しなかったが、おそらくソーシャルメディア企業のことで、各社に偽情報の削除やアカウントの凍結を要請するのだろう。

マヨルカス氏は偽情報ガバナンス委員会が国民を監視しないと強調したが、それでも偽情報の拡散を検知できるのかは説明しなかった。

「もしトランプ氏が再び大統領になった場合、彼の指揮下に偽情報ガバナンス委員会があってもいいのか」という質問には、マヨルカス氏は答えなかった。

これほど説明が下手なのは、バイデン政権・民主党の関係者が偽情報という言葉を使うと、「自陣営に不利な情報」という意味を帯びることに、マヨルカス氏らが気づいていないからだろう。

むろん、トランプ氏ら共和党員がフェイクニュースという言葉を使っても、同じ意味を帯びるのだが、彼らはそれをわかったうえで、団結のために口にしている印象が強い。(静岡県立大学グローバル地域センター特任准教授 西恭之)

image by: Shutterstock.com

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