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“不人気”首脳だらけの広島サミット。ゼレンスキー電撃参加はマクロンが「黒幕」か?

岸田首相が記者団の取材に対して、「大きな成果を上げることができた」と自画自賛したG7広島サミット。ゼレンスキー大統領の出席で世界から注目され、閉幕後には政権支持率もアップするなど、首相サイドにとっては得るものが多いイベントとはなりましたが、世界はどのように評価しているのでしょうか。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では著者で元全国紙社会部記者の新 恭さんが、米有力紙に掲載されたホワイトハウス担当記者による記事を紹介。さらに「広島ビジョン」の内容を検証するとともに、招待者としての岸田首相に生じた「重い責任」について解説しています。

G7サミットは不人気首脳らの「孤独な心のクラブ」だったのか?

広島に集まったG7首脳たちの会議について、ニューヨークタイムズのホワイトハウス担当、ピーター・ベイカー記者は5月20日(米東部時間)の記事のなかで、「孤独な心のクラブ」と形容した。

彼らの自由社会はいま、深い政治的分断に直面している。ソーシャルメディアが普及したのはいいが、情報へのアクセスが容易になった分、人々が自分好みの情報を選択的に受け取ることによる偏向が進み、対立が広がった。

今のG7のリーダーはいずれも支持率があまり高くない点で共通している。ベイカー記者は「愛されていない指導者たちが互いの国内問題について同情し、いかにして天の恩寵を取り戻すかについてアイデアを交換できる」場所がサミットだというのである。

シニカルな見方ではあるが、一面の真実は突いている。自分たちの支持率を上げることに腐心している分断の時代の首脳たちが、互いの国内事情を忖度し、助け合おうとしている姿。サミットはそれぞれに人気を取り戻すチャンスとなる。ベイカー記者はこう書く。

世界の舞台で仲間たちと交流するために家を数日離れることは、打ちのめされた指導者にとって歓迎すべき安らぎとなり、歴史を形づくる政治家の役割を堂々と演じるチャンスになり得る。

たしかに、彼らは、独裁者プーチンと戦うウクライナのゼレンスキー大統領を招くことによって、歴史的なドラマをつくることに成功した。

ゼレンスキー大統領はサミット初日の19日にオンラインで参加することになっていた。日本政府は18日になって、当初予定の19日ではなく、21日のオンライン参加に変更されたと発表したが、実はこの時、すでに来日は決まっていた。

なぜなら、ゼレンスキー氏は旅の途上、もしくはその直前にあったと思われるからである。仏・フィガロ紙がその間の事情を伝えている。

5月18日にウクライナ大統領府から要請があり、「私たちはイエスと言った」とエリゼ宮(フランス共和国大統領官邸)は説明する。空軍のエアバスA330はポーランド国境へヴォロディミル・ゼレンスキー氏を迎えに行った。

フランスの政府専用機に乗り込んだゼレンスキー大統領は、サウジアラビアを訪れ、アラブ連盟の首脳会議に出席した後、日本へ向かった。

電撃的に見えるサミット出席も、急に湧いて出た話ではない。今年3月に岸田首相がウクライナを電撃訪問し、サミットへの参加を要請したさい、ゼレンスキー氏は対面参加したいという思いを漏らしていたという。

安全上の理由からいったんオンライン参加に決まったが、4月末になって、ウクライナ側から対面参加できないかとの打診があった。岸田首相は乗り気になり、実現のため外務省にハッパをかけた。外務省は米国などG7各国はもちろん、全ての招待国に根回しし、承諾を得た。

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共同声明で謳われた条件付きの「核兵器のない世界」

以上は日本政府高官の話だが、フランスの日刊紙「ル・フィガロ」の記事では、ゼレンスキー来日の仕掛人はマクロン仏大統領、というイメージでとらえられている。

マクロン氏はG7の首脳の中で、ゼレンスキー氏を最も古くから知っている指導者だ。

ゼレンスキー氏が先週パリを訪問した際、彼がG7サミットに対面出席する考えはすでに「話の中にあった」とマクロン氏の顧問は指摘する。

ゼレンスキー大統領は今月13日から15日にかけて、イタリア、ドイツ、フランス、イギリスを訪問し、各国首脳に直接、対ロ支援を要請した。そのおり、マクロン大統領との会話の中で、対面出席の話が出たという書き方である。

