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安倍シンパ発狂。岸田が「LGBT法案」で維新と国民案を丸のみした訳

6月13日に衆議院の本会議で可決され、今国会での成立が確実視される「LGBT理解増進法案」。十分な議論がなされたとは言い難いのが現状ですが、なぜ岸田首相は法案の成立を急ぐのでしょうか。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では著者で元全国紙社会部記者の新 恭さんが、そのウラ事情を解説。法案に乗り気ではなかった首相の方針を一変させた「内政干渉」の存在を明かしています。

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岸田政権の前のめり。賛成派も反対派も納得できないLGBT法案が衆院通過したウラ事情

「安倍さんがいたら、こんなことはさせなかった」。保守派界隈から怨嗟の声が聞こえる。

衆議院解散のタイミングをうかがう岸田首相は、他党の案を丸のみしてまで、与党のLGBT法案を修正させ、6月9日の衆議院内閣委員会と13日の本会議での可決にもちこんだ。今国会での成立は間違いなさそうだ。

「この法律ができたら、トランスジェンダー女性が女性用トイレや女湯に入るのを拒めなくなる」というのが、表向き、保守派が反対する主な理由だ。この意見に煽られて、不安を訴える女性が増えてきたのも確かだろう。

当初は、与党案で突き進むかまえだった。しかし、総選挙を意識し、女性の離反を恐れる岸田首相は修正へと方針を変えた。

日本維新の会と国民民主党が提出した法案は、与党案に比べると、いくらか「女性の安全」に配慮した内容だった。岸田首相の指示を受けた萩生田政調会長は、委員会採決前日の8日になって維新の馬場伸幸代表に「何とか協力してもらえないか」と修正協議をもちかけた。

馬場氏は「われわれの案が中心でなければ協力は一切できない」と条件をつけたうえで話に応じ、翌朝にかけて徹夜の修正作業を進めた。

「性的少数者への理解増進」という目的が掲げられた議員立法のこの法案。もともとは超党派の議員連盟が2021年にまとめたものだが、自民党保守派の中から「訴訟が多発する社会になりかねない」などと異論が続出し、法案提出が見送られた経緯がある。

だが、世界の趨勢からして、法案を棚晒しにしておくわけにはいかない。

EU加盟国の全てや、カナダ、アメリカ(一部の州)などの先進国では、LGBTの差別を禁止する法律が制定されている。G7のなかで、そのような法律がないのは日本だけだ。

このため、自民、公明両党は今年の5月18日に与党案として法案を提出した。超党派案の「差別は許されない」との文言を「不当な差別はあってはならない」と変更し、「性自認」を「性同一性」に置き換えたのが主な修正点だ。

立憲、共産、社民の三党はそのまま超党派議連の法案を、日本維新の会と国民民主党は独自案を提出した。

だが、与党案が自民党内ですんなり了承されたかというと、そうではない。5月12日に党本部で開かれた「性的マイノリティに関する特命委員会と内閣第1部会の合同会議」は大揺れだったのだ。

法案の条文審査ということで、計28人が意見を述べ、うち半数を超える15人が反対した。普通ならおさまりがつかない状態だ。ところが、特命委の幹事長を務める新藤義孝政調会長代行が議論の打ち切りと部会長への一任を提案したことから紛糾した。

「反対が多いのに『一任』はあり得ない」「法案提出ありきで期限を区切っているのではないか」との声が相次ぎ、憤慨した保守系議員らが新藤氏に詰め寄る場面もあったが、強引な形で部会長一任が決まった。

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LGBT法案への強硬な反対姿勢を変えない安倍シンパ

LGBT法に保守派が反対するのは「伝統的な文化、家族観、皇室の皇統を破壊する」という考え方が根底にある。しかし、この間、保守系の議員や識者らが反対理由として前面に出してきたのはほぼ「女性のトイレや更衣室、風呂などでの安全」をめぐる心配ごとだった。

この問題は、主としてLGBTのうちの「T」、すなわちトランスジェンダーにかかわってくる。

トランスジェンダーとは、持って生まれた体の性が心の性と一致しない人のことだが、「体は男だけど自分は女だから女子トイレに入る」といったケースを危惧して、彼らはLGBT法を批判している。

それが、たとえ意図的に保守思想の印象を弱め、「女性の安全」という誰にも受け入れられやすい説明の仕方を意図的に採っているのだとしても、たしかに、この問題は難しい。

アメリカでは、トイレや更衣室はもちろん、女子スポーツへの参加などをめぐって、トランス女性が参加するのを積極的に支持する民主党と、「反LGBT法」で阻止しようとする共和党との間で賛否が分かれ、国を二分する騒ぎとなっている。千田有紀・武蔵大学社会学部教授は言う。

