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荒井首相秘書官「見るのも嫌だ」オフレコLGBTQ差別発言は、岸田首相の代弁か?

2月3日のオフレコ取材での性的少数者や同性婚を巡る極めて差別的な発言が問題視され、翌日更迭が発表された荒井勝喜首相秘書官。なぜ荒井氏は首相秘書官という要職にありながら、そのような言葉を口にするに至ったのでしょうか。今回、その理由を自らの記者体験を交えつつ考察するのは、毎日新聞で政治部副部長などを務めた経験を持つジャーナリストの尾中 香尚里さん。尾中さんは「オフレコ取材」の持つ意味を紹介しつつ、荒井秘書官が差別発言を行った意図を推測するとともに、岸田首相が置かれた立場を解説しています。

プロフィール:尾中 香尚里(おなか・かおり)
ジャーナリスト。1965年、福岡県生まれ。1988年毎日新聞に入社し、政治部で主に野党や国会を中心に取材。政治部副部長、川崎支局長、オピニオングループ編集委員などを経て、2019年9月に退社。新著「安倍晋三と菅直人 非常事態のリーダーシップ」(集英社新書)、共著に「枝野幸男の真価」(毎日新聞出版)。

荒井首相秘書官「LGBTQ差別発言」は、岸田首相の認識そのものか

性的少数者(LGBTQなど)や同性婚に関し「見るのも嫌だ」などと差別発言を行った荒井勝喜首相秘書官(経済産業省出身)を、岸田文雄首相は早々に更迭した。荒井氏の発言が3日夜、更迭方針の発表が4日朝。これまで問題閣僚の進退問題でぐずぐずした対応を取ってきた岸田首相としては、異例の早さと言っていい。

危機感の表れだろう。発言が政権全体に打撃となるのを食い止めたいという、強い意思が感じられる。だが、ちょっと待ってほしい。そもそも荒井氏の発言は、岸田首相自身の国会答弁がなければ発生することもなかった、という事実を忘れていないだろうか。荒井氏が職を追われることになったLGBTQや同性婚への認識は、そのまま岸田首相のものである可能性はないのか。

荒井氏の発言を「言語道断」と断じて「トカゲのしっぽ切り」をする前に、岸田首相はまず、性的少数者や同性婚に対する自身の認識について、自らに問い返す必要がある。

本題に入る前に、この問題が表面化するきっかけとなった「オフレコ取材」について、少しだけ記しておきたい。

オフレコ取材について「内容を一切外に漏らすべきではないもの」という認識が一部にあるようだが、それは全く違う。一般的な政治取材における「オフレコ」とは「発言者の実名を表に出さない」こと。取材を受ける政治家や官僚は「実名は出さないでほしいが、話したことは国民に広く知られてほしい」と思っていることの方が、むしろ多いと考える。

新聞の政治記事の多くで「政府筋は」「自民党幹部は」などと、発言者の主語をぼかして書かれているもの、あれはすべてオフレコ取材のたまものだ。例えば「自民党幹部は『○○○』と述べ、首相を批判した」という記事があったとする。取材を受けた自民党幹部は「オレの名は出さずに、首相批判の声が党内に広がっていることを伝えてほしい」という狙いを持って話しているわけだ。

複数の記者が取材対象を「囲み取材」した場合などは、特にそうだ。「発言者の実名を出さない」暗黙のルールがあることを除けば、発言が表に出ることが前提の、事実上の記者会見状態と言っていい(だから今回の発言も、報道されることは当然あり得たし、報道されれば匿名であっても、必ず野党や識者らから発言者の特定を求められただろう。荒井氏の発言であることは、早晩明らかになる運命だったのだ)。

昔からのこうした取材慣行について、現在多くの批判があることは承知しているし、全国紙の政治記者だった筆者自身も、批判を免れない点はある。だが、今回はとりあえずその点は脇に置きたい。ここで言いたいのは、荒井氏の発言は「表に出ることが前提」、いやむしろ「表に出してほしい」との意図で語られたものだ、ということである。

首相が選択的夫婦別姓や同性婚について語った内容

そもそも、荒井氏がこんな発言をするきっかけを作ったのは、岸田首相自身である。

1日の衆院予算委員会。立憲民主党の西村智奈美代表代行が、選択的夫婦別姓や同性婚制度の導入を岸田首相に求めたのに対し、岸田首相は「制度を改正するということになると、すべての国民にとっても家族観や価値観、そして社会が変わってしまう」と述べ、導入に否定的な考えを示した。

