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なぜ山形の観光農園のコロナ禍対応は一時凌ぎでは終わらなかったのか

驚異的なスピードで全世界に拡がり、あらゆる業界に大打撃を与えた新型コロナ。そんな中にあって、コロナ禍対策を自社の成長につなげた観光農園が山形県にありました。なぜ彼らの対策は、よくありがちな「一時しのぎ」で終わることがなかったのでしょうか。そのカギを、神戸大学大学院教授で日本マーケティング学会理事の栗木契さんが探ります。

プロフィール栗木契くりきけい
神戸大学大学院経営学研究科教授。1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。

山形の観光農園は、どのようにしてコロナ禍から新たな事業機会をつかんだか

はじめに

マーケティングにとって合理的なのは、どのような行動だろうか。戦略計画の発想にもとづく行動は、広くマーケティングに採用されている。戦略計画とは、企業などの組織の経営において、事前の調査や分析を徹底することで予測や見通しの正確さを高め、そのもとで検討を重ねて計画を練り上げ、統合された活動を整然と展開するというアプローチである。マーケティングにおいても、戦略計画が活躍する局面は少なくないが、これを万能視してしまってよいか。コロナ禍のなかで山形の観光農園がどのようして新たな事業の可能性をつかんだかを振り返ることで、この問題を考えて行く。

想定外の事態への対処が、新しい展開をもたらす

コロナ禍は2020年にはじまり、多くの産業や企業の事業環境は一変した。このような状況のもとでは、どのように行動をとることが、マーケティングにとって合理的か。

この2020年からの大きな変化を事前に予測し、マーケティングの計画に織り込むことができていたという企業を、寡聞にして私は知らない。あるいは、コロナ禍に直面しても、それ以前に立案したマーケティングの計画を変えることがなかったという話も聞かない。

企業のマーケティングでは、予測や計画は万能ではない。コロナ禍にかぎらない。マーケティングの各種の活動を進めるなかでは、次々と思わぬ事態に直面することが避けがたい。そうなれば、頭を切り替えて、その場そのときに利用可能なリソースを活用して、予定外の新しい行動をはじめるしかない。

そこではじまる新しい行動にいかに取り組むかは、マーケティングにとっての重要問題である。なぜなら、この想定外の事態への対処が、事業に新しい展開や成長の機会をもたらすことがあるからである。

しかし、新しい行動に取り組むだけでは、一時しのぎのパッチワークに終わってしまうこともある。市場の変化のなかで新たな機会をとらえるためは、行動を絶やさないことに加えて、何が必要か。

誰が作業を行うのか

王将果樹園は、山形県天童市にある観光農園である。10ヘクタールの農地にはサクランボをはじめ、桃、ぶどう、りんごなど、各種の果樹が栽培されており、春から秋にかけてフルーツ狩りを楽しめる。

コロナ禍により観光客の姿が消えた2020年の初夏。王将果樹園は、サクランボ狩りの最盛期を迎えながら休園を余儀なくされていた。このピンチを王将果樹園は、観光用に栽培していたサクランボをネット通販に切り換えて販売することで乗り切る。

現在の王将果樹園の代表は矢萩美智氏。同氏の祖父の代に果樹栽培をはじめ、父の代に観光農園化を進めた。3代目となる美智氏は、カフェ営業やネット通販など、経営の柱を増やしながら、団体から個人へという国内観光の変化に対応してきた。現在はスタッフ数20名ほどの企業に成長している。

コロナ禍は、人が消費をどこでどのように行うかを大きく変えた。王将果樹園がコロナ禍以前よりネット通販を手がけていたことは幸運だった。とはいえ、観光用のサクランボをネット通販に切り変えて販売するには、乗り越えなければならない問題があった。

サクランボの果実は繊細で、小さく、数が多い。これを通販で販売するには、初夏の早朝の気温が低い時間帯に一気に摘み取り、その日のうちに出荷しなければならない。

サクランボ狩りであれば、観光客が摘み取ってくれるので、農園スタッフの人手は少なくて済む。しかし通販用のサクランボには人手がかかる。誰が作業を行うのか。観光農園に実るサクランボを自分たちだけで収穫することは不可能だった。

