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【中島聡×辻野晃一郎】日本の技術者を殺す「ノリと雰囲気」とは? Google日本元社長とWindows95の父が語るAI革命と2025年のゲームチェンジ

2022年11月30日、米OpenAI社がリリースを公表して以来、日本中で「AIブーム」を巻き起こしている「ChatGPT」。今年4月には同社のCEOサム・アルトマン氏が来日、岸田首相と電撃面会したというニュースが報じられ、日本中に衝撃を与えました。あれから3ヶ月、耳にしない日はない「ChatGPT」によって日本および世界の未来はどのように変わっていくのでしょうか。マイクロソフトでWindowsやインターネットエクスプローラーの開発を指揮した伝説のプログラマーでメルマガ「週刊 Life is beautiful」の著者・中島聡さんと、「メルマガ『グーグル日本法人元社長 辻野晃一郎のアタマの中』~時代の本質を知る力を身につけよう~」の著者・辻野晃一郎さんのお二人に、この「AI革命」によって日本企業は生き残れるのか、そして、これからの私たちの働き方と生活がどう変わるのかについて語っていただきました。 (この対談をYouTubeで見る

技術を軽視しエンジニアを冷遇する日本のAI革命は成功するのか?

叶内文子(以下:叶内):『まぐまぐ!』のメルマガクリエイター対談スペシャル、本日は、メルマガ「週刊 Life is beautiful」の著者・中島聡さんと、「メルマガ『グーグル日本法人元社長 辻野晃一郎のアタマの中』~時代の本質を知る力を身につけよう~」の著者・辻野晃一郎さんにご参加いただきました。

今、ChatGPTが引き起こしたAIブームで日本中が大騒ぎになっておりますが、お二方はAIの中心プレーヤーであるMicrosoftとGoogleを牽引してきたリーダーでもあります。そんな貴重な経験をされてきた二人に、このAI革命で日本企業は生き残ることができるのか?また、私たちの働き方や生活はどのように変わっていくのかについてもお聞きしていきたいと思います。中島さん、辻野さん、どうぞよろしくお願いいたします。

辻野・中島:よろしくお願いします。

叶内:早速ですが、お二方は、お知り合いだとか?

辻野:さっきもちょっとお話ししていたんですけど、一度だけお会いしたことがあります。

叶内:一度だけなんですか?

辻野:そうなんですよ。ただ、それももう結構、前なんです。ちょうど2011年の3.11の直前に、私は当時、六本木にオフィスを持っていたんだけど、そこに中島さんに来ていただいた。その後、近くのミッドタウンのイタリアンレストランでランチをしました。

中島聡氏

中島:そうですね。たしかミッドタウンができてちょっと経ったくらいでしたね。

叶内:何がきっかけで会うことになったんですか?

中島:あまりよく覚えていないんですけど、多分、いろいろ勉強したくて、お話を伺いに行ったんだと思います。

辻野:対談前に、メールのやりとりを遡って見てきたんですけど、僕が2010年末に最初の著作を出したんです。それを中島さんが読んでくださったそうで、それでコンタクトをいただき、お目にかかったんだと思います。

中島:そうなんです。その時に、意気投合して話し合いました。ただ、結果的にはそれっきり交流が切れてしまって。本来だったら、その後も交流が続けばよかったんですけど。ですから、辻野さんに会うのは、今日が2回目なんですよね。

叶内:そうなんですね。それでは、今日は貴重な対談ですね。

辻野:久しぶりに中島さんにお目にかかれて、とても嬉しいです。

中島:お久しぶりです。お元気そうで良かったです。

辻野氏「ソニーを辞め、ハローワーク通いからGoogleへ」

叶内:それでは最初に、お二人のご経歴をご紹介ください。辻野さんは最初ソニーに入社されて、その後、長らくソニーにお勤めになり、それからGoogleに転職されていらっしゃいますが、その経緯を教えていただけますか?

辻野:話し始めると長くなりますよ(笑)。僕は、Googleに転職したんじゃないんです。馬鹿みたいな話に聞こえるかもしれないけど、ソニーを辞める時は、転職先も何も決めず、ただ辞めたんです。自分の生き方に対する美学というか、つまらないこだわりみたいなのがあって、世話になったソニーに対するけじめとして、転職先を決めてから辞めるのは潔くない気がしたので、ただ辞めたんですよ。辞めた翌日から全くの無職です(笑)。

辞めてしまったら何もやることがなくて、失業給付の手続きで、それこそハローワークに行ったりしていたんですよ。ソニーで働いていた時には、もちろんハローワークになんて行ったことがないし、世の中の失業者のことをまともに考えたことすらもなかった。それで、興味本位もあって、ハローワークへ行きました。最初は入口に入るのにちょっと勇気が必要だったんですけど、思い切って入ってみたら、職員の皆さんがすごく親切でした。失業給付をもらうために、しばらくハローワークに通っていたのですが、そこでいろいろ職探しをしてみても、なかなか自分がやれるような仕事……というか、やりたい仕事なんか見つからないもんだな、と思いました。

