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激怒のプーチン“過激化”でロシアに吹き始めた逆風。政府内にも出てきた「離脱組」

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻開始から10月24日で8カ月。関係各国の努力も虚しく、未だ停戦の道筋すら見えない状況が続いています。プーチン大統領は相も変わらず核兵器使用を仄めかしていますが、世界はこの先、終末戦争を経験することになってしまうのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、これまでロシアに対して表立った批判をしてこなかった国々が見せ始めた変化や、ロシア政府内で吹き始めた「反プーチンの風」等を紹介。さらに現役の国際交渉人として調停の現場に立つ、自身の率直な心情を吐露しています。。

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プーチン露が“国際社会に復帰”する日は来るのか?

「ロシアが“国際社会に復帰する日”はやってくるのか?」

この問いは今週、いろいろな種類の会議や協議に参加した際、そのすべてがロシアと、ロシアに追従するベラルーシを排除している様子を見て抱いたものです。

気候変動交渉やSDGs、エネルギー関連の交渉などにおいて、これまで長年、非欧州諸国でグループを形成して国際交渉にあたることが多かったのですが、ロシアによるウクライナ侵攻が長期化すると同時に泥沼化するにつれ、国際交渉のグループ会合からはじき出されるケースが増えてきています。

2月24日の侵攻後しばらくは、安全保障や人権系の交渉では真っ向からの対立構造があっても、気候変動や生物多様性、開発系の交渉では、ロシアとの対話の糸口としての期待もあり、ロシア(とベラルーシ)にも声掛けされていました。

しかし5月ぐらいからは、交渉グループの会合への参加の呼びかけ・声掛けも行われず、G20の会合同様、ロシアへの非難が会合本来の内容を混乱させ、ロシアからの発言の際には皆離席するという状況に陥り、あらゆる国際会議が国際社会の分断の舞台と化してしまいました。

国連総会、国連安全保障理事会、経済社会理事会、人権委員会、WTOの会合、WHOの会合、UNESCOの会合G20…。

例を挙げればキリがない状況です。

そしてコロナ対策、ミャンマー情勢、エチオピア情勢、エネルギー危機、留まることを知らないインフレーション、バングラデシュの大洪水などの気候変動による災害への対応、アフガニスタンにおける女性の権利と子供の栄養問題や教育の機会を取り戻す必要性、スリランカの経済破綻と地域への悪影響への対応、そして、核廃絶に向けた国際社会の取り組みの強化など、急ぎ対応しなくてはならない危機が山積しているにもかかわらず、すべての協議の場で大切な議論が出来ないまま時間だけが過ぎ去っていく状況です。

そのような中でもロシア政府が折れることはなく自らの主張と行動の正当化を継続し、それに欧米諸国とその仲間たちは非難とボイコットを続け、よく言えば中道ですが実際には日和見・実利主義の第3極の各国が存在するという状況が続いており、国際協調の機運は完全にしぼみ、機会はマヒしている状況と言えるでしょう。

ロシアを非難する国々も、ロシアを、ジレンマを抱えつつも支持している国々も、振り上げてしまった拳を下すきっかけを失ってしまい、この争いと衝突が解決する道筋がなかなか見えて来ない状況です。

そんな中、ロシアによる一方的なウクライナ東南部4州の併合、クリミア大橋の爆破事件とそれに対する報復攻撃、ロシアが行うインフラを破壊することを目的としたミサイル攻撃と無人ドローンを用いたキーウなどへの攻撃、相次ぐ原子力発電所での電源喪失という事態、そして東南部4州に対する“戒厳令”の発布…。

ロシア・プーチン大統領が打ち出してくる様々な“策”は、ロシアが追い詰められている様を露呈すると同時に、次第に過激化し、攻撃レベルが上がってきているように見えます。

核兵器使用の可能性が高まっているという分析が多方面から寄せられる中、ロシア政府の中でも「もうどうしていいのか分からない」、「プーチン大統領は一体どうしたいのか?」と“離脱”するグループがちらほら出てきているようです。

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特に東南部4州に戒厳令を発布し、ロシアの国内法に戻づいて戦時下で国民の諸権利の制限を可能にする状況にまで至ったことはかなりのショックを与えているようです。

この戒厳令ですでに5-6万人がロシア領内に避難させられているということですが、この動きを「ついにプーチン大統領は核兵器を使うのか」と見る分析もある中、「部分動員は非常に評判が悪く、ロシア国民の国外逃亡を引き起こしたことで、その代わりに戒厳令を通じて強制動員をかけるに至るまでロシアは混乱している」という見方も出てきています。

核兵器の使用については分かりませんが、戒厳令の発令はプーチン大統領がロシア政府内の強硬派の主張を取り入れたことになり、それを受けて侵攻の総司令官を務め、チェチェンでもシリアでも徹底的な焦土作戦を実行し、Mr.最終戦争(アルマゲドン)という異名を持つスロビキン上級大将の下、対ウクライナ総攻撃が近く始まるという可能性が高まってきているように思われます。

スロビキン氏は、核のボタンは持っていないので彼の判断で核兵器を使用することは“理論上”できませんが、対ウクライナ戦争の実行においてかなりの権限を与えられたとみられます。

私はチェチェン紛争には直接に関わっていませんが、シリアの惨状は直に見ており、シリアにおいて「いざとなれば我らがChemistsに任せればいい」と発言し、反政府勢力を徹底的に叩き、シリア国内での激しい破壊を主導した状況を思い出すと、またウクライナで同じことをしやしないだろうかと妙に嫌な予感がしています。