岸田首相は就任当初から選択的夫婦別姓や同性婚に否定的だったが、「社会が変わってしまう」という発言は、単なる「否定的」だけでは片付けられない強い印象を与えた。制度導入を望む多くの関係者に強い衝撃を与えた。「差別の肯定だ」「日本社会を30年逆行させる」。首相の発言には識者から強い批判の声が上がった。

首相の発言の真意は。同性婚に対する認識は。それを確認するため、記者団は荒井氏を囲んだ。荒井氏は秘書官として、首相発言の真意について「広報」する役目があった。

荒井氏の発言はこうした状況のなかで行われた、という点を忘れるわけにはいけない。

共同通信が公表したやり取りによれば、実際、記者団の質問の1問目は、まさに「社会が変わっていく」発言についてだった。これに対し荒井氏は「社会のあり方が変わる。でも反対している人は結構いる。秘書官室は全員反対で、私の身の回りも反対だ」と述べた。首相が言及した同性婚への否定的な認識は、世間一般の認識を説明したのではなく、自身を含む官邸自身の認識であることをにおわせたのだ。

首相秘書官が語る「私の身の回り」に、岸田首相自身は入るのか、いないのか。

この後記者団は「世論調査では若手の方が賛成を示す数は増えている」「(同性婚導入への)悪影響は思いつかないが」と、どちらかと言えば荒井氏の認識をやんわりとたしなめるような質問を続けたが、逆に荒井氏の発言は、さらに強さを増した。「それは何も影響が分かっていないからではないか」「国を捨てる人、この国にはいたくないと言って反対する人は結構いる」。そしてあの「隣に住んでいたら嫌だ。見るのも嫌だ」へとつながった。

繰り返すが、これらの発言は「岸田首相の発言」の真意について、解説を求められたなかで行われたものだ。荒井氏は国会答弁の原稿をつくる役割もあったと報じられている。発言者が自身であることは表に出さないでほしい。だが「首相の発言の意図はこうだ」ということは、例えば「政府筋はこう語った」という形で広く伝えてほしい。そういう意図のもとに発せられた言葉なのだ。少なくともそう受け止められても仕方がない。

岸田首相は荒井氏を切り捨てて、自らは何事もなかったかのように振る舞いたいのかもしれないが、そういうわけにはいかない。荒井氏が官邸を去った今、岸田首相はこの問題に、自らがむき出しの形で対峙しなければならなくなった。

岸田首相は荒井氏の発言について「多様性を尊重し、包括的な社会を実現していく内閣の考え方には全くそぐわない。言語道断だ」と強調したが、もはや誰もそれを信じない。それどころか、今や首相自身の中に、荒井氏と同様な認識があるのではないか、という点が問われているのだ。

首相がそれを払拭したいなら、まさに「多様性を尊重し、包括的な社会を実現していく」という言葉にうそがないことを証明したいなら、まさに同性婚の法制化を即刻実現する、最低でも法制化に向けた短期のロードマップ(工程表)を示すべきだろう。

しかし、内閣支持率が低下し、自民党内の求心力も失いつつある岸田首相が、伝統的な家族観に凝り固まった議員が多く存在する党内を、本当に説得できるのか。そして、国政選挙で党所属議員に「『LGBT』問題、同性婚合法化に関しては慎重に扱う」ことへの賛同を明記した「推薦確認書」への署名を求めたとされる世界平和統一家庭連合(旧統一教会)との関係を、有権者の納得のいく形で整理できるのか。

岸田首相が今後どのような行動に出るのか、今国会の行方を見守りたい。

image by: 首相官邸

尾中香尚里

プロフィール:尾中 香尚里(おなか・かおり)
ジャーナリスト。1965年、福岡県生まれ。1988年毎日新聞に入社し、政治部で主に野党や国会を中心に取材。政治部副部長、川崎支局長、オピニオングループ編集委員などを経て、2019年9月に退社。新著「安倍晋三と菅直人 非常事態のリーダーシップ」(集英社新書)、共著に「枝野幸男の真価」(毎日新聞出版)。

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