昨年12月、「原子力への依存度を低減する」としていた政策を大きく転換させた岸田政権。なぜ首相は突如「原発回帰」に舵を切ったのでしょうか。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では著者で元全国紙社会部記者の新 恭さんが、その裏事情を推測。首相を「その気」にさせた人物と水面下で暗躍した大物政治家2名の実名を白日の下に晒しています。
この記事の著者・新恭さんのメルマガ
既得権の巣窟「原子力ムラ」を存続させるだけの原発政策大転換
岸田首相はなんという愚かな選択をしたのだろう。あわや国を滅ぼしそうになった福島第一原発事故の体験を後世に生かすどころか、老朽原発の運転期間を延長し、次世代革新炉と称する原発を新設しようというのである。
またぞろ新たな“神話”を作り出し、未来に向けてのエネルギー開発を阻害している最大の既得権サークル「原子力ムラ」を存続させるつもりのようだ。
電力会社、原子炉メーカー、ゼネコン、それらをめぐるあまたの取引企業が旧来の儲かる仕組みにしがみつく。国民からの電気料金を源泉とする豊富な資金は、広告料、研究開発費、政治資金としてマスコミ、学者、政治家に流れ、世論を誘導する。その結果、多くの国民が原発なしには電気が不足すると信じ込まされる。崩れかかっていたその岩盤を、カーボンニュートラルの大義名分のもと、再び強化しようとしているのだ。
岸田首相を議長とする「GX(グリーントランスフォーメーション)実行委員会」は、化石燃料中心の経済、社会構造をクリーンエネルギーに移行させるのが目的だが、このほどまとめた基本方針案のうち、「原子力の活用」は、欺瞞に満ちた内容となった。
将来にわたって持続的に原子力を活用するため、新たな安全メカニズムを組み込んだ次世代革新炉の開発・建設に取り組む。
「次世代原発」とは何か。既存原発の次の世代というと、国際的な理解では、使用済核燃料を排出しない「第四世代原発」になる。しかし、「第四世代原発」はまだ研究段階であり、21世紀中の実用化は困難とされている。そうではなくて使用済核燃料を出す既存原発の発展型を指すのであれば、どんなに改良が進もうと、処分場が見つからない問題に立ち至る。現在、使用済み核燃料は各原子力発電所のプールに貯まり続けているが、どう解決するつもりなのか。
現行制度と同様に、運転期間は40年、延長を認める期間は20年との制限を設けた上で、一定の停止期間に限り、追加的な延長を認めることとする。
原発の運転期間は現行で原則40年、最長60年までとされているが、停止期間分をさらに延長できるとしたのだ。たとえば、再稼働に必要な審査などで10年の停止期間があれば、70年間も稼働できることになる。既存の原子力発電所を老朽化もかえりみず延々と稼働させるための詭弁を編み出したわけである。
GX実行委員会の基本方針案は、12月16日の「総合資源エネルギー調査会基本政策分科会」に資源エネルギー庁が提出した「とりまとめ案」と同じ内容である。
事務局である経産省があらかじめつくった案を、まずこの分科会で審議、分科会長一任の形で“とりまとめ”をし、それをたたき台としてGX実行委員会が非公開の議論で方針案を決定した。
別々の会議とはいえ、どちらも原発推進派の御用学者たちが多数を占める構成である。事実上、意見の言いっぱなしで事務局案を追認する仕組みなのだから、結論は最初から決まっているのも同然だ。
経産省がYouTubeに公開している分科会の動画を見ると、20人の委員のうち、原発の活用にやや慎重な意見を述べたのは2人ほどで、とりまとめを分科会長に一任することに異を唱えた人は誰もいなかった。
この記事の著者・新恭さんのメルマガ
一昨年10月に閣議決定した「エネルギー基本計画」では原発を「重要なベースロード電源」としながらも、「可能な限り依存度を低減する」としていた。
