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阪神・淡路大震災から28年。喪失感に苛まれる人に周りができること

関連死を含め6434人の命を奪った阪神・淡路大震災から28年、今年は3年ぶりにコロナ以前と変わらない追悼行事などが行なわれ、メディアも多くの被災者や遺族の声を聴き、癒えることのない震災の傷の深さを伝えていました。今回のメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』では、著者で健康社会学者の河合薫さんが、「心のケア」という言葉があまりに一般的になってしまい、傷ついた人たちに寄り添っていないと問題提起。大きな喪失感に苛まれた人たちに対して、一人ひとりができることがあると伝えています(この記事は音声でもお聞きいただけます)。

プロフィール河合薫かわい・かおる
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。

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阪神淡路大震災後に生まれた言葉「心のケア」が支援者の心を満たす言葉に成り下がった残念な理由

阪神・淡路大震災から28年が経ちました。あの時、あの瞬間、みなさんはどこで何をし、時間と共に明らかになる惨状をどのように受け入れたでしょうか。私はニュースステーションにデビューしたばかりで。「自分に出来ることは何か?」って悩んで悩んで……。結局「空のことしか言えない」と被災地の天気を細かに伝えたと記憶しています。

阪神・淡路大震災は、日本の災害対策の転換点となり、行政のみならず,国民一人ひとり、地域コミュニティ、ボランティア、企業、学校など様々な主体が支え合い、役に立ち合うことの重要性を多くの人たちが認識するきっかけになりました。高齢者や障害者を受け入れる「福祉避難所」の設置の重要性、「PTSD」「心のケア」といった、災害ストレスに関する新しい言葉が一般化したのもこの時です。

「心のケア」という言葉は、神戸大学医学部の精神科医らが中心になって、災害後の心的外傷後ストレス障害(PTSD)の研究が進んだことに由来しています。復興費として精神保健分野に予算がつき、「兵庫県こころのケアセンター」が設立されPTSDの専門的研究や治療の専門家の育成が行われました。

このセンターの名称にも使われた「心のケア」という言葉がメディアでも用いられ世間に広まった。その結果、「PTSDの予防や治療」という本来の意味が失われ、取り方次第でどうにでも受け止められる一般的な言葉になってしまった。その結果、何がおきたか?心を痛めている当時者ではなく、支援者の心を満たす言葉に成り下がってしまった。少なくとも私にはそう思えてなりません。

被災地に足を運ぶと「心のケアの押し売りはうんざり」という声を何度も聞きました。これはとてもとても、残念なこと。言葉だけが一人歩きすることはよくあることですがPTSDは極めてセンシティブな難しい問題だけに、悲しいとしかいいようがありません。

28年前、現場に通い続けた「現場の専門家たち」は本当に大変でした。悲しみは人によって違うし、回復のプロセスも人それぞれです。特に、子供を失った親たちの苦しみは想像を絶するものでした。自責の念に苦しみ、怒りが自分に向き、どうやってもそこから抜け出すことができない。そういった人々にひたすら寄り添いつづけたのが、こころのケアセンターのスタッフであり、支援者たちでした。

私が当時のスタッフの話を伺ったのは、震災から10年経った2005年です。その6年後に起きたのが東日本大震災。この時もことあるごとに「心のケア」という美しい言葉が飛び交いました。

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東日本大震災の最大の特徴は、死者・行方不明者が約2万人にも上ったという点と、被害が甚大なために、震災前の状況に戻れるという確信が持てない状況が、長い間続いてしまったこと。さらには、福島県の人たちが将来が全く見えない状況に置かれてしまったことでした。

一方で、阪神・淡路大震災も東日本大震災も、どちらも多くの人たちが1つの喪失感だけではなく、いくつもの喪失感に苛まれ、深い心の痛みを抱えながら生きていました。仕事も、家も、日常も失った方もいれば、仕事と大切な人を失った方もいました。

喪失感は、さまざまな困難の中でも、乗り越えるのが難しいストレスです。当たり前にあったもの、当たり前にいた人が、いなくなった“日常”の変化に対応するには、自分の価値観までをも変えなくてはなりません。

「自然災害って人的な災害とは違うんですよ。怒りの持って行き場がないのは本当につらい」──これはこころのケアセンターのスタッフの言葉です。それでも人は生きていかなきゃならない。だからこそ余計に、心が痛む。

しかし、どんなに深い痛みであっても、その穴があることを受け入れる強さを人間は持っています。阪神・淡路大震災の支援者たちが、東日本大震災の被災者たちが人間の強さを、生きるとは何か、を教えてくれたのです。

「グリーフ(grief)」という言葉があります。日本語では、痛みと訳されることもありますが、痛みよりもっと深い心のありようです。学術的にはグリーフという言葉のまま使われています。

グリーフカウンセラーとして知られる、米フッド大学のデイナ・ケーブル教授は、「私たちは長年グリーフに直面した方たちの手助けをしてきました。その中で、常に驚かされるのは、どんなにつらく、どんなに長いこと悲しみを感じている人でも、最後には誰もがその悲しみを乗り越え、強さを取り戻すことです」──と話します。

悲しくても、苦しくても、それでも生きていかなきゃいけない時、人は生きるし、それを可能にする強さを人は持っている。しかし、その強さは他者がいることで引き出される力です。

つまり、大切なのは寄り添い続けること。個人が抱えるグリーフを、その人が受け入れられるようになるまで、隣に立つことくらいしか私たちにはできない。必要な時には耳を傾け、不安な時にはただただ一緒に時間を過ごす。時間をかけて寄り添い続けることくらいしか、「私」たちにはできないのです。

それが心のケアになるかなんてわからない。それでも立つ。隣に立ち続ける。たった一人の隣でいいから、立ち続ける。どんな「立ち方」をするかは人それぞれです。大切なのは「私はあなたのことを忘れてないし、決して忘れない」という思いが届くことではないでしょうか。

阪神・淡路大震災から28年。「私」たち一人一人が、「私」にできることを考え、それぞれのカタチで「誰か」の隣に立ち続ける。そんな国になれば、自然災害で流された涙が、光に変わるのではないでしょうか。みなさんのご意見、お聞かせください。

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image by: Shutterstock.com

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米国育ち、ANA国際線CA、「ニュースステーション」初代気象予報士、その後一念発起し、東大大学院に進学し博士号を取得(健康社会学者 Ph.D)という異色のキャリアを重ねたから書ける“とっておきの情報”をアナタだけにお教えします。
「自信はあるが、外からはどう見られているのか?」「自分の価値を上げたい」「心も体もコントロールしたい」「自己分析したい」「ニューストッピクスに反応できるスキルが欲しい」「とにかくモテたい」という方の参考になればと考えています。

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