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天安門事件の再来か。中国で上がる反体制の声と江沢民の“亡霊”

11月30日に逝去した、中国の江沢民元国家主席。日本に対して厳しい批判を繰り返してきたことで知られますが、江氏の死は今後の習近平政権にどのような影響を及ぼすのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、習近平氏と江沢民氏のこれまでの関係性を解説するとともに、この先習氏を止めることができるOBが誰ひとりいなくなったという事実を紹介。さらに中国による台湾軍事侵攻の可能性について、自身の見立てを述べています。

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中国共産党の支配と統治は継続するか?江沢民元国家主席の死去

「江沢民元国家主席が96歳で死去した」

このニュースは11月30日に発表されました。これは3期目を実質的にスタートさせた習近平国家主席にとって、そして今後の中国共産党にとってどのような意味を持つのでしょうか?

習近平国家主席にとって、江沢民氏がいなくなったことはどのような意味を持つでしょうか?

「目の上のたんこぶが一つ消えた」という見方と、「自らの後ろ盾が一人消えた」という見方が混在します。

実際には習近平氏が国家主席に就任後すぐに行ったのは、徹底した汚職捜査を通じて江沢民派を一掃することで、これにより江沢民氏の息がかかった軍の幹部や、習近平国家主席のライバルと目される共産党の重鎮が次々と検挙され、粛正されました。これで江沢民氏は影響力を失うのではないかと思われましたが、実際にはその後も元国家主席という立場上、権威と尊厳は守られました。

子飼いの粛正に対して公にコメントしない代わりに、自身には火の粉が及ばないことを条件に出し、実際に習近平体制を支持するという“歪んだ支持”を与えていたのではないかと言われています。

習近平国家主席自身も、聞くところによれば、江沢民氏に敬意を表しており、自身が推し進める様々な政策は、江沢民氏が推し進めた方針(例:人民解放軍の近代化、経済発展重視の方針など)を踏襲したものである、との評価をしているとのことです。

ただ江沢民氏の死去を受け、OBの中にももう習近平国家主席を止められる人はいないという現実も明らかになりました。

では、江沢民氏から国家主席のバトンを引き継いだ胡錦濤前国家主席はどうでしょうか?

胡錦濤国家主席が抱いていた江沢民氏に対する感情は非常に複雑なものだったと推察できます。

首尾よく後継者の座に座ったものの、江沢民氏は胡錦濤派への警戒を怠らず、国家主席退任後も2年間、人民解放軍のトップの座を胡錦濤氏に譲らず、胡錦濤体制のスタートを困難なものにしたと言われており、それをずっと胡錦濤氏は恨み続けていたと多方面から聞きました。

ゆえに第2期目に入った際には、胡錦濤カラーを前面に打ち出し、強い中国の地位の確立という基本路線は維持しつつ、外交的には、見た目の柔らかさとは裏腹に、強国中国の主張は一切曲げずに押し通す姿勢を堅持しました。これは現在の習近平体制にも引き継がれていると言えます。

胡錦濤氏と言えば、今年の中国共産党大会閉会式において途中退席するという事態がありましたが、この理由・背景については、習近平国家主席も当の胡錦濤氏も一切語らないため、様々な憶測が飛んでいます。

「習近平派との権力争いに負けたことを印象付けたかったのではないか」という内容については、退席を促される前に胡錦濤氏が幹部人事を確認しようとしたのを栗氏が止めたという画像が流れたのをベースにそのような見解が報じられましたが、これはどうだったのでしょうか?

別の見解では、胡錦濤氏がアルツハイマー病とパーキンソン病を患っており、非常に体調が悪く、退席を余儀なくされたという内容が語られています。これについては、胡錦濤氏のメディカルチームが全面的に否定しています(プーチン大統領が死の病に…という情報に類するものでしょうか?)。

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しかし体調不良というのは間違いではなかったらしく、どうも持病であった心臓疾患の発作が起きたらしく、異変に気付いた習近平国家主席などがスタッフを呼んで退席を促したというのが、多方面からの情報を分析した結果、出てきた“結論”だと思われます。

ここには習近平国家主席の胡錦濤氏に対する思いやりと配慮(元国家主席のひどい情報を晒すのは、胡錦濤氏の尊厳にかかわる)があったとされますが、同時に自らの3期目を確実にした共産党大会の終盤でのいらぬ混乱は避けたいという思惑があったと言われています。

習近平国家主席は3期目に入り、このままだと死ぬまで国家主席の座にこだわるのではないかという憶測もありますが、実際にはいずれは“嫌っているとされる”胡春華氏(元副首相)のラインに受け継いでいくのではないかという見解も強くあります(これについては、私には分かりません)。

もしそうであれば、誰かが胡錦濤派(共青団)と習近平派の確執を演出し、中国共産党内での内乱をイメージづけようとしたのではないかという説も、ちょっと納得のいくシナリオに思えます。

