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プーチンの狂気を呼び覚ます、ウクライナ「クリミア攻撃」の最悪シナリオ

ウクライナの独立記念日でもある8月24日に、奇しくも開戦から半年を迎えることとなるウクライナ紛争。現在、欧州最大級のザポリージャ原発を巡る攻防戦が続いており、国際社会はロシアへの非難をより一層強めていますが、その責任を問われるのはロシアのみなのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、ウクライナが当紛争において、露軍に劣らないレベルの市民への残虐行為を行っているという事実を紹介するとともに、ロシアばかりが批判される現状を疑問視。さらに今ウクライナで起きていることは、台湾有事の際に日本でもそのまま起きる可能性があるとして、早急な原発攻撃対策の検討・実施を訴えています。

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大きな悪の影に隠れる小さな悪の存在?!

「嘘が世界に流れ出し、情報の真偽が分からなくなる前に、“真実”を表に出すことが大事だ」

これは長い間、さまざまな紛争のケースや情報戦でご一緒してきた仲間の言葉です。

過去には旧ユーゴスラビア紛争、コソボ、イラクなど、多くの紛争がこの情報の混乱に苦しめられ、紛争を描写し、評価する際にAll or Nothingの善悪、言い換えると100%の悪と100%の犠牲者という“偽の”事実を植え付けられました。

サダム・フセインは大量破壊兵器を製造・保持していなかったし、クロアチアは、セルビアに劣ることなく、残虐な行為をセルビア系住民やムスリム住民に対して繰り返していましたが、ミロシェビッチ大統領があまりにも強烈なキャラクターでかつ優秀だったこともあり(そしてロシア正教系でスラビックであったこともあり)、英国の情報機関によって悪者に作り上げられました。もちろん、友人とはいえ、ミロシェビッチ大統領がコソボやボスニア・ヘルツェゴビナで行ったことを正当化することは決してできませんが。

よく似たことが、今回のロシアによるウクライナ侵攻でも言えると考えます。

2月24日に大方の予想を上回る規模と範囲でウクライナ全土に侵攻する決定を下したプーチン大統領とロシアがこれまでに行っている様々な行為は決して正当化できません。

ブチャでの虐殺“疑惑”、アゾフスターリ製鉄所を取り囲んで行った攻撃、市民への無差別攻撃、化学・生物兵器を使用した確信に近い可能性などは、言語道断です。

間違いなくロシアが行っている内容は“大きな悪”を構成していますし、その報いは必ず遠からず受けなくてはならないと考えます。

第2次世界大戦後の欧州において、そして恐らく世界全体において、最大の武力衝突を引き起こした事実は、今後、しっかりと検証されるべきでしょう。

しかし、100対0でロシアが全面的に悪いかと言われたら、そこには何とも言えない疑問が出てきます。

米国からハイマースが本格的に投入されてから、ウクライナ側からの反攻が強化され、ロシア軍が東部・南部の支配地域から押し戻されているとの報道をよく耳にしますが、その過程において、ロシア軍の蛮行に劣らないレベルでの残虐な攻撃がウクライナ軍からロシア人に対して行われているという情報をどの程度、目にされているでしょうか?

どこまで信じるかはお任せしますが、2月24日以前は、ロシア側が主張するようにウクライナ東部のドンバス地方に住むロシア系住民への、ウクライナ側、特に“あの”アゾフ連隊からの迫害が存在したと言われていますし、ウクライナでの戦争が始まって以降、ロシアからの侵攻に抵抗するためにウクライナ軍とその友人たちによって行われる“抗戦”の矛先は、ロシア系住民に向けられ、こちらでも残虐な殺戮が起きているという情報も入ってきています。

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ここで気をつけなくてはいけないのは、ロシア軍が行う一般人への攻撃はもちろん許されざる蛮行として最大限の非難の対象となりますが、同様のことをロシア系住民に対して行っているウクライナ側の行動は、ただの“抗戦”で片づけられてよいのか?という点です。

「攻め込まれ、母国が侵されているのだから戦うのは当然」というのは100%尊重しますが、ロシア軍と同じことをして、それを抗戦の名の下に正当化するのであれば、そこには大きな疑問が生じます。

