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ホンマでっか池田教授が説く「コオロギ食」バッシングの背景とは

この春SNSでにわかに燃え上がった「コオロギ食」に対するバッシング。デマや誤解も多く、何が本当なのかわからないほどさまざまな意見が飛び交いましたが、否定的な意見が一気に噴出したのはなぜなのでしょうか。今回のメルマガ『池田清彦のやせ我慢日記』では、著者でCX系「ホンマでっか!?TV」でもおなじみ、生物学者の池田教授が、イナゴを筆頭にゲンゴロウ、ボクトウガの幼虫、蜂の子など、日本人にとって当たり前だった昆虫食が激減していった理由を解説。身近でなくなったことで生じた昆虫に対する感情の変化を指摘しています。

コオロギ食バッシングの背後にあるもの

最近コオロギ食がSNSなどで、バッシングされているが、コオロギは別に危険な食べ物ではないのに、なんでこんなにヒステリックにバッシングされているのだろう。国連食糧農業機関(FAO)が2013年に、全世界で人類は約2000種類の昆虫を食しており、未来の食料としての昆虫は有望であることを指摘して以来、昆虫食は人口に膾炙し始めた。

その当時から最近までは、昆虫食はどちらかというと好意的な目で見られていたと記憶する。FAOの報告書でも、昆虫類の多くはタンパク質及び良質の脂肪を多く含み、カルシウム、鉄分、亜鉛の量が豊富であると記されており、食品としての優秀さが指摘されている。それまでは、昆虫食はどちらかというとゲテモノに見られていて、一般の人が日常的に食べるものではなく、好事家の趣味のような扱いであった。

かつては、日本でも昆虫は普通に食べられていて、江戸時代の文献を見ると、イナゴ、ゲンゴロウ、ボクトウガの幼虫、蜂の子などがよく食べられていたようである。文明開化とともに、牛肉食がタブーでなくなり、食生活は大きく変化したが、地方ではまだ昆虫食は盛んで、特に長野県、山梨県、山形県、山口県、愛媛県などでは多種類の昆虫が食べられていた。

一番ポピュラーなのはイナゴで、農薬が普及するまでは、水田にごく普通に見られて大量に捕獲でき、味も悪くなかったからだと思われる。私より少し上の年代の人の中にはイナゴを食べた人も多いようで、佃煮が最も一般的な食べ方であった。太平洋戦争で、食料が逼迫した頃は、イナゴをはじめカイコの蛹などもよく食べられた。それまでは、カイコの蛹はあまり食べられなかったようであるが、戦争の末期になり、いよいよ食料が足りなくなると、カイコの蛹は一般的な食材になった。

太平洋戦争以前からよく食べられていたのはクロスズメバチの幼虫(蜂の子)で、長野県や山梨県ではスガレあるいはヘボなどと呼ばれ、捕まえた成虫に目印の綿をつけて追いかけて、地中の巣のありかを突き止めて、これを掘り起こして幼虫を採って食べることが盛んであった。これを「スガレ追い」と呼び、今でもそうやって蜂の子を食べているところがある。

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それ以外にも、伝統的な昆虫食として有名なのは、天竜川のザザムシで、トビケラやカワゲラの幼生、マゴタロウムシ(ヘビトンボの幼生)などで、かつては大変人気があって、採集するには地元の漁業組合が発行する鑑札(許可証)が必要であった。イナゴ、蜂の子、ザザムシはつい最近まで、缶詰にして市販されていたが、最近はあまり見ないので、製造を中止したのかもしれない。

カミキリムシの幼虫は美味として知られ、薪を割ったときに中から転がり落ちる白い幼虫は、上等なおやつとして珍重されたが、大量に取れないので、市場に出回るまでには至らなかったようだ。それに対してセミは果樹園などで大量に採集できるので、長野県の園芸試験場ではかつてセミの唐揚げの缶詰を作っていたことがあった。あまり売れなかったようで、今は作っていない。

しかし、西洋の食文化が浸透するに及び、いつしか昆虫食はマイナーになり食べる人が激減した。虫は気持ち悪いという人が増え、特に女性の中には食べるどころか見るのも嫌だという極端な虫嫌い(Insect phobia)の人が現れて、この感情は家庭の中で子供に伝播するので、多くの日本人にとって虫は気持ちが悪い生き物になった。

ずいぶん前に、東京ドイツ村という、東京でもドイツでもない千葉の片田舎のテーマパークで、草薙剛さんやトリンドル玲奈さんほか10人くらいのタレントと一緒に、園内の虫を捕まえて、その虫たちに私が点数をつけて(珍しい虫は高得点、普通種は低得点)、捕らえた虫の総得点を競うという、たわいないテレビ番組に出たことがあった。

クヌギの古木の洞にはゴキブリがいっぱいいるのだが、たった一人の出演者を除いて、誰もゴキブリを捕まえてこない。ただ一人山ほどゴキブリを手に持って私に見せに来たのは、トリンドル玲奈さんであった。ウイーン生まれの彼女は、小さいときにゴキブリを見たこともなく、ゴキブリに何の偏見もないので、怖くもなければ気持ちが悪くもないのである。

多くの日本人がゴキブリを嫌うのは文化的偏見だということがよくわかる。あまつさえ、かつて、巷間ではゴキブリはポリオのウイルスを伝播するといったまことしやかなうわさ話が流行っていたので(現在、この話は科学的に否定されている)、ゴキブリが蛇蝎のように嫌われるのも無理はない。

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多くの日本人が都会に住むようになって、昆虫を見なくなり、たまに見る蚊とゴキブリは(最近では水洗トイレが普及してハエも少なくなった)、ほとんどエイリアンのごとく、恐怖の対象になった。昆虫と聞くだけで、生理的に嫌悪する人が多数になったのである。そういう人たちが、コオロギ食と聞いて、生理的な嫌悪感情を抱いたとしても不思議はない。

そうであっても、昆虫食が別世界の出来事であれば、自分には無関係なので、こんなにヒステリックに騒がなかったかもしれないが、河野太郎がコオロギを食べているのを見て、日本政府がゴキブリ食を推進して、知らない間に粉末ゴキブリが自分の食べる食材に紛れ込むのじゃないかという、事情を知らない人の恐怖を煽って、SNS上のコオロギ食バッシングが加速したのだろう。

ひとたび火が付くと、コオロギ食に関するネガティヴな、ほとんどはデマの言説が拡大されて、燎原の火のごとく拡がっていき、エビデンスに基づいた科学的な説明をしても、理解できないのか、あるいは自分の感情に抵触するものは理屈抜きに拒否したいのか、目も当てられない惨状になった(一部抜粋)

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image by: Shutterstock.com

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