これを反故にする理由として、岸田首相は、ロシアのウクライナ侵攻にともなうエネルギー価格の高騰や電力需給の逼迫をあげていたが、実のところは、経産省と財界の描いてきた“原発死守シナリオ”に従っているだけである。
とはいえ、この動きを岸田首相が終始、主導してきたとは言い難い。端的に言うなら、岸田首相の政務秘書官をつとめる嶋田隆氏(元経産事務次官)が、岸田首相をその気にさせた首謀者のようなのだ。
嶋田氏は、原発事故後に東京電力取締役に出向した経歴を持つ折り紙つきの原発推進派だ。原発回帰は安倍元首相ですら実現できなかったことから、「岸田政権のレガシーになる」とたきつけ、古巣の経産省と連携して、段取りを整えたとみられる。
来年の通常国会に関連法の改正案が提出されることになっており、成立すれば、民主党政権が描いた「原発ゼロ」への道筋は完全に断たれる、
これにほくそ笑んでいるのは電力会社や原発関連の企業、独立行政法人、そこに天下りルートを持つ経産省など「原子力ムラ」の住人ばかりであろう。
もともと、総合資源エネルギー調査会基本政策分科会は、原発依存のエネルギー計画を見直すため民主党政権下で編成された有識者会議だ。福島第一原発の事故後、民主党政権は11都市で討論型の意見聴取会を開き、民意をくみ取ったうえで、「2030年代に原発ゼロ」という目標を掲げた。
原発を無くするという政策をどうしても受け入れられない電力会社、経団連は、自民党政権の復活を渇望し、事実その通りになると、自民党への献金を大幅に増やした。
第二次安倍政権下で2013年3月、分科会の性格を大きく変える出来事があった。
当時の茂木敏充経産大臣がこの分科会のメンバーを25人から15人に減らしたのだ。減らした10人のうち7人が、脱原発か、それに近い考えの持ち主だったため、原発推進派が圧倒的多数を占めることになった。安倍政権は、2013年12月のエネルギー基本計画によって、民主党政権が決めた「原発ゼロ」方針を撤回した。
そこから少しずつ原発復活への歩みを進めてきたのだが、岸田政権が一気に大転換へ舵を切ったといえる。
よく知られている通り、電力会社が原発稼働に躍起になるのは「総括原価方式」というシステムがあるからだ。必要経費に利潤を足して電気料金をはじき出す。
利潤の額は、会社の資産額を「レートベース」とし、それに一定の報酬率をかけて決める。原発の建設費が膨大なのは周知のとおりで、それだけ資産額を押し上げる。加えて使用済みを含む備蓄核燃料なども資産として利潤算定のベースとなる。資産が大きいほど利潤が増えるわけだ。
ところが、原発を廃炉にすることが決まると、たちまちそれは巨額の不良資産となり、廃炉にも膨大な費用がかかるため債務超過の恐れさえ出てくる。
この記事の著者・新恭さんのメルマガ
そんな事態にならないようにするため、数多くの政治家が水面下で動いてきた。岸田政権を支えている麻生太郎、甘利明氏はその筆頭格だ。
麻生氏と九州電力の仲は特別だ。麻生太郎氏の父、太賀吉氏は1951年に二つの電力会社が合併して九州電力になったさいの初代会長だ。その縁で、九州財界の大物、第9代九電会長、松尾新吾氏(現相談役)が麻生氏の政治活動を支援してきた。
甘利氏と電力会社の蜜月ぶりもよく知られている。2014年1月27日の朝日新聞は、甘利氏が電力会社を所管する経済産業相に就いた06年以降、各電力会社が世間に分からないよう分担して甘利氏のパーティー券を買い続けていた実態をあばいている。
麻生氏は岸田首相の後ろ盾であり、甘利氏は岸田氏が総裁選で勝利したさいの立役者である。この二人が岸田首相の意思決定にどれほど影響力があるかは、推して知るべしであろう。
考えてみれば、岸田、麻生、甘利氏ともに、世襲議員という既得権者であり、政治家の新陳代謝を阻害してきた張本人たちである。彼らが、経産省という天下り既得権者とつるんで原発復活への号砲を放ったのが今回の決定ということもできるだろう。原発だけではなく、あらゆる分野で既得権の岩盤が新規参入を阻み、国の未来に立ちはだかっている。
この記事の著者・新恭さんのメルマガ
image by: 首相官邸