最近はあまりニュースでも見られませんが、日本のメディアはよく、ウクライナの女性たちが銃やロケット砲を構え発射するシーンを、まるで聖戦に臨む存在のように描く演出をしていましたが、それらのロケット砲の着弾点は、報じられるような軍事施設やロシア軍の戦車ばかりではなく、ちゃんとロシア系の一般市民の自宅や学校・病院だったりすることを見逃されているような違和感を抱きます。

別の報道では、ウクライナに対して「早く降伏して国民の生命を守ることが必要だ」と主張する政治家(元含む)や専門家の意見も耳にしますが、正直、この方たちは“戦争の正体”をご存じではないのだなと感じます。

戦争の正体とは「もし抗戦せずに降伏してしまった暁には、いろいろな意味でその国や社会、そして国民は皆殺しにされる」ということです。

言語が失われ、宗教・信教の自由が侵され、歴史が書き換えられ、国籍を失い、場合によっては物理的に抹殺されるというケースは、歴史上これまで何度も見てきましたし、現在も悲劇は続いています。

その最たる例はクルド人やロヒンギャ族、ロマ族などへの国家的な排除や、コソボや北マケドニアで存在するアルバニア系の住民に対する抑圧などを挙げることが出来ます。

それが今、ウクライナで起こっていると言えますが、そのような抑圧に対して抵抗し、自らのアイデンティティと権利のために、そして家族のために命を賭して戦う姿勢には強いシンパシーを覚えます。

しかし、その抵抗も方向性を間違えると、自国を蹂躙してきた隣国や大国の眠れる狂気を呼び起こすこともあります。

特に紛争が当事者間の戦いというレベルを超えて、国際化している場合は。

今週、それがウクライナで起きているかもしれません。

一つ目は、欧州最大の原発であるザポロージェ(ザポリージャ)原発を舞台に行われているロシア軍とウクライナ軍の対峙・攻防です。

ロシア軍が原発を占拠し、川を挟んでウクライナ軍が対峙し、散発的な戦闘がおきていますが、その際に放射性廃棄物の貯蔵施設近くにロケット弾が着弾したらしいというインシデントや、原子炉近くでの爆発と火災といった別の懸念されるべき事件が起きています。

ロシア・ウクライナ双方が互いに相手の仕業だと非難していますが、実際に誰がそのような愚行を行っているのか(executed by whom?)は分かりません。

原発を戦場にするというのは国際法違反ですが、その違反の非難の矛先は、ロシアはもちろん、止むを得なかったと判断しても、原発を対峙の場所に選んでしまったウクライナ側にも非難の矛先は向けられます。

もしそのように“国際社会”(すでに私はこれが何を意味するのか分からなくなってきましたが)が評価するのであればまだしも、実際には何が起きているでしょうか?

IAEAにおいて複数国がロシアを名指しして非難し、即時退去を強く要請し、国連事務総長はウクライナ西部の都市リビウを訪問して、ウクライナとの連帯を示すという行動に出てしまいました。

グティエレス国連事務総長については、リビウ訪問の目的を「ゼレンスキー大統領とトルコのエルドアン大統領と会い、先日合意した穀物輸出のスムーズな実施のために協議する」としていますが、別途、ゼレンスキー大統領と単独で会い、“国際社会の支援”をゼレンスキー大統領に伝えるそうです。

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随分前に国連事務総長の役割は、【モラルリーダーとして振舞い、最後の調停者(ん?誰かのタイトルと似ていますが)として中立の立場を貫きつつ、紛争の解決に尽力すること】と描写しましたが、先代の事務総長同様、どこに中立性があるのでしょうか?

前回の遅すぎた訪問ではモスクワとキーウを訪れていますが、今回はウクライナだけで、プーチン大統領との“協議”は予定されていません。国連安全保障理事会常任理事国で、今回の戦争の当事者でもあるロシアと会わずして、何をするつもりなのでしょうか?