矢萩氏は天童市内の温泉街の旅館に声をかけることにした。コロナ禍によって打撃を受けていたのは、観光農園だけではない。人出が絶え、手持ちぶさたな温泉旅館のスタッフの手を借りることで、サクランボの収穫を増やすことを考えたのである。

こうして王将果樹園は、5月のなかばには観光用のサクランボをネット通販用に転用して出荷する体制を整える。販売面では、従前からの顧客名簿などを活用し、SNSなどで支援を呼びかけた。応援の声が集まり、受註は順調に進んだ。王将果樹園はネット通販のために、前年のおよそ2倍のサクランボを収穫し、完売した。

人手を増やさずに出荷量を伸ばす企画

その後、フルーツ狩りに訪れる観光客の受け入れは徐々に再開されるものの、コロナ感染の波は繰り返し押し寄せ、王将果樹園にとってのネット通販の重要性は増していく。農園で栽培されている果樹は、初夏のサクランボにはじまり、桃、ぶどうと、コロナ感染の状況には関係なく、実りと収穫の時期を迎えていく。矢萩氏たちは社内の労働力の問題も考えながら、出荷の方法を検討する。

ニューノーマルの日々のなかで、王将果樹園は「ワケあり倶楽部」というネットの企画販売を開始した。ワケありの商品、すなわち規格外の果物で、ちょっと見た目が悪かったりはするが、通常のものと味は変わらない果物を、頒布会方式で安価に販売する企画である。プレスリリースを行い、SNSで発信したところ、地元の新聞に取り上げられたり、1万ほどのリツイートがあったりして、完売を果たす。

「ワケあり倶楽部」は、顧客には安価でおいしい果物を入手できるメリットがある。それだけではなく、王将果樹園にも限られた人手で果物の集荷量を伸ばすことができるメリットがある。ワケあり商品なら、重さ、大きさ、色などで箱に詰める果物を細分化しなくてよく、そのために選果や箱詰めの作業が効率化する。「ワケあり倶楽部」は、ネット通販の販売促進だけではなく、作業効率の向上にも貢献する企画だったのである。

新しい行動を統合的な仕組みの変革のなかで実現する

マーケティングにかぎらず、組織や人の活動にあっては、事態が想定外の方向に急展開していく局面では、とっさの判断で新しい方向を見いだし、行動を切り替えていくしかない。ここで新たな方向に切り替えてでも行動を続けていくべきなのは、行動を止めてしまえば、新しい機会が事業にもたらされることもなくなるからである。

とはいえ、新たな行動をはじめるだけでは、当面の対応に止まってしまうことが少なくない。王将果樹園は、なぜコロナ禍のなかで新しい行動を、新たな事業機会の獲得につなげていくことができたのか。王将果樹園は、ニューノーマルの消費における人々の変化に対応するだけではなく、自社の収穫や出荷などオペレーションにも踏み込み、作業者の手配や、収益化の仕組みの見直しを進めている。矢萩氏たちは、ニューノーマルの消費に対応しようとすれば、自社の事業の複数の領域に影響がおよぶことを見逃さず、新しい行動を一時しのぎに終わらせないための変革に取り組んでいる。

事業はシステムとして成り立っている。観光農園も同じであり、果樹の栽培だけではなく、集客や接客、そしてそこで生まれた顧客接点を、その後の通信販売などにつなげていくといったシステマティックな取り組みによって事業は拡大していく。マーケティングは、この仕組みとつながりのなかで機能する。市場の変化のなかで新しい機会をとらえるためには、単に新しい行動に取り組むだけではなく、そこで必要となる統合的な仕組みの変革という課題にこたえる必要がある。

image by: Shutterstock.com

栗木契

プロフィール栗木契くりきけい
神戸大学大学院経営学研究科教授。1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。

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