「トランスに関しては『性自認(性同一性、ジェンダーアイデンティティ)』の尊重と、性別を分離することによって女性の安全を担保してきたこれまでの社会制度のありかたの間に齟齬が生じており、一筋縄では解決しない問題となっている」(Yahoo!ニュースより)。

トイレなどで男女を分け、女性の安全を確保してきたこれまでの社会と、性自認の尊重には、どうしても食い違いが出てしまい、簡単には解決できないというのである。

そこで、党内の議論が分かれるなか、自民党が維新などに持ちかけた修正協議の結果はどうなったかを確認しておこう。

与党案の「性同一性」を「ジェンダーアイデンティティ」に置き換えるなどの変更があったが、そういう単に言葉遣いの問題よりも重要なのは、維新・国民案の一部をそっくりもらって「全ての国民が安心して生活することができるよう留意する」との条文が付け加えられたことだろう。

しかし、安倍元首相のブレーンだった福井県立大学名誉教授・島田洋一氏は「これだけで『女性が安心』とはならない。どういう形で女性を保護するのか、詰めた議論をすべきだろう」と指摘する。

この与党修正案が自民、公明、日本維新の会、国民民主4党などの賛成多数で可決された13日の衆院本会議では、反対していた自民党保守派のうち、杉田水脈氏が体調不良などを理由に本会議を欠席、高鳥修一氏が採決前に退席するなどしたが、多くは矛を収めたかたちだ。

しかし、安倍シンパだった論客はこぞって、LGBT法案そのものへの強硬な反対姿勢を変えない。「安倍氏が亡くなったとたん、平気で裏切る自民党議員」などとTwitterに怒りの投稿をしたり、作家、百田尚樹氏のように「自民党は保守政党ではないことが明らかになった。私が政党を立ち上げる」と自身のYouTube番組で息まく人も現れるほどだ。

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「内政干渉」と批判されるエマニュエル駐日米国大使の動き

それでは、LGBTの当事者たちはどう考えるのか。LGBT差別禁止法の制定を求めている「LGBT法連合会」ですら、この与党修正案には「LGBTとされる人々に対して理解を進めるということが、そんなにも誰かの安全を脅かすことなのか。私たちの存在ってそのようなものとして社会に認識されているのかと思うと本当に辛くなります」(林夏生代表理事)と納得がいかない様子だ。

LGBTに関する情報発信を続けている一般社団法人「fair」の松岡宗嗣代表理事もこう語る。「性的マイノリティが加害してくる人たちかのような、社会を脅かすかのようなニュアンスを帯びて『多数派への配慮が必要』と。本当にそれこそがまさに差別、偏見に則った考え方だ」。

もともと「LGBTの拙速な法制化に反対」を表明している当事者団体もある。そのうちの「白百合の会」の千石杏香氏は、5月1日、日本記者クラブで、法案に関し「女性だと言い張る男性を女性として認め、女子トイレが使えるように解釈される可能性が高い。このような法律は不要だ」と話していた。

推進派、反対派、それぞれ異なる理由でこの法案に困惑し、落胆しているのだ。

LGBTをめぐる差別のない社会にすることは重要である。人は誰しも自分の存在を価値あるものとしてとらえたいし、他人に認めてもらいたい。アイデンティティを尊重される権利を持っているのだ。しかし、国会での議論があまりに乏しすぎる。法制化を急ぐ前に、まずは議論を深めたらどうか。

もともと岸田自民党はこの法案に乗り気ではないように見えた。ところが、ある時点から急に方針を変え、党内議論を早々に打ち切ってまでも、法案提出を急いだ。

その背景に、「内政干渉」と批判されるエマニュエル駐日米国大使の動きがあった。ドイツやカナダ、EUなど、15の駐日大使館の大使らが性的マイノリティの人たちの権利を支持し、差別への反対を呼びかけたビデオメッセージをエマニュエル大使がツイッターで公開したのだ。

G7広島サミットを前にしたメッセージだったため、岸田首相はにわかにLGBT法案に前のめりになっていったといわれている。

維新と国民の案を丸のみしたことについて、首相周辺は「多様性を重んじる社会を作る法案なので総理は幅広い理解を得たいと思った」と言う。しかしこれは表向きの解説であり、実際のところは、「党議拘束をかけないでほしい」と採決で反対する姿勢を示していた保守系議員をなだめる一心だったのだろう。

米国に言われてその気になって、党内保守派に「女性の安全」問題を指摘されて他党案に抱きついた。つまるところ、岸田首相にとっては、中身よりも、LGBT法案を成立させたという外形的事実が欲しいだけなのではないか。マイノリティへの差別のない社会がなぜ必要なのかについての理解が、この国ではまだまだ進んでいないように感じる。

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image by: 首相官邸

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