ロシア側の反応が注目されますが、本件については沈黙を保ち、無視していますが、今後、この事例を何らかのカードとしてロシアが使ってくる可能性は否定できないでしょう。

もう一つの事例がクリミア半島で起きている攻防です。このところクリミア半島のロシア軍施設で大爆発が起きており、ロシアとウクライナの間での緊張が高まっています、

ジャンコイの弾薬庫が爆破され、変電所での火災も報じられる中、ここでも【誰による仕業か】という責任のなすりつけあいが起きています。

ただこれはほぼ確実にウクライナ側による攻撃だと思われ、見事に大統領府の顧問(よくしゃべり、リークすることで有名)もウクライナによる仕業であることに言及していることから、恐らくそうだと思われますが、これがまた大きな問題に発展する火種となるのではないかと恐れています。

いろいろな情報を総合的に分析してみると、実行者は恐らく英国に訓練されたウクライナ軍の特殊部隊で、ロシアの補給網と拠点にダメージを与えることで、ロシアに対して物理的なショックのみならず、心理的なショックも与えて、全体の戦況の巻き返しを狙ったものだと思われます。

しかし、この攻撃は、ロシア側からの強力な報復行動につながる恐れを秘めています。

米国からのハイマースの投入、英国やフランス、ドイツ、デンマークなどからの武器供与などを受けて、ウクライナがロシア軍に対して巻き返しているという分析もありますが、その裏で、大きな損失を被ったロシアは明らかに戦力の増強に努めているという情報も入ってきています。

例えば、ドンバス地方にいるロシア軍部隊を南部に再配置する動きが出ていますし、これまで投入してこなかった武力の投入も着々と準備されているようです。シベリアからの再配置までは行わないようですが、数を補えるような装備面・戦闘力面での大きな補強と言われています。

個人的には、これにより、ロシア軍とウクライナ軍(とその仲間たち)の間で反撃と反転攻勢が繰り返されることになっても、勝敗を決するような決定的な行動をどちらかが取ることは、少なくとも年内はないだろうと見ています。

ちなみに戦況は膠着しておらず、常に流動的ですが、双方ともに長期戦になると覚悟をしはじめ、そのための体制に変わりつつあると見ています。

これは実は紛争調停の側面からはあまりよくない状況です。反転攻勢が続き、双方とも、自軍が有利だとアピールしている状況では、停戦に向けた話し合いのテーブルに着くという心理的な基盤が存在しないからです。

英国の情報筋によるお決まりの観測気球で【ロシアが内々に戦争を終わらせたがっている】とのニュースを流していますが、これは事実ではなく、あくまでもロシア軍の士気を下げたり混乱させたりするための道具であるとのコメントを、その英国から受けましたので、ロシアもやる気満々と言えるでしょう。

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観測気球・情報操作という点で他の目だった内容があるとすれば、【ロシアもよほど補給に困難がでたのか、ついに北朝鮮やイランにも支援を要請したらしい】というものや【先のプーチン大統領とエルドアン大統領との会談の際、プーチン大統領が待たされたのは、力の逆転が起こっている】、そして極めつけは【プーチン大統領の体調悪化説】ですが、どれもどうも観測気球だったみたいです。

健康不安については、CIAが「プーチン大統領はいたって健康」と報告しましたし、エルドアン大統領とトルコについては、トルコ政府関係者によると、「そんなこと恐ろしくて言えない。エルドアン大統領はアメリカを全然怖がっていないが、プーチン大統領のことは本気で怖がっているから」とのことでした。

話が逸れてしまいましたが、ウクライナ軍とその仲間たちがこの時点でクリミア半島に手を出したのは中長期的にはあまりよろしくなかったかもしれません。

プーチン大統領にとってはクリミア半島とその併合は、2014年以降のサクセスストーリーの典型例に挙げられており、強く国民を見捨てないリーダーとしてのイメージの象徴となるケースと言われているため、ここに刃を公然と向けることは、ロシアによる反応のエスカレーションを招く恐れがあります。

すでにメドベージェフ元大統領が「クリミア半島を触るものには破滅が齎される」と何とも不気味な脅しをしていますが、これもあながち冗談では済まないかもしれません。

それは、ロシアはほかの核保有国とは違い、あくまでも軍事政策の一環として、作戦のために戦術核兵器を用いるという特徴から、過度にプーチン大統領を刺激し、面子をつぶすような場合、戦況次第では使用もあり得ると考えられるからです。

直ぐには起こらないと信じていますが、プーチン大統領は何をするかわかりませんから。

ここまでいろいろなアングルからウクライナでの戦争と今後の見通しなどについて、若干激しくお話ししてきましたが、皆さん、この話が日本とは無関係だとは、まさかお考えではないですよね?

核兵器の使用については、もしかしたら大きな懸念はないと思われるかもしれませんが、同じ“核”でも原子力発電所となると話はどうでしょうか?