辻野晃一郎氏

そうこうしているうちに、ちょうど会社法が改正された年でもあり、自分で今の会社とは別の個人事務所みたいな会社を作って仕事を再開しました。その後、すぐにGoogleからお声掛けがあったんですが、何回も断ったんですよ。僕がソニーを辞めたのは48歳の時だったんですけど「今さらこの歳でGoogleへ行ってもなー」とか、大きい企業から抜けたばかりで、自分で独立して生きようと、いろんなプランも考えていたので、何度も断ったんです。しかし、結構しつこくお誘いいただいて。

それで、Googleの米国本社から、グローバルの製品担当責任者の役員が来日するので「会うだけでも会ってみませんか」と誘われて、アダム・フリードっていう人だったんですけど、会ってみたらすごく意気投合して、彼と話をしているうちに、「Googleって、昔のソニーみたいな会社なのかな」と感じました。それで、Googleへの興味が一気に高まって、Googleの採用プロセスにチャレンジすることにして、翌年からGoogleに行くことになったんです。

中島:それって、2007年ぐらいですか?

辻野:2007年4月にGoogleに入りました。2006年3月にソニーを辞めて、1年後の2007年4月からGoogleに入ったっていう経緯なんですよね。

叶内:「日系から外資に行きたい」とか考えていたわけでなく、ソニーひとつで完結していた話なんですね。

辻野:古い話になるんですけど、僕が就活してた頃に、日本の産業史に残る「IBM産業スパイ事件」というのが起きたんですよ。IBMの大型計算機の機密情報を盗んだということで、IBMとFBIが組んでおとり捜査をやったんです。そこで、IBM互換機を開発していた日立とか三菱電機とか、日本のまじめな技術者が何人か逮捕されたのですが、それが大きく報道されて、日本人としてものすごく屈辱的な気がしました。だから、その時に、単純ですが、「外資にだけは絶対に行かない!」と誓いました。だけど、グローバルに活躍したかったので、ソニーを選びました。それが、皮肉なもんですよね、それから二十年後に、Googleで働くことになったわけですからね。

なぜ日本のソニーはAppleになれなかったのか?

中島:ソニーを辞めた時は、出井伸之さんの時代ですか?

辻野:出井さんたちが一斉に退陣した後ですね。ハワード・ストリンガーとか、中鉢さんがトップになった時期で、もうソニーとしては、最悪の大混迷時代でしたね。

中島:その話だけでも1時間ぐらい話せそうですね(笑)。

辻野:もうたっぷり話せます(笑)。

中島:僕は、出井さんと2004年ぐらいに会っているんですよ。

辻野:そうでしたか。

中島:Microsoftの成毛眞さんの紹介で食事に行って。なぜかわからないけど「ソニーはAppleを買うべきだ」って話を、一生懸命に出井さんに説得したんだけど、いい返事がもらえなくて。でも、僕は心の中で実は、本人も考えていたんじゃないかなとちょっと思うんですよね。

辻野:そうですね。出井さんは、実はAppleにかなり興味を持っていて、おっしゃるように、ソニーの内部では、当時、ちょうどスティーブ・ジョブズがAppleを追い出された後で、マイケル・スピンドラーとか、ギル・アメリオとかがいた頃ですが、Appleを買収するっていう話を真剣に検討していたんですよ。

だけど、まだ盛田昭夫さんとかが健在な時代だったんですけど、AppleじゃなくてColumbia Picturesを買う方向に行っちゃったんですよね。

叶内:そんな話があったんですか!

中島:これは大きな話だと思いますよ。会社の方向性の話で、ソニーは結局、メディアを買ったし、あと、出井さんはファイナンスの方向に出たじゃないですか。

僕の心の中では、ソニーはやっぱりエレキの会社だから、そんなよそ見をしていたら、求心力がなくなってしまうと思った。本来のソニーのビジョンから外れているじゃないですか。会社は変わるもんだから、それでいいと言えばいいけど、ちょっと残念でしたね、外のファンから見ていると。

一人のファンとして見ていても、ひょっとしてソニーの内部に軋轢があるんじゃないかなと感じていました。僕は久夛良木健さんともお会いしたことがあるんですけど、久夛良木さんは面白いことに「文官と技官」という言葉を使っていた。文官っていうのは、エンジニアじゃない人たち。つまり出井さんを代表とした文官たちに会社を乗っ取られちゃったみたいなことをおっしゃっていた。そういうことも、少しあったのかなと思いましたね。