実際に何があったのかは当人にしか分からないと思いますが、習近平氏は確実に第3期目という異例の支配体制を獲得し、共産党大会が無事に終わったことを受けて、しばらく見合わせていた外交も再度活発化させました。その中ではっきりしたのが、【台湾に対する強硬姿勢は堅持し、さらに明確化したこと】でしょう。

発言の中で【台湾の併合】について明言し、軍事的な侵攻の可能性もimplyしますが、実際には軍事的な併合はほぼ不可能であることも理解していると言われています。

もちろん軍事侵攻による台湾併合の可能性は排除できませんが、まだ国内的にフルサポートを得られている状況ではないことと、台湾に侵攻したとしても、コントロールを維持することは極めて困難であるとの分析もしっかりと認識しているようです。

1つは兵站・ロジスティックスの困難さです。仮に軍事的に台湾に侵攻しても、本土からの後方支援なしに台湾の統治・コントロールを継続することは出来ず、現時点ではまだその能力はないとの判断があるようです。

とはいえ、最近、本土と台湾との間に橋を建設するとの発表がありましたが、これは完成した暁には、兵站・ロジスティックス問題を解決・軽減する効果は見込めるものの、橋の開通が先か、習近平体制の終わりが先かは見通せない中、軍事侵攻はcredibleな策とは思えません。

2つ目は米軍など台湾の後ろ盾を自認している国々の介入の有無と対応のスピード次第だと言えます。

中国本土に米国などから攻撃が加えられることは、現行のロシアによるウクライナ侵攻のケースと同じく、非常に考えづらい状況ですが、台湾海峡を舞台にした介入は大いにあり得ると言えます。

その場合、自国の勢力エリア・反応エリア内での受け身の戦いであれば、十分に対応可能であるという分析結果が出されています。言い換えると防衛戦の場合、大きな対応能力を発揮すると言えます。

これまで中国包囲網としてクアッドやAUKUSが構成されていますが、どの程度スピーディーに連携を図り、united forcesとして対応できるかは未知数との考えです。

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いろいろと書いていますが、個人的には、中国による台湾侵攻の可能性はかなり低いと見ています。

以前、アメリカ海軍の司令官の見立てとして6年以内に侵攻するとの証言が上院で行われ、日本でも大きく取り上げられましたが、統合参謀本部議長のミリー氏によると「中国人民解放軍にはそれだけの能力がまだなく、かつその用意もない」という状況であり「実戦経験を有しない人民解放軍は、自ら攻めて出ることは考えていない」と発言しています。これには私も同意見です。

しかし、中国は確実に台湾を獲得しに来ます。ただし、非軍事的な方法を通じてです。

以前、お話ししましたが、中国の軍事戦略の特徴として噂やデマ、情報操作、相手国の政治的リーダーシップへの働きかけなど多岐にわたるSoft warを実施し、影響力を握るという戦術があります。

折しも台湾では、これまで人気を博し、中国とも真っ向から対立することを厭わない蔡英文氏が総統として政権を担ってきましたが、今回の選挙では彼女がリーダーである与党・民進党は大敗を喫し、蔡英文氏も党首を辞任するという事態に陥りました。代わりに親中派とされる国民党が勢いを得て、台北市長には40代にして蒋介石の曾孫が当選するなど、大きなうねりが起きています。

もしこれが北京が行った情報戦略の成果だとしたら、国民党が勢いを取り戻す中、親中派の国民党政権の樹立をバックアップし、平和裏に「一国二制度」を台湾に飲ませることで実質的に併合を図っていくという戦略がはまることになります。

ただ台湾国民からは、近年、香港で起きている事態をベースに大きな警戒心が寄せられているのも事実ですが、一滴の血も流さずに“平和裏に”台湾併合という核心的利益を実現するという、習近平国家主席の宿願が叶えられるレールが敷かれることになります。

唯一のハードルは、現在、中国国内各地で行われているゼロコロナ政策へのデモ、特に上海市を舞台にした反体制・反共産党・反習近平のデモが大きなうねりにならないようにすることでしょう。

メディアには【天安門事件以来の民主化の波】という報道が見られますが、実際には中国国内の雰囲気は違い、基本的にはゼロコロナ政策への不満に当局がきちんと対応できれば収まる事態という見方が強くあります。

しかし、上海市のデモについては要注意で、もし同様の意見が全国、特に北京に飛び火するようなことがあれば大変な事態が中国に待っているかもしれません。

もしかしたら、自ら民主化の波を押さえ込んだ上海出身の江沢民氏の亡霊が何かしらやらかすかもしれませんが…。

しばらく中国情勢からは目が離せません。

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image by: Shag 7799 / Shutterstock.com

島田久仁彦(国際交渉人)この著者の記事一覧

世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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