特別な努力をしなくても「簡単に稼げる」。そんなはずはないと思っていても、Web上の新しいメディアなら可能なのかも…と夢を見てしまうことはないでしょうか。それほど、「簡単に稼げる」の言葉はよく目にし、かつ魅力的です。そして、本当に「簡単に稼げた」人もいるので話はやっかいです。今回のメルマガ『Weekly R-style Magazine ~読む・書く・考えるの探求~』では、Evernote活用術等の著書を多く持つ文筆家の倉下忠憲さんが、新たなメディアで「先行者利益」を得た人の言葉が本当かウソか、見極めるためのヒントを示しています。
この記事の著者・倉下忠憲さんのメルマガ
Webで稼ぐには。利益の難しさ
新しいメディアが出てくると、必ずと言っていいほど「あなたもこれで稼げます」というコンテンツが出てきます。ぬるぽ、ガッ、くらいにお決まりのセットです(わからなければ検索してください)。
そうしたコンテンツは次のように誘います。「特別な才能などなくても、厳しいトレーニングなんかしなくても、今日から稼ぎ始められる!」
実に素晴らしい響きです。自分を力づけてくれるような、そんなパワーすら感じられます。でも、ちょっと考えてみると不思議な自問が湧き上がってきます。なぜそれで稼げるのだろうか、と。
■利益の難しさ
コンビニで働いていた時代を思い返しても、「利益」を作るのはすごく大変でした。100円のおにぎりを売ったからといって、100円の利益が出るわけではありません。まず仕入れにかかったお金が差し引かれますし、光熱費や人件費といった経費もかかります。売れ残ってしまった商品があれば、その仕入れにかかったお金は利益から相殺しなくてはなりません。100円の利益を作るためには、かなりの売り上げを立てる必要があるのです。
しかも、その「100円のおにぎりを売る」ことがそもそも簡単ではありません。値段を気にするお客さんもいれば、品質を気にするお客さんもいます。ブランドが気にくわなければ、他のお店にだっていくでしょう。商品をつくって棚においておけば、それで商品が売れるわけではありません。お客さんに価値を認めてもらい、お金を払ってもらってようやく「売り上げ」が立つのです。
商売がこんなに大変なことを考えると、特別な才能もなく、技能も鍛えていない人が「稼げる」のだとしたら、何か大きな歪みがあるとしか思えません。その歪みとは一体なんなのでしょうか。
■先行者利益
まず先行者利益が考えられます。競合相手がいない状況であれば、商売がしやすい、という話です。値段が高く、質があまりよくないおにぎりであっても、その地域で一店舗しかないコンビニであればきっと売り上げが作れるでしょう。それと同じように、競合相手がいなければ特別な才能や鍛えられた技能がなくても稼げることはありえます。
実際新しいメディアが登場したばかりの頃は、誰しもが様子見で、参加者が少なく、競合相手は少ないといえます。そうした状況をブルーオーシャンと呼んだりもします。
しかしながら、そうした状況は時間と共に変化します。メディアが普及していくほどに参加者が増え、競合相手も増えてきます。簡単に優位を得られなくなってくるのです。そうした状況をレッドオーシャンと呼んだりもします。
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新しいメディアは当初はブルーオーシャンだったのに、時間が経つとレッドオーシャン化してくる。この流れを加速するのが、先ほどのメッセージです。つまり、「特別な才能などなくても、厳しいトレーニングなんかしなくても、今日から稼ぎ始められる!」です。
明らかにこのメッセージは参加者を増やす方向に機能するでしょう。それも、全方位にわたって(≒参加者を限定しない)呼びかける形になっています。
*ただしこのメッセージに応える人たちには偏りがあります。それについては後述します。
よって、このメッセージは「予言の自己成就」と逆の働きをしてしまいます。「予言の自己成就」とは、何かしらの予言がなされてしまうと、それに引っ張られる形で予言が実現してしまう、という現象のことですが、「誰でも簡単に稼げます」的メッセージは、それが広く伝わることでむしろ簡単には稼げない状況を引き起こしてしまうのです。
この点を持って、メッセージ発信者の欺瞞だと断罪するのは難しいでしょう。なぜなら、新しいメディアの黎明期からの参加者にとっては、まさにその場所はブルーオーシャンだったからです。「自分の体験」を率直に語れば、それは「誰でも簡単に稼げます」メッセージになってしまうのかもしれません。それはイノセントではあっても、evilとは言えないでしょう。
ただし、状況の変化を認識してなお、同様のメッセージを意図的に──つまり、そういう発信のほうが受けるから/PVが稼げるから/売れるから──発信しているなら、それは欺瞞であり、evilです。
特に状況がレッドオーシャンになってなお、そうした発信を行っているとしたら、evilの疑いは濃厚になってきます。そういう人には近づかない方がよいでしょう──(メルマガ『Weekly R-style Magazine ~読む・書く・考えるの探求~』2022年11月21日号より一部抜粋)
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