辻野:この辺の話をし始めると、本当に止まらなくなりますけど(笑)、今だから言える当時のいろんな話があるんです。

中島さんも感じていたように、ソニーとAppleってすごく親和性がいいんですよ。スティーブ・ジョブズも「Appleをいつの日かソニーみたいな会社にしたい」と本気で思っていたとも言われていた。日本に来るたびに、スティーブ・ジョブズはソニーに遊びに来ていたんですよ。とくに盛田さんとは個人的にも仲が良くて。

だから彼は、日本の伝統文化や日本的な侘び寂びとか、シンプルさとか、そういうのにすごくこだわりが強いでしょう。製品はシンプルじゃなきゃいけないとか、そういうところで盛田さんからのアドバイスがいろいろあったようにも聞いています。

その頃の話で面白いことをもう一つ話すと、出井さんは社長になった時に全く無名だったんですよ。社長交代のニュースが出た時、僕はちょうどMicrosoftのイベントがあって、香港にいたんです。Microsoftのイベントだったから、古川 享さんも来ていたのですが、古川さんから、「出井さんって誰?」って聞かれました。「Idei Who?」っていう感じで、当時は全然知られていない存在でした。

だから、出井さんが着任したときに、Microsoftに行く機会があったようですが、ビル・ゲイツは出井さんを玄関で30分ぐらい待たせたんですって。それぐらい、知られていなかった。

でも、その後、ソニーのアメリカ法人を任せていたマイケル・シュルホフという、ちょっといろいろと問題のある人物を巡る処遇で、世間の出井さんを見る目が変わりました。マイケル・シュルホフは、出井さんの前任の社長だった大賀さんと仲が良かったので、なかなか彼を諫めることのできる人がいなかった。だけど、出井さんが「俺を取るか、マイケル・シュルホフを取るか、どっちかにしてください」と大賀さんに迫り、結局マイケル・シュルホフはソニーを辞めたんです。それで俄然、世の中の出井さんに対する評価が上がって、その後に出井さんが再びMicrosoftに行った時には、今度はビル・ゲイツが先に玄関で待っていて出迎えたそうです(笑)。

中島氏「下請けに丸投げのNTTから、技術者天国のMicrosoftへ」

叶内:今度は中島さんの経歴についてですが、NTTに入社されてMicrosoftに転身。でも、大学入学前にアスキーでアルバイトをされていたとか。

中島:そうですね。高校2年ぐらいからです。アスキーは最初は雑誌社だったので、自分で書いたパソコン、当時はマイコンと呼んでいましたけど、そのプログラムを載せてほしくて、原稿を書いて持ち込みで直接オフィスに押しかけたんです。高校生だったからかわいがってもらえて、「来なよ」って言われて、学校の帰りは、ほとんど部活のように南青山のオフィスに行って、何かプログラム書いたりしていて、いろいろと勉強させてもらって、すごく良かったですよ。大学も一応行きましたけど、大学よりもアスキーで学んだことのほうが多かったですね。

叶内:その頃から、バリバリの技術少年だったんですね。

中島:そうですね。バリバリの技術少年です。その時はすごくタイミングが良かったんですよ。まだほとんどプログラミングができる人が世の中にいなかったので。やっぱり高校生ぐらいだと吸収力が激しいし、あと他にやることが何もなかったんです。僕は、早稲田の付属に通っていたので、高校でもあまり勉強する必要がなかったし、もうずっとプログラムをやっていたので、あっという間に得意になっちゃった。

当時のアスキーは、NECとかとも付き合っていたんです。そのNECが作ったソフトウェアが、僕から見るとどうしようもなくて、全部直すみたいなことを高校生でしていました。だから、すごく重宝されていましたね。とってもいいタイミングでプログラミングというものに出会えたと思いますよね。

叶内:その技術を生かしたお仕事をされようと思って、NTTに行って、Microsoftに入ったのですか?

中島:本当は、プログラミングはずっと趣味だったので、趣味に留めておこうと思っていたんです。

僕は大学院の修士まで行ったんですけど、ドクターも取りたくて。でも、ドクターだと論文を書かなきゃいけない。その時は、ソフトウェアじゃなくて、実はチップを僕は作りたかったんですよ。CPUの設計もして、論文を書いて、ドクターを取るという発想でNTTに入ったんですよ。

その頃はIntelのCPUがちょうど16ビットから32に変わろうとしていたぐらいかな。いろいろと面白いことが起きていて、特に僕はアセンブラまで書いていたタイプなので、ハードに近いところを知っていたから「ここはこうすれば速くなるな」みたいなアイデアをいっぱい持っていたので。それでチップを作らせてもらおうと思って、研究所に入りました。

でも、NTTに入ったら全然イメージと違っていたんです。やっぱり日本の会社だから、研究者が実際に手を動かさないんですよ。今でも多分、そうだと思いますけど。

叶内:手を動かさない?