そんな中、これまでロシアを庇ってきたか、非難を避けていた国々の態度が変わってきています。

中央アジア諸国については、最近、プーチン大統領に対して「我々への敬意を示してほしい。私たちはロシアの属国ではない。支援は不要。必要なのは対等の立場と相当の敬意だ」と注文を付けるようになってきていますし、自らの政治的な危機をプーチン大統領に救ってもらったはずのカザフスタンのトカエフ大統領も、どんどん先鋭化するプーチン大統領に対して距離を取り、ロシアの対ウクライナ戦争への“参加”は拒否し続けています。

これまで自国の経済的な利益とエネルギー安全保障を優先するためにロシアへの非難を避けてきたインドも、まだ非難グループには加わらないものの、じわりじわりとロシアから離れ始めています。

インド政府内の高官曰く「ロシア産の石油・天然ガスの“中継地”としての利点は無視できないし、アメリカなどからとやかく言われる筋合いはないが、プーチン大統領とロシアの行動の過激化には、正直、もうついていけない。インドの利益と国際社会での位置づけを考えると、そろそろ限界ではないか」という意見が強くなってきているということです。

ではロシアと対峙する欧米諸国はどのように対応しようとしているのでしょうか?

注目すべきは、ロシアによる核兵器使用の可能性が高まっているという名目で、NATOは恒例の核兵器運用のsimulationを実施してNATOによる核抑止をアピールしていることですが、これはこれまで「ロシアをあまり刺激して追い詰めないほうがいい」としてきた認識を変え、曖昧にしてきた“相当の破壊的な結末”が何を意味するのかをロシアに示したものと考えられます。

その内容を見て驚くと同時に「本当にここまでの覚悟がNATO加盟国に出来ているのだろうか?」と感じています(そして「NATOに今後、定期的に参加する」と表明した日本は、このようなNATOの方向性を支持できるのかと不安にもなりました)。

NATO加盟国間にも当たり前のように温度差がありますが、10月20日に表明された英国トラス首相の辞意は、これまで対ロ強硬派の急先鋒と思われてきた英国の方針を変え、今後NATOの結束にも影響を与えるのではないかと懸念されていますし、実際に微妙だった欧州各国の対応のバランスを崩すことになるだろうと見られています。

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そのような中、別の観点からNATOを通じた対ロ戦略のバランスに苦慮しているのがアメリカ政府です。

11月に議会中間選挙を控え、民主党の苦戦が予想される中、実際にはロシア・ウクライナ情勢どころではない中、それでも強硬姿勢を取らざるを得ないのは、アメリカ特有の理由があるようです。

第2次世界大戦後、旧ソビエト圏と対峙する自由主義陣営の守り手として核の傘を同盟国に提供し、共産主義の“魔の手”から自由主義諸国を守る役割を担ってきましたが、それも旧ソ連崩壊後、NATOのraison d’etreを探る中、旧ユーゴスラビアの崩壊、地域戦争の激化、イラク・アフガニスタンへの軍事介入と、唯一の超大国として役割を果たそうとしてきましたが、リーマンショックを機に世界への安全保障上のコミットメントのレベルを下げてきました。

中国が台頭し、世界各地で様々な衝突が多発する中、直接介入を回避するアメリカ政府の方針転換は、同盟国に対しての有事のコミットメントの有無とレベルに対する不安を与えるようになりました。

今回のロシアによるウクライナ侵攻を受け、欧州各国が「戦火が欧州を襲うかもしれない」という懸念を抱く中、アメリカ主導の安全保障体制が機能するか否かが試されており、アメリカの覚悟が試されていると言えます。

プーチン大統領とロシアが核使用を仄めかす中、実際に使えば世界は地獄絵図に変わる可能性がありますが、使わなければ「核兵器は実際には使えない兵器だ」という認識が広まり、ロシアによる核抑止と脅しは幻になるかもしれないのと同じく、ロシアがウクライナを飛び越して、欧州各国(そして日本)に及ぼす脅威にアメリカが迅速に毅然とした態度で対応できなければ、アメリカの権威は一気に落ちることとなり、同盟国からの信用が失墜すると同時に、同盟国による自己防衛能力の強化に繋がるという懸念すべき混乱状態に陥ることになります。

「ロシアと直接的に対決したくないが、せざるを得ない状況が近づいている。実際にどうすべきか」

非常に悩ましい決断を今、バイデン政権は迫られている事態と言えますが、その決断にはあまりもう時間がないかもしれません。

現在、国際社会は完全に分断し、なかなか協調体制の修復の機会・きっかけが見えてきませんし、各国が協調よりも自国の利益と生存の確保に走る“自国ファースト”の様相を強めていく中、多方面で同時に緊張が高まり、核兵器使用を含めた対決の可能性が語られることが多くなってきました。

これまでもそうであったように、もしかしたら私たち人類は、まさに「喉元過ぎれば熱さを忘れる」で、戦争の惨禍がいかに残酷で悲しい結末を招くのかを学ばず、「永遠の平和を希求するために永遠に戦争する」というサイクルから逃れられないのではないかとさえ思います。

もし77年の時を超えて再度核兵器が使われるようなことがあれば、世界は破滅的な結果を招くことになります。

そのためには一刻も早くロシアによるウクライナ侵攻をストップし、多重的にできた信頼の綻びを繕い、ロシアを含めた国際社会を取り戻さなくてはなりませんが、残念ながらなかなかその糸口が見つかりません。

これまでのキャリアにおいて経験したことがないスケールで、調停プロセスとシナリオが練られていますが、いつ実施に移すことが出来、複雑に絡み合った糸をほぐす手伝いができるかは分かりません。

もうすぐロシアによるウクライナ侵攻から8か月の時が経とうとしていますが、私たちは今、どこに向かおうとしているのでしょうか?

いろいろな情報や分析内容に触れる中、不安ばかりが募ります。

以上、国際情勢の裏側でした。

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image by: kovop58 / Shutterstock.com

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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