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誰もクビにせず給料もカットせず。立命館大学の学食運営企業が下した大きな決断

先日掲載の「アイディアが斬新。人気の学食運営会社が学生を経営参画させるワケ」では、「日本一の学食」として知られる東洋大学の学生食堂を手掛ける企業の取り組みを紹介した、フードフォーラム代表を務めるフードサービスジャーナリストの千葉哲幸さん。西日本に目を向けると、彼らとはまた一味違ったユニークな活動を展開する組織がありました。今回千葉さんは、立命館大学びわこ・くさつキャンパスの学食の運営受託を皮切りに、滋賀県で産学官交流のハブとして大きな役割を果たす、地域愛にあふれる会社の奮闘ぶりを紹介しています。

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プロフィール千葉哲幸ちばてつゆき
フードサービスジャーナリスト。『月刊食堂』(柴田書店)、『飲食店経営』(商業界、当時)両方の編集長を務めた後、2014年7月に独立。フードサービス業界記者歴三十数年。フードサービス業界の歴史に詳しい。「フードフォーラム」の屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース、セミナー活動を行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社発行、2017年)。

地元の大学の学食を運営受託、以来地元産学官の事業のオファーが増える

滋賀県長浜市に本拠を置く株式会社nadeshico(代表/細川雄也、以下ナデシコ)という外食企業がある。その同社が、立命館大学びわこ・くさつキャンパス(滋賀県草津市)の学生食堂の一つを運営受託することになり、昨年9月同キャンパスに「Forest Dining nadeshico」をオープンした。場所は正門から校舎群までをつなぐメインストリートに面し、大きな自然庭園を後背にしている。館内は150坪100席とゆったりとして、テラス席も充実している。フードメニューは約10品目で500円、600円が中心となっている。同キャンパスはJR南草津駅から約3㎞離れた場所にあり(バスで15分間)、理系の学部が中心となって構成され学生数は1万3,000人。ナデシコという会社が、いかにして学食「Forest Dining nadeshico」を開業することになり、どのように変化していったかを紹介しよう。

立命館大学びわこ・くさつキャンパス(滋賀県草津市)は理系の学部が主となっていて男子学生が目立つ。学生数は1万3,000人

学食施設の多くがガラス張りになっていて開放的な空間になっている

メインの通りに面してテラス席が構成されて憩いの場所となっている

「滋賀県と共に生きる」ことを決断

ナデシコは2007年10月滋賀県長浜市内で創業。代表の細川氏が前職であるJA職員当時に培った生産者と地場産品への思いを飲食の形でお客に提供するという趣旨でスタート。バルや鮮魚居酒屋といった業種業態を展開し滋賀県内で業容を拡大してきた。

ナデシコ代表の細川雄也氏。飲食業界の学びの自主的団体である居酒屋甲子園の第6代理事長(2016年12月~2018年12月)を務めた

そのマインドが高じて2016年12月食材が「オール滋賀県」の店を東京・渋谷にオープン。しかしながら、東京では“ご当地料理店”が多いことから同店の個性は市場の中で埋没してしまい営業不振が続く。そしてコロナ禍となり、事業を滋賀県に集中させることを決断。東京の事業は2020年12月に撤退した。

すると同社には滋賀県関係者からオファーが多数来るようになり、その中の一つに立命館大学びわこ・くさつキャンパスの学生食堂を運営受託するというものがあった。

細川氏はこう語る。

「当社では事業を滋賀県に集中させて、滋賀県と共に生きるという決断をしました。そして、誰一人ともクビにしないし、給料の減額はしない。だから安心して働いてほしいということを全従業員を集めて説明しました」

「これからは『ナンバーワン戦略』を取ろうと。滋賀県のナンバーワン企業となれば、滋賀県で働きたいという人がいると当社を最初に検討してもらうことができる。次にナデシコのブランドが知れ渡ると『飲みにいくのならナデシコに行こう』となる。そしてブランド価値が高まると、他店との競争には勝ちやすくなるのでは。東京や全国で戦う力は足りていないが、滋賀県内だけであればわれわれは戦いやすい。このように考えが集中していきました」

「すると、ここの学食の運営先を探している会社様からお声掛けをいただきました。大学では当初大手企業を探していたようですが、コロナ禍でみな手を引いたという。SDGsといった時代の趨勢からして地元の企業に運営してもらうべきではないか。それであればナデシコに、という話になったとのことです」

物件は以前の運営者が撤退した後でスケルトンのフルリニューアル。そこで平面図や厨房設計のプランを同社がつくり、ミーティングを重ねて現在の形にしていった。同社も持ち出しはあったが、厨房設備をはじめほとんどを大学側が負担した。家賃はゼロ、水道光熱費は折半。ただし、約10品目のフードメニューの売価は500円、600円が主流で原価は50%、そこで「商売としてだけの観点では決して儲かるものではない」(細川氏)という。