中島:まずは企画書を書くとか、予算を取るのに莫大な時間をかける。それで予算が取れたら大きな仕様書を書く。そのあとは下請けに投げるんですよ。

叶内:自社ではなくて?

中島:そうです。そうすると、下請けの人がハードも設計もソフトも全部作ってくれるような会社だったので、ちょっとがっかりしちゃって。NTTに入社して1年ちょっと経った頃に、Microsoftが日本法人を作ったという新聞記事を読んだんです。そうしたら、アスキーから15人ぐらい引き抜いたと書かれている。その15人全員が僕が知っている人だったんです。それで突然、押しかけるようにMicrosoftに行った。

叶内:「僕も!」って?

中島:はい。勝手に電話をかけて「行きます!」って言って。その場で古川さんからOKをもらって、すぐに辞表を書いたら、NTT側でまた大騒ぎになっちゃって。私の場合は、仁義を切ることも考えていなかったので。いきなりNTTを辞めて名も何も知らないベンチャー企業に行くなんて、もう前代未聞のことで大変だったらしいです。危うくクビになるところだったっていう。よく分からないですよね。辞表を出しているのに。でも、教授は怒られるし、僕も怒られるし、本当に大変でしたよ。

叶内:NTTからMicrosoftに移られて、そこは技術者としてはとても居心地のいい場所だったんですか?

中島:そうですね。少なくとも技術者としては居心地のいい場所でした。でも、やっぱり日本法人だったので、やれることが限られているわけですよ。本社から来たものを日本語化するとか、漢字入力を作るとか。あと、日本でいうOEMメーカーさん、ソニーさんもそうでしたけど、日立とかNECとか、そういう人たちにMS-DOSとかを売っていたので、そのサポートをする。僕はWindowsだったけど。

そういう業務で、エンジニアとしては楽しかったけど、もうちょっと本格的にソフトを作りたくなって「本社に行きたい!」って、ずっと言っていて、3年経って89年に、やっとアメリカに転籍させてもらったという感じです。

自由闊達の伝統を支えたソニーのエンジニアたち

叶内:なるほど。辻野さんの場合も、最初のソニーの環境は良かったんですか?

辻野:もちろんです。もう憧れの会社でもあったし、日本の起業家が、本当にワンジェネレーションで世界企業にした、そういう意味ですごい企業だと思っていたので、他の日本企業にはほとんど目もくれず、最初からソニー決め打ちみたいな感じで入社したんで、ずっとハッピーでしたよ。

叶内:ソニーの伝統といえば「自由闊達」というふうに伺っていますが、そんな雰囲気だったんですか?

辻野:そうです。

叶内:でもその雰囲気がだんだんと失われてしまったのですか?

辻野:ソニーに限らず、会社というものは、どんどん成長していくと、いわゆる大企業病っていうものに罹ってしまうんですよ。Googleもそうだし、Microsoftもそうだった。だから、その大企業病を克服して、もう1回成長期を築き上げて、さらに飛躍できればいいんだけど。

MicrosoftにしてもAppleにしてもソニーにしても、そういう意味ではみんなどん底を味わっていて、そこからもう1回復活しているから、そこは3社ともすごいと思います。でも、基本的に企業っていうのは、社歴と共に徐々に大企業病に蝕まれて硬直化していき、効果的な手を打てないでいると、最後はリタイアしていく。

今の日本の産業構造は、経団連系の古い大企業がセンターに居座る構図になっていて、それが日本の活力を落としている要因の一つでもあると思っています。

話はずれましたけど、いずれにしてもソニーはいろんなことを任せてくれて、とても自由闊達にやらせてくれました。

さっきもちょっと言ったけど、僕がGoogleに入る前に、向こうの役員と会う機会があって、「ソニースピリッツとGoogleスピリッツって、実はすごく似ているな」というのがGoogleの第一印象だったんです。「なんだ、Googleって昔のソニーみたいな会社なのか」と思った。

自由闊達という意味では、Googleもよくエンジニア天国と言われていますけど、もともと自律走行型の人たちが自分のアジェンダをGoogleに持ち込んできて、やりたい事をGoogleの経営資源を使ってどんどんやっていくみたいなイメージでした。

昔のソニーにも、本業は本業でしっかりやるんだけど、「本当は自分が作りたいものは、こういうものなんだ」というようなエンジニアがいっぱいいたんです。僕らはよく「放課後」って言い方をしていたんですけれど、就業時間が終わったら、作業台で会社の試作部品を勝手に使いながら、自分でプロトタイプを作っているような人が結構いたんですよね。上司もそれを見て見ないふりをして黙認してくれていて、面白い商品になりそうであれば、積極的にサポートして商品化を手伝ってくれました。でも、あんまりうまくいきそうもなければ、本人が傷つかないように、上手に闇に葬るみたいな、懐の深いマネジメントをしていましたね。

叶内:「放課後」活動いいですね。

辻野:ええ。本当に古き良き時代の話ですね。

中島氏がMicrosoftで体験した「作った者勝ち」の幸福

叶内:Microsoftはいかがでしたか?