実際に今回、ロシアとウクライナの紛争において、ザポリージャ原発は攻撃の対象となっていますし、ライフライン(水道、電気、ガスなど)施設への攻撃も厭わない状況です。

日本がロシアとウクライナの戦争の影響を直接的に受けることは、シベリアのロシア軍部隊の動きという点を除くと、ほぼないと考えますが、今、ウクライナでの戦争で起きていることはそのまま、台湾有事の際には日本で起きる可能性があります。

中台衝突が何らかの形で起きてしまった場合、その影響から日本は逃れることはできません。先のペロシ氏の訪台を受けて中国人民解放軍が行った実戦的な軍事演習では、“日本のEEZ”に弾道ミサイルが着弾するという事態もあったことからも、台湾有事の際には、日本は防衛権発動の必要性が生じる事態であると考えられます。

1996年の台湾有事の際には、まだ中国の軍事力が周辺国への攻撃を可能にし、多方面で戦闘を遂行する能力がなかったため、大きな問題としてクローズアップされませんでしたが、それから26年経った今、中国の軍事力は質・量ともに格段に向上していますので、日本が台湾有事に巻き込まれて攻撃対象になるというシナリオは、もう想像上のものではないと言えます。

日本自体が敵地攻撃能力を持って攻撃するという事態は想定しないとしても、“流れ弾”なのか“意図的に撃たれたもの”かは別として、飛んでくるミサイルなどに対していかに国土を防衛するのかについて具体的な策を練り、そして訓練をしておかなくてはならないでしょう。

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例えば、具体的に「首相および防衛大臣はいつ自衛隊に対して防衛出動を命令するのか」という問題や「米軍からの協力要請に対して、どれだけ迅速に対応するのか?いかに対応するのか?」といった内容を想定し、準備しておく必要があります。

一旦決定が下されれば、実戦に臨むのは自衛隊ですが、決断は政治が行わなくてはなりませんが、今の政治にその準備はできているでしょうか?

防災訓練などは定期的に行われており、首相官邸に緊急対策本部を立てて対応するという具体的な演習がありますが、軍事的な危機が迫った場合に対する有事対応の鍛錬と専門の軍事的な知識の養成が必要で、そのためには自衛隊との有事想定の演習が不可欠になります。

現在の国会議員の顔ぶれを見てみた時、元自衛隊員の方を除き、“安全保障の専門家”はほぼ実践に基づかない机上の知識を有するだけで、有事の際、あまり役には立ちません。

特に原発やインフラへの攻撃が加えられた際、政府だけで対応できるかと言えばそうではなく、原発やインフラを保有する民間企業との密接な協力も必要となりますが、そのような体制は、2011年の東日本大震災と福島第一原発事故以降、どのレベルまで構築されているでしょうか?

日米安保条約に基づき、確かに米軍は助けてくれるでしょうし、自衛隊も協力して対応できる体制はあるかと思いますが、では100%それに頼り切っていて、十分安全か?と考えたら、ちょっと安心できないような気がします。

先週、ちょっと激し目に書いたように【核兵器は結局使用できない兵器であることが分かった】としても、もし日本にある54基(すでに廃炉が決まっている21基と福島第一原子力発電所含む)への攻撃が加えられたら、兵器とは技術的な違いと有事の際の威力の差はありますが、事故・攻撃の“後遺症”がどれほど長い年月にわたって人々を苦しめうるかは、異論はないかと思います。

【関連】核による“人類の自殺”まで秒読み段階。暴走プーチンが握る世界の命運

その攻撃とやらが、台湾有事の際に中国によって加えられるのか、それともロシアによるものなのか?それとも北朝鮮によるものなのか?

それは分かりませんが、日本が四方八方を核保有国に囲まれ、アメリカを除けば、決して友好国とは言えないという、異常な安全保障環境に置かれていることを理解した上で、神頼み・アメリカ頼みではなく、具体的に自身がどう対応するのかをクリアに想定しておく必要があると考えます。

ロシアとウクライナが攻防を繰り広げる戦争は残念ながら長期化しますし、台湾情勢も緊迫の度合いが高まっていてもすぐに有事に発展しないだろうとの楽観論も存在しますが、大きく変わってしまった国際情勢の中、私たちも自身の安全保障問題を真剣に考え、行動しなくてはならない時期に来たのだと思います。

考えすぎでしょうか?本当にそう願います。

以上、国際情勢の裏側でした。

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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