給与計算を間違えてしまった場合、その後、給与から天引きすることはできるのでしょうか? 今回の無料メルマガ『「黒い会社を白くする!」ゼッピン労務管理』では、著者で特定社会保険労務士の小林一石さんが、給与計算の難しさを語りつつ、とある学校が訴えられた判決を引いてこの疑問に答えています。
過払いしてしまった給与を、その後の給与から天引きすることはできるのか
給与計算の大変なところは間違いが許されないことです。
みなさんの中にも給与計算を担当されている人がいると思いますが、毎月がその緊張の中で業務をされていることでしょう(私もそうです)。
ただ、現実には間違いが発生するポイントはびっくりするほどたくさんあります。例えば仮に基本給が変わらず、毎月残業も全くなかったとすると、給与計算は簡単そうに思えるかも知れません。
ところがそんな場合でも扶養家族が変われば税金は変わりますし、雇用保険や社会保険の料率が変われば保険料も変わりますし、引っ越しをすれば交通費が変わります。さらに扶養家族が変わったことや引っ越ししたことをあとから報告を受けた場合は不可抗力的に間違いが起こったりもします。
この不可抗力的な間違いは一概に給与担当者のせいとも言えませんがいずれにしてもその後の給与で調整する作業をしなくてはなりません。
では、もし給与を払いすぎていたらその後の給与でその分を天引きすることはできるのでしょうか。
実は労働基準法に「賃金全額払いの原則」というものがあります。これはざっくりお話しますと「給与は全額支払わなくてはならない」ということです。
天引きしてしまうと給与の全額が支払われないことになるのでこの法律に違反してしまうことになります。
では、もし給与計算を間違ってしまったらどうすれば良いのか?
それについて裁判があります。
ある学校で、先生たちが勤務評価に不満があるとして学校を欠勤しました。
そこで本来であれば学校は欠勤した分の給与と手当を減額するべきだったのですが、給与計算の業務が間に合わなかったためそのまま支給してしまったのです。
その後、学校はその分を返すようにその先生たちに話したのですが先生たちは拒否しました。
そこで給与から天引きしたところ先生たちが「納得がいかない!賃金全額払いの原則に違反している!」として学校を訴えたのです。
ではこの裁判はどうなったのか?
学校が勝ちました。
その理由は以下の通りです。
・給与計算業務においては賃金の支払日の近くで減額事由がおき、減額不能または計算未了となることはある
・また、給与計算において間違いにより賃金の過払いが生じることがあることは避けがたいことである
・それらが起きた際に、それらを調整するために、後に支払われるべき給与から控除できるとすることは合理的理由があると言える
・その場合の控除は、過払いのあった時期からあまり離れすぎない時期とし、あらかじめ労働者にそのことが予告され、その額が多額でない、などの場合でなければならない
いかがでしょうか?
実務的には過払いした給与を後の給与で精算することは決してない話ではありませんし、その際に拒否されることは通常はまず無いでしょう。
よって今回の判例はそれほど気にしなくても良い内容かも知れませんが「天引き」という広い意味では重要なポイントがあります。
天引きには大きく分けて以下の3パターンがあります。
1.「給与計算の過払い等の調整」
2.「自社商品の購入、まかない代等の天引き」
3.「遅刻等の罰金的な天引き」
まず1.については今回の裁判例の通りですが2.についても天引き自体は問題ありません(もちろん自社商品を強引に買わせていたり、その額が給与と比較して多額だった場合は問題になることはありますが、話がそれてしまいますので今回は省略します)。
ただし、この場合は「賃金控除に関する協定書」を作成する必要があります(労基署への提出は必要ありません)。
ここで問題になるのが最後の3.です。
これは実は結構ご相談をいただくところなのですが例えば「1分遅刻→1分分の給与を天引き」であれば問題ありません。
ただし、1回の遅刻に上記以上の一律の金額を天引きすることは、法律上認められていません。
「懲戒処分として平均賃金の一日分の半額を天引きできないか」というご相談もあったりはしますが1回の遅刻に対し、そこまでの懲戒処分ができるかというと法律的に認められるケースは非常に稀でしょう。
このように「天引き」といってもいろいろな種類がありますのでそれぞれにあわせて対策をとっていく必要があります。
みなさんの会社はいかがでしょうか。
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