コロナの感染爆発を理由とした中国人への水際対策の強化に激しく反応し、日韓両国に対して報復に出た習近平政権。しかしその一方で、反撃能力が明記された岸田政権による安保3文書改定については極めて抑制的な姿勢を保っています。何がここまでの差を生じさせているのでしょうか。今回のメルマガ『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』では、著者で多くの中国関連書籍を執筆している拓殖大学教授の富坂聰さんが、北京のコンサルタントが語った中国政府が水際対策について激怒した訳を紹介するとともに、安保3文書改定に対して彼らがそれほど反発しない理由を考察しています。
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G7メンバー国を巡った「岸田外交」は、中国の目にどう映ったのか?
選挙に勝つために国益を犠牲にするという特徴は、民主主義の成熟した国にこそある弱点ではないだろうか。
そんなことを思わせたのが、中国と日韓の間で起きた感染対策での入国規制の応酬騒動である。
隔離政策を緩和した中国で感染爆発が起きたことを受け、日本と韓国は中国人をターゲットに水際対策を強化した。
そして、日韓の対応に不満を覚えた中国政府が10日、日本人と韓国人を対象に新規のビザ(査証)発給業務を停止したのだ。翌日には第三国へ向かう乗り継ぎの際の一時入国ビザ(査証)まで発給を一時停止すると発表した。
理由は、「(日本と韓国の)差別的な入国制限については断固反対し、同等の措置をとる」(汪文斌外交部副報道局長)ということだ。
といっても同じように水際対策を強化しているアメリカなどは対象外。日本政府は直ちにこれに抗議した。
こういう話になると、すぐに「どっちのダメージが大きいか」、「勝った」「負けた」と低次元の争いに陥るが、それは不毛な視点だ。
結論を急げば、中国はこのビザ停止を、本当はしたくなかったし、するつもりもなかったのである。
北京のコンサルタントが語る。
「実は、日本と韓国だけ、中国からの入国者に対して首からカードをぶら下げるように強制されたのです。韓国が黄色で、日本が赤です。汪文斌が言った『差別的な入国制限』というのはまさにこれのこと。アメリカに対して対抗措置を採っていないのは、これをやってないからです。
中国人はこういうやり方を蔑みととらえます。不名誉な過去を思い出せるからで、今回もカードの問題が国内に伝わり、大反発を招いたのです。政府も何らかの対抗策を取らざるを得なくなったというわけです」
思い出されるのは華為科技(ファーウェイ)の孟晩舟CFOがカナダで逮捕された事件である。あのときも彼女が足枷をはめられたというニュースが伝わったのをきっかけに急速に世論が沸騰した。
そうであれば中国側から矛を収めるのは難しい。
そもそも中国の言い分は、中国で感染爆発が起きたといっても、それは各国で起きていることと大差なく、流行中の変異株も新しいものではない、ということ。
現状では、むしろ警戒が必要な変異株は欧米で流行する「XBB」なのに、これには何の対処もせず、中国だけを狙い撃ちすることも「非科学的」だととらえたのだ。
しかもこの応酬はどちらの国の利益にもなっていない。日本にとっては経済をコロナ前まで回復させるのに不可欠なインバウンド需要を、自ら潰すような行為だ。
中国に嫌がらせすれば政治家の株は上がるが、その代償として目に見えない痛みが遅れてやってくる。日本をじわじわと苦しめることになるのは避けられないのだ。
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さて、その上で今回のG7メンバー国をめぐった岸田外交だが、そのハイライトがワシントンでの日米首脳会談であることは言うまでもない。
年末に閣議決定された「国家安全保障戦略」、「国家防衛戦略」、「防衛力整備計画」、いわゆる安保3文書改定を受けた流れだ。
安保3文書改訂は、日本が敵基地への反撃能力の保有を明記したという特徴を持ち、中国を強く意識した日米同盟の強化だ。
日米同盟の「現代化」とも呼ばれるこの動きで注目されるのは、日本がアメリカの「統合抑止」に加わる点だ。日本のメディアはそろって安保政策の歴史的転換だと興奮気味に伝えた。
そうした報道のボルテージに比べると、中国政府の反発はいまのところ不思議なほど抑制的だ。
かつて憲法改正の「け」の字でも口にしようものなら猛烈な剣幕で批判し、国内でデモも起きていた。
それなのにいまや形式的にも実態でも「専守防衛を葬り去った」と中国側がとらえる動きが続いているにもかかわらず、この程度の反応で済んでいるのは奇跡という他ない。
いったいなぜなのだろうか。
考えられる理由はいろいろあるが、なかでも大きいのは、中国から見た安全保障の環境はそれほど大きく変わっていない点だ。
そもそも中国は、朝鮮戦争とベトナム戦争を戦った相手として、アメリカへの警戒を怠ったことはない。台湾を統一するためにも、アメリカは越えなければならない高い壁である。
つまり、アメリカという巨大な潜在「敵」と対峙するなかで、日本という変数はそれほど大きくないということだ。さらに、アメリカが中国との間に緊張を高めようとすれば、日本がそこに組み込まれないという予測は、そもそも成り立たないのであり、その意味ではむしろより分かりやすい形になったと言えるかもしれないのだ──(『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』2023年1月22日号より一部抜粋、続きはご登録の上お楽しみください。初月無料です)
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