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ルッキズムはいけないこと?生物学者ホンマでっか池田教授が考える「美醜」を決める基準とは

誰かを傷つけてしまう可能性がある言葉は口にしないのが無難とされ、現代人は人の外見に関する話をしにくくなりました。しかし、他の言葉で誤魔化していても、パートナー選びにおいて「容姿の美しさ」は大きな判断材料の一つと断言するのは、CX系「ホンマでっか!?TV」でもおなじみ、生物学者の池田清彦教授です。今回のメルマガ『池田清彦のやせ我慢日記』では、本来美醜の判断基準は人それぞれであるはずなのに、多くの人が左右対称な顔を美しいと思ってしまうように、ある程度基準ができあがってきた過程を探り、ルッキズムの根深さを伝えています。

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美醜を決める基準はあるのか

美醜(きれい、きたない)は何で決まるのかという問題は、プラトン以来の西洋哲学の大問題で、何らかの超越的・普遍的な根拠があるのか、それとも主観的にしか決定できないのか、をめぐって延々と不毛な論争が続いてきた。哲学者はそれが商売だから、不毛とは思わないだろうが、生物学者としては、解決不可能な問に頭を使うのは、時間の無駄だと思う他はない。

善悪や美醜に、超越的・普遍的な根拠があるというのは一神教に毒された西洋哲学の宿痾で、心を虚しくして考えれば、善悪や美醜を決める絶対的な審級がないことは自明である。そうなるといずれにしても、恣意的に決まると考えて差し支えないが、善悪の審級はここでは措くとして、少なくとも、人間の顔や体の美醜に関しては、人により多少好みの違いはあるにせよ、概ね判断が重なるのはなぜだろう。

個々人がそれぞれに恣意的に決めるとすれば、ある人が美しいと感じる顔を醜いと感じる人や、ある人が醜いと感じる顔を美しいと感じる人がいてもいいはずだ。

ある地域の20代の女性をなるべく沢山集めて、顔写真を撮り、すべてを合成して平均的な写真を作ると、その地域に住むほとんどの人は、この写真の人を美人だと評することが分かっている。個々人の顔に現れていた固有の形質、右目の方が少し大きいとか、上唇に黒子があるとか、顔が少し歪んでいるとかいった特徴が、すべて平均化されて、左右対称な顔が出来上がる。多くの人は左右対称な顔を美人だと評するのである。

これは、男性でも同じである。沢山の男性の写真を撮って平均化した顔は、誰が見ても、そこそこのイケメンに見える。シンメトリーが美しいという普遍的な審級があり、それに即して人の顔もシンメトリックな方が美しいというのは、恐らく倒錯なのだと思う。事実は、シンメトリックな顔が美しいという判断がまずあって、その判断を敷衍化して、人の顔以外の事象に拡張したのだと思う。

なぜ多くの人はシンメトリックな顔を美しいと感じるのか。人は、異性の顔形や体つきを見て、自身の配偶者に相応しいかどうか決める。そう断言すると、心の優しさとか、お金持ちかどうかとか、判断基準は他にもいろいろあるといった反論が来ることが予想される。

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現代では、ルッキズム(外見至上主義)は悪口の代名詞みたいになっていて、差別主義者と言われたくない人は、人の外見に言及するのをひたすら避ける傾向がある。しかし、こういう人でも、他の条件がほぼ同じだとして、美人とそうでない女性、あるいはイケメンとそうでない男性のどちらを性的なパートナーとして選ぶかを見れば、十中八・九は前者を選ぶだろう。

そしてその理由を問われれば、差別主義者ほど、美人だったから、あるいはイケメンだったから、とは答えずに、優しそうだったからとか、頼りがいがありそうだったからとか、答えるに違いない。

しかし、ルッキズムに無関心を装っている人でも、自分の顔や体の美醜にものすごく敏感なのは、美容に関する商売が一大産業になっていることからも明らかである。ルッキズムは人類に刷り込まれた相当に根深い志向に違いない。人類が100人程度のバンド(小集団)で狩猟採集生活をしていた頃、個々人に富の蓄積はなかったし、集団内の地位が安定的に定まっているわけでもなかった。その時人々は何を基準に性的なパートナーを選ぶのが賢いかと言えば、究極的には、生まれた子が健康で、どれだけ沢山子孫を残せるかどうかであろう。

もちろんどれだけ子孫を残せるかといったことは、結果的にしか分からないが、子孫をたくさん残せそうなパートナーを選ぶ性質が多少とも遺伝的なものであるならば、この性質は自然選択によって集団中に広まり、反対の性質は淘汰されていったに違いない。

個々人の富や地位がさして変わりがない時代に、最も簡単な判断基準は見てくれである。顔が左右対称である人は、そうでない人に比べて、健康である確率が高いので、これを選ぶ性質は選択され、多くの人が左右対称の顔の人に魅力を感じるようになる。魅力は美しいというコトバで表現され、顔のつくりに限らず、シンメトリーは美しいという話になったのかもしれない。

左右対称性がポジティブな性質だと感じるのは、人に関してばかりではなく、野生動物と身近に接する機会が多かったであろう狩猟採集民にとっては、当然の判断であったはずだ。怪我や病気などで左右非対称な個体より、左右対称な個体の方が力強く、狩るのも大変で逃げ足も速い。余りにも強くて手を出せない野生動物に畏敬の念を覚えたということはあり得る。ここから、シンメトリーは美しいという感性が芽生えたのかもしれない。

多くの人が、左右対称以上に美しさを感じるのは、きめ細かく、しみ・あばたがない肌であろう。こういった肌は、多くの現代人にとっては極めてポジティブに感じられる。本を正せば、持ち主の健康をある程度保証してくれるので、そこから、ツルツルで濁りやしみのない存在物を、好ましく、ひいては美しいと感じるようになったのかもしれない。壁に小さな虫が群れで止まっているのを見て、悲鳴を上げる人は多いが、昔、天然痘などの病気で発疹が出た肌を見て、おぞましいと思った遠い記憶が刷り込まれているのだと思う。(メルマガ『池田清彦のやせ我慢日記』2022年12月23日号より一部抜粋)

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image by: Shutterstock.com

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