中島:僕はちょうどトランジションの時期で、日本でMicrosoftに入ったのが86年。アメリカに転籍したのが89年ですけど、もうその時期はすごく元気な会社で、それぞれのエンジニアが好き勝手なことをしながら、そこでいいものができてきたら拾い上げてもらえるみたいな環境はありましたね。

僕の場合は会社が少し変化している時期でした。89年に最初に入ったMicrosoftはすごくちっちゃかったんですけど、いつの間にかものすごく大きくなって、400人ぐらいのグループになっちゃった。それで次世代OSを作るんだっていうことになった途端に、そのグループを僕は嫌になっちゃったんですよ。400人もいたし、10人もソフトアーキテクトがいて、僕はそのうちの1人です。10人もいると、船頭が10人いるような状況で、どこにも進めないんですよ。それで私はそのグループを辞めてWindows 3.1を作っていたグループに行きました。

これは後からさんざん怒られたんですけど、前の大きなグループでプロトタイプを作っていたので、これをWindows3.1の上に載せちゃうよって言って、勝手に載せてできたのがWindows95なんですよ。なので、最初にいたグループにはものすごく恨まれています。でも、そういう僕のある意味、掟破りな行動も、会社としては許す感じだったんですよ。だから、すごく楽しくてやりやすかったです。

叶内:いいものを出すためには、掟破りもありですよね。

中島:もう作っちゃった者が勝ちみたいな会社だったので、動いていたら勝ちなんですよ。

叶内:動くことが勝ち?

中島:はい。

コードを書けない日本の経営陣はChatGPTも「自分で触らない」

叶内:辻野さんは日本の企業風土みたいなものが大企業病とおっしゃいましたけれども、大企業じゃなくても「何となくみんな一緒にね」という考えが、閉塞感のもとにもなっているのかと思うんですけど、どうでしょうか?

辻野:言葉は大企業病って言うんだけど、別に規模は関係ないんですよね。中小企業でも零細企業でも、現状変更を嫌う人たちが、結果的には大企業病にはまっていくんだと思います。そういう病は、今、日本中に蔓延していますよね。だから、だんだん国力が衰えていくんだろうと思います。そこをどうやって打破していくかというのが、今、我々に突きつけられている課題だと思います。

昔のMicrosoftとか、昔のソニーとか、昔のGoogle……本当に起業家スピリッツ、アントレプレナーシップが溢れ返っていた頃の活力をもう一回取り戻していくことが非常に重要なんだと思うんです。そういうものが今、日本の産業界からかなり失われてしまっているので、そこが大きな課題だと思っています。

叶内:そういうスピリッツが失われている日本の課題は、どんなところにありそうですか?

中島:根本原因の話に立ち戻るとまた深くなっちゃうけど、症状だけ見ると何か新しいもの、例えば本当に冗談抜きにパソコンを使ったことがない大臣みたいのがいっぱいいるわけじゃないですか。経団連も同じですけど、そういう人たちが、いまだに社会で力を持っている。

たとえばアメリカだとね「バリバリやっている連中は当然ChatGPTを使っているよ」みたいな話があるわけですよ。でも日本だと、まずスマホを使っている……ぐらいの話になっちゃうので、経営トップのレベルが段違いなんですよ。例えば今、アメリカなら、経営陣が集まったときに「お前、ChatGPTをいじったことあるよな」という話になって、20人中18人がいじっていて、2人の人がいじっていなくて、怒られるみたいなことが起こっている。

日本だと、経団連のトップの人に「スマホを使えますか?」とか「Googleアカウントを持っていますか?」って言っても、ポカンとしている段階で、ChatGPTの記事ぐらいは読んでいるけど、使うのは自分じゃなくて部下にやらせているみたいな状況だと僕は思っています。すごくそれは危機的状況だと思います。

辻野:僕は最近、ChatGPTが話題になってから、企業経営者とかビジネスマンにお話しする講演会とかで、必ず「ChatGPTを使っていますか?」って質問するんですよ。そうすると、本当におっしゃる通りで、手を挙げる人がいないんですよ。いてもパラパラ。

「仕事で生かすところまでいっているか?」っていう質問と、「そこまではいっていなくても、個人でいろいろ触ってみていますか?」っていう質問を両方するんだけど、後者でも、手を挙げる人はあんまりいないんですよ。だから、「この同じ質問をアメリカの経営者の人たちにしたら、きっと全員が手を挙げますよ」「いいも悪いも実際に触ってみないことにはわからないので、まずは触ってみましょうよ」と言うのですが、中島さんが指摘した通りのことを、私もそういう場でいつも体験しています。