スターバックスの飲み物が提供され、ディナー帯にはアルコールの提供もある

メニューの一つ「近江牛ハンバーグ定食(デミソース)」750円(税込)。飲食業が営んでいることからクオリティが高い定評を集める

産学官で事業に取り組む発想が膨らむ

学食がオープンして1年足らずで、これらのプロジェクトは動き始めたところ。現在、具体的に動いているのは「やさいバス」という試みで、同社ではこの研究を食マネジメント学部と一緒に取り組んでいる。

「やさいバス」とは農家がその日の朝に出荷した野菜を飲食店が入荷するというシンプルなもので、いま静岡県内で実際に行なわれている。農家が出荷するのは、例えば自分の近くの集会所、農協、道の駅。それを入荷する飲食店は、近くの銀行、小売店、ガソリンスタンドとか。それぞれの近くに野菜を運ぶトラックのバス停をつくり、農家も飲食店もそれぞれワンマイルずつ協力し合うことによって流通コストを抑えるという仕組みだ。

また、立命館大学とのプロジェクトがスタートしてから、滋賀県下の行政関係からのオファーが増えたという。例を挙げると、草津市の隣の守山市役所が新庁舎を建設中で(隈研吾建築都市設計事務所の設計)、その1階のカフェを同社が運営することになった。ここを舞台に立命館大学の学生と一緒に守山市の特産品を発案していくことになる。

街づくりの団体からの相談を受けて、今年1月長浜市内に「おさけところも」をオープン。ここは北国街道の入口に位置し、ツーリストと地元民が交わるハブに位置付けている。この6月2日伝統食の「皿そば 奥伊吹」を米原市内の道の駅にオープン。来年には道の駅の運営も計画されている。

施設の中に研究機関が研究内容を披露しているコーナーがあり、産学官の活動を担っている

また、同社から大学に持ちかけた企画の一つに、アウトドア用品のメーカーが広大なびわこ・くさつキャンパスの中で「なぜ外で食べるご飯がおいしいのか」という研究を大学と一緒に行う、というものがある。

さらに「キャンピングキャンパス」という取り組みもある。これは学生がキャンパス内でキャンプをして、自然と共に過ごすことによって思索を深めるとか。焚火を囲みながら語り合うことによって、他では知りえない人間性に触れるとか。アウトドアによってボーダレスな学びの機会を試みるようになっている。

ローカル企業として生きる体制を整える

前述した通り「滋賀県と共に生きる」ことを決断したナデシコは、着々とローカル企業としての体制を固めている。

「われわれには地域社会の中でやり続けていくという使命があり『地域愛』を込めてトライアンドエラーを行なってきた。このような商売はすぐに儲からないかもしれないが、3年後5年後に実を結んでいくことではないか。こうすることによって地域の人たちに愛されて、いい店になっていくのではないか」(細川氏)

出店に関して、これまで同社では、駅から徒歩1~2分、路面店を条件に店舗展開を行ってきた。それが2020年2月大津市内琵琶湖近くの商業施設にカフェをオープンした。この店をきっかけとして出店立地の多様化も検討していくという。

さらにこの度、社員独立制度をつくった。出店に関わる投資は会社が行ない、独立して店舗を経営する人は投資リスクを持たずに店舗運営ができる。社内FCという仕組みでロイヤリティがある。独立できる条件は、副部長クラス以上。社長の承認が必要。出店する場所は自分の出身地でも可能だが、物件のジャッジは会社が行なう。社員独立店舗はナデシコの一事業であり出資先として位置付け、それに対する利回りを獲得していく。

同社は滋賀県の地元産品の活用を掘り下げることをミッションとして企業基盤を固めてきた。コロナ禍を経験して、その道に絞り込むことを決断してから、地域社会に根を下ろす大学の学食運営を委託され、これをきっかけに産学官の活動が切り拓かれるようになった。この学食の事例は地域社会における交流のハブとして大いなる役割を果たしている。

image by: 千葉哲幸
協力:株式会社nadeshico

千葉哲幸

プロフィール:千葉哲幸(ちば・てつゆき)フードサービスジャーナリスト。『月刊食堂』(柴田書店)、『飲食店経営』(商業界、当時)両方の編集長を務めた後、2014年7月に独立。フードサービス業界記者歴三十数年。フードサービス業界の歴史に詳しい。「フードフォーラム」の屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース、セミナー活動を行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社発行、2017年)。

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