マクロン氏は賛成した。ロシアからの石油輸入が激増し対ロ制裁の抜け穴といわれるインドのモディ首相ら招待国の首脳に直接、協力を要請できるまたとない機会となるからだ。

広島の空港に降り立ったゼレンスキー大統領は、沿道で待ち構える市民やウクライナからの避難民たちに英雄のごとく迎えられた。

ロシアから核の威嚇を受け続けるウクライナの大統領が、被爆地ヒロシマで、岸田首相とともに平和を祈るシーンを日本政府は作、演出した。これを見た自民党の有力政治家は「満点の出来だ」と叫んだというが、事実、20、21の両日に毎日新聞と読売新聞が実施した世論調査で、岸田首相の支持率はいずれも9ポイント上昇した。

ゼレンスキー大統領にとっても、広島訪問で得た成果は大きい。悪の帝国に立ち向かうゼレンスキー人気にあやかろうと、各国の首脳たちから新たな軍事的支援の申し出を受けたからだ。

とりわけ、ゼレンスキー氏がまだ旅の途上にあるころに米政府が決定したF16戦闘機容認のニュースはウクライナの戦況を大きく変える可能性があるだけに、欧米メディアを大いに賑わした。

米国は、ウクライナがロシアへの反転攻勢のため必要だと求めているF16戦闘機について、ヨーロッパの同盟国がウクライナへの供与を決めた場合、容認するというのである。バイデン大統領は、紛争のエスカレートを懸念して逡巡していたが、サミット出席を前に決断を下した。

こうして開かれたG7広島サミットは、首脳たちによる原爆慰霊碑への参拝、資料館の見学という厳粛性を帯び、さらには戦時下にあるウクライナ大統領の参加も加わって、これまでのサミットにはない話題満載のイベントとなった。

日本のテレビ番組は概ね高く評価しコメンテーターからも興奮気味のコメントが目立った。SNS上では「岸田首相はノーベル賞もの」との賛辞まで飛び出した。

しかし、冷静な目で見ると、首脳たちの共同声明に目新しい内容は乏しい。核軍縮に関する「広島ビジョン」を出したことについて岸田首相は「核兵器のない世界の実現に向けたG7首脳の決意を力強く示す歴史的意義を有するもの」と胸を張るが、ほんとうにそうだろうか。冒頭の、以下の一文は何を意味するのか。

我々は、核軍縮に特に焦点を当てたこの初のG7首脳文書において、全ての者にとっての安全が損なわれない形での核兵器のない世界の実現に向けた我々のコミットメントを再確認する。

ここで謳われている「核兵器のない世界」には「全ての者にとっての安全が損なわれない形での」という条件がついているのだ。

我々の安全保障政策は、核兵器は、それが存在する限りにおいて、防衛目的のために役割を果たし、侵略を抑止し、並びに戦争及び威圧を防止すべきとの理解に基づいている。

核兵器が「防衛目的のために役割を果たす」とは、核抑止力のことをさすのであろう。核兵器の保有を前提とした考えだ。

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広島をウクライナへの武器供与の場にした岸田首相

以下の部分も、核不拡散を謳いながら、つまるところは、1967年の時点ですでに核兵器を保有していたアメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国の5カ国、いわゆる「核クラブ」の既得権を主張するこれまで通りの論理である。

核兵器不拡散条約(NPT)は、国際的な核不拡散体制の礎石であり、核軍縮及び原子力の平和的利用を追求するための基礎として堅持されなければならない。

もとより筆者はプーチン氏や習近平氏といった独裁者は大嫌いである。かといって、ゼレンスキー氏への支援ならすべて正義だというつもりもない。核兵器使用をちらつかせて威嚇するロシアを非難するのは当然だが、一方では、平和希求のシンボルでもあるヒロシマをウクライナへの武器供与の場にし、核廃絶を祈る被爆者の心を置き去りにしてしまった。その意味で、招待者としての岸田首相の責任は重い。

岸田首相は昨年6月、スペインでのNATO首脳会合に出席した。NATOもまたロシアや中国への対応を念頭に、連絡事務所を東京に開設する予定だ。そして岸田首相は今回、NATO加盟の国々とともにロシアに敵対する態度を鮮明にした。防衛費を大幅に増やし、敵基地攻撃能力のあるミサイルを導入することも決めている。

「平和主義を放棄し、自国を真の軍事大国にしたいと望んでいる」という米タイム誌の“岸田評”は決して大袈裟とはいえない。日本国民を取り巻くリスクはますます高まっている。

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image by: 首相官邸

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