新しいテクノロジーとかが世の中を発展させるためには、ノリの良さってすごく大事じゃないですか。だけど今みんな、ノリが悪くなっている気がします。日本の会社で経営幹部に登っていく人たちって、上に行くにつれて、どんどんハンズオフになっていきますよね。細かいことはスタッフに任せて、自分で直接試すことをしなくなる。耳学問優先で、スタッフとかから知識としては吸収するけど……。日々忙しいのはわかりますが、何でも自分で試せるものはまずは自分で気軽に試してみればいいんじゃないのって思う。ノリが悪いんですよ。

だから結局、役員室に閉じこもって、身の回りの世話は秘書やスタッフがやってくれて、社用車がついて、そういう閉ざされた空間の中でどんどんハンズオフになっていく。そしてしまいには電話の取り次ぎもできないしコピーも取れないとかね。コーヒー一杯も自分では入れられないとか。もう、そうなっちゃうじゃないですか。そこは、Googleなんかとは真逆なんですよ。Googleの経営幹部も皆超多忙ですし、秘書やスタッフもいますが、出張の手配や経費精算なんかの細かいことでも、秘書とかに投げないで、ツールを使って自分でサクッとやってしまう人たちが結構いました。  

叶内:私もChatGPTの講演会に行ったりすると「使っていますか?」っていう質問があって、私は聴衆でいたんですけど、半分しか手が挙がっていなくて。「えっ、ここの講演会に来ている人なのに、半分なの!?」ってすごいびっくりしました。面白がっていないんですよね。

日本企業に必要なのは、テクノロジーに対する“遊び心とノリの良さ”

中島:そうですね。だから、僕はChatGPTをいじったら何か得をするとか、偉くなれるとか、時代に先に乗れるとかではなくて、とにかく楽しそうって思ってしまう。触らずにいられないですよね。

たとえばiPhoneが出た時も、そもそもiPhoneが発表されるって噂を聞いて、僕はWWDC(Appleが毎年6月頃に開催する世界開発者会議に行きました。もう手に入れなきゃしょうがないって思いますよ。今度もVision Proが出るじゃないですか。もう申し込みが始まったらすぐに買います。もう値段とか関係ないんですよ。ああいう新しいものが出たら触らないといけないという純粋な興味を持ってしまうんです。 

新しい技術について、勘違いする人がいるんだけど、別に使ったほうがいいとか得をするとかじゃないんですよ。本当に心の底から、ああいうものを楽しいって思える気持ちが大事で、多くの人にそこが欠けている気がします。それが閉塞感なのかな、どうして楽しいって思えないんだろうと、僕はすごく感じます。

辻野:そうですね。そういう所で、さっき僕が言ったノリの良さっていうのがどんどん失われている感じがします。こういう面白そうなものが出てきて、まず居ても立ってもいられなくなんないと、おかしくないですか?しかも、フリープランでただで使えるバージョンもあるわけだから「じゃぁ、ちょっと使ってみよう」って普通は思うでしょ。しかも経営者だったら、「これをうちの業務にうまく生かせないかな」とか「これを使うと仕事のやり方とかがどういうふうに変わるのかな」とか、使ってみないと分かんないし、興味津々でそうするのが当たり前だと思うんだけど、日本の経営者たちは全然そうしない。そこは本当に問題だと思いますよね。

叶内:ノリが悪いんですね。 

中島:たとえば、ソニーという企業がすごくいい時代だったときは、ソニーはそういうことを面白がる人が集まる場所だったから、強い会社になったんじゃないでしょうか。

辻野:そうですね。盛田さんとかは、アメリカに出張すると、よく現地で流行っているおもちゃなんかを買ってくるんですよ。それで、会長室で自分で床に這いつくばって、遊んでいたりするわけです。創業者からしてそういう遊び心満載でノリのいい人たちだったんで、昔は社員もみんな同じだったんです。みんなすごく遊び心があって、「いいね!いいね!」って、何か面白そうなものがあると、興味津々でどんどん人が集まってくるみたいなカルチャーでした。

だけど、大企業病になってくると、そういうことを馬鹿にしたり否定したりするような人たちがどんどん増えてノリが悪くなるというか白けてくるじゃないですか。そして、フィックスト・マインドセットって言うんだけど、失敗は絶対に駄目とか、失敗を忌み嫌うようになる。失敗を恐れてチャレンジしなくなり、チャレンジしないからイノベーションも起きない。その逆に、グロース・マインドセットっていう言葉があって、「失敗は成功の母」みたいな意味ですけど、「いろいろとチャレンジしたり、いろいろとやってみたり、試してみたりして、どんどん前に進んでいこうよ」「失敗しても、自分の成長の肥やしになるからいいよね」っていう考えがイノベーションにもつながる。

そのグロース・マインドセットがどんどん失われて、フィックスト・マインドセットが支配するような社会に日本全体がなってきている感じがすごくするんですよね。ノリが昔とまったく変わってきちゃっている。もちろん、若い人たちの中には、ものすごくノリのいい人たちもたくさん出てきていますよ。かつ、グローバルに通用するような人材もどんどん出てきています。ここは大きな希望なのですが、一方で、失敗を恐れる古い体質が根強くて、なかなか消えていかないというところがありますよね。

叶内:面白がる人が集まっていると、そこにさらに面白いことが集まってくるみたいな感じがありそうですね。

中島:そうそう。それが結局、イノベーションに繋がっていくんですよね。

日本の技術者を不幸にする「ITゼネコン」という病

叶内:日本社会にはそれがないから、新しいものが生まれない、イノベーションが起きないんですかね?

中島:でも、やっぱり日本だって人はいるわけで、優秀な人もいっぱいいるし、そういうマインドに溢れた若い人たちもいっぱいいるんです。だけれども、やっぱりそういう場がない。全くないわけじゃないけど、そういう人たちが働きたい会社とか、そういう魅力にあふれた会社が少なくなってしまった。

それには、いろんな原因があると思うんです。アメリカの場合はシリコンバレーっていうシステムがあって、新しい企業にお金が流れ込む形ができたけど、日本は政府のお金がいまだに古いビジネスモデルの会社に流れ込む状況が続いているじゃないですか。今回のマイナンバーシステムの話とか聞いていると、旧態依然としている。例のみずほ銀行のシステムを作ったような連中が、またあれを作っているわけで、うまくいくわけないんですよ。

僕は昔から指摘しているんだけど、ああいういわゆるITゼネコンは、仕様書だけを書いて下に丸投げするので、いいものができない、かつ人が育たないっていう、もう悪循環になってしまっている。でも、そこに政府がずっとお金をあげ続けるから、いつまでも生き残って、いつまでも反省しないで直らない。逆に、そういう企業が理系の優秀な連中を取っちゃうから、もったいないですよね。僕の同期の連中も、結構そういう大きなITゼネコン系に行きましたけど、今はもう全然プログラムを書いてない。管理職ですよね。

GoogleとかAppleとかだと、本当にバリバリの理科系の連中が、もうずっとプログラムを書いて「俺は管理職になりたくない!」みたいな連中がいっぱいいるんですよ。僕もそうでしたけど。だから、それは力になりますよね。

叶内:プログラマーでずっといられるというのがモチベーションにもなりますよね。

中島:そうですね。この前、僕が仲良くしている若い連中から言われたことがあるんです。「中島さん、日本は、偉い人はコードを書かないんですよ。中島さんぐらいですよ」って言われて、僕はそうかなと思ったけど、でも考えてみると、僕も60を超えていますけど、この年齢でプログラムを書いている日本人って、多分、ほとんどいないんだと思います。アメリカだと、いくらでもいますよ、本当に。

ゾンビ企業を潰し、逆ピラミッド組織でイノベーションを起こす

叶内:今までのお話を伺っていると、日本の企業が苦戦する原因に閉塞感があるということでしたが、今後、日本の企業がこの閉塞感から抜け出して、世界に追いつくにはどんな課題があるんでしょうか?辻野さん、いかがでしょうか?

辻野:いろいろな課題があるんですけど、日本の経団連の中心にいるような大きな企業が、昭和のスタイルのままになってしまっているのがまず問題です。日本の組織は、ピラミッド構造になっていて、ヒエラルキーが何層にもなっていて、縦割りがいっぱいある。

デジタルの時代、ネットワークの時代は、全部が繋がる時代。そういう時代に、縦割りとかヒエラルキーって邪魔じゃないですか。だから、できるだけフラットにした方がいいと思います。さらに、日本の企業は、ピラミッド構造の中で上意下達になっています。一部の経営トップ層がいろんなことを決めて、そこで決まったことを下に落として、それで実行していく。現場で発案したことも、そこですぐにアクションを取れなくて、一回、上を通さないといけない。稟議を上に回して許可を取らないといけない。

昭和型のピラミッドスタイルは、インターネットの時代には、全然合わないですよ。できるだけフラットにして、それで現場に権限を委譲して、現場が意思決定をして、それを組織が下から支える。言ってみれば、逆ピラミッド型にした方がいいと思います。

僕がいたGoogleは、まさに逆ピラミッド型でした。現場の実行者の一人一人が、みんな、自分のやりたいことがはっきりしている意思決定者でもあり、権限も委譲されているんです。その人が決めたことは決定事項で、それを会社が下から支えるっていうイメージなんですよ。インターネットの時代には、Google型のほうがスピードの面でも優れています。

また、個人の時代ですから、今はそういう大きな組織に帰属しなくても、あるいは大きな資本がなくても、インターネット上に開放されているさまざまな資産を上手に使えば、個人でも何でもできるじゃないですか。そういう時代に、優秀な個人が組織に埋もれていることはすごくもったいないですよね。

日本型ピラミッド組織だと、東芝の不正会計事件や財務省の公文書改ざん事件のようなことが起きるんですよ。現場がピラミッドの上からの圧力に抗しきれなくて、不正に加担する構図になってしまっているわけじゃないですか。

Googleなんかでは、そういうことは起きにくい。メンバーの一人一人が正義感とか倫理感を前面に出して、良からぬことに対して抵抗するし、はっきり意見を言うし、それはおかしいんじゃないかってみんなが騒ぎ出すから。

仮にCEOの命令で変なことをやらされそうになっても、現場が納得しないと一歩も動かないですよ。それはおかしいってなって、そこから自浄作用が直ちに働き出して、逆にCEOの方が命令を撤回するみたいなことが平気で起きますから。でも、日本ではそんなことはあり得ないでしょ。

中島:Googleは軍事利用も思いっきり反対しましたよね。

辻野:「Project Maven」っていう、DARPA(国防高等研究計画局)の軍事技術の開発プロジェクトに、GoogleがAI技術を供与する協力をしていたんだけど、現場の社員が猛反発して、何千人も反対の署名をして、結構な数の社員がGoogleを辞めたんですよ。それでスンダー・ピチャイが、そのプロジェクトにGoogleが協力するのを止めるという事態になりました。

そういうことが、しょっちゅうあるんですよね。言われるがままに現場が動くということにはならなくて、現場の正義感とか倫理感がちゃんと機能する。いわゆるウィズダム・オブ・クラウズ(群衆の叡智)っていうのが、ちゃんと機能するようになっているんですよね。 

叶内:自浄作用ですね。組織の問題じゃなくて、個の問題でもあるんですかね?

中島:両方なんですけど、日本の場合は個人よりも組織が優先される。なぜか昭和型の組織が今も多く残っています。明らかに不利なはずなのに、残る理由が多分あるんですよ。そこが僕はいけないんじゃないかなと思います。こういう議論があると、そういう会社が生き残るにはどうしたらいいかっていう議論もあって、それも一つの考え方だけど、僕はそういう会社は早く消えてもらった方がいいと思う。それよりも新しいベンチャー企業がいっぱい育ってくる社会の方が面白いし、ダイナミックです。

新しい企業なら、最初から逆ピラミッドで作れるわけじゃないですか。一度ピラミッドができてしまったものを直すのは、すごく難しいんですよ。特に、ピラミッドを登っている人は、若い頃は安月給でこき使われて、階段を上っていた。会社に対して貸しがあるわけですよ。その会社に対して貸しを持っている人たちにとって、「いや、もう昭和は終わったから、全部返せ」って言われても、貸しがあるんだから、それは抵抗しますよね。

叶内:ようやく上に登ったのに……、

中島:そうそう。だから、直すことはすごく難しいと思います。

「DXは人に委ねたら駄目、ハンズオンでやらなきゃいけない」

叶内:現状、あるものを直すっていうよりは、もう新しく作っていこうっていうことですかね?

中島:そうですよ。だから、僕は政府が相変わらずああいう大きなITゼネコン(マイナンバーやみずほ銀行のトラブルを起こした企業)に頼っていることが、もったいないと思う。あれだけの予算があれば、ベンチャー企業をいくらでも育てられますよ。何十億って突っ込んでいるわけでしょ?下手すると何百億か。

叶内:そうですね。

中島:やり方はいろいろあると思う。ベンチャー企業に対して、まずプロトタイプを作らせて、実際にいいものを3ヶ月で作ってきたところに委託させるという形で、とにかく競争させる。オープンソースと同じようなやり方をすれば、若い人たちもそれで食っていけるようになって、大きな会社に入るよりもそっちの方がいいと盛り上がる。そういうことに政府はお金を使ってほしいですよね。 

叶内:そうですね。

辻野:日本はデジタル後進国と言われるようになってしまって、行政のデジタル化にしても、何をやるかと思えば、また縦割り省庁を一つ増やしてデジタル庁なるものを作り、家賃の高いところにオフィスを構えて、何百人もの人を集める。しかも、デジタルのことなど全然分からないIT担当大臣を上に置いて、その人が威張ってふんぞり返る。今は河野さんが暴走してるけど、最初は平井さんでした。そういうやり方です。 

そしてさっき中島さんが話したように、実際の作業は従来のITゼネコン体質が何も変わっていなくて、富士通とかNECとか、旧電電系の古い大企業に丸投げしてそこからまた下請けや孫請けに回すようなことを相も変わらずやり続けているから、今回のマイナンバーカードのような問題を起こすんだよね。

でも、台湾での行政のデジタル化を例にとると、やり方が全然違う。極端に言って、オードリー・タンが一人で裏方としてやっているみたいなもんじゃないですか。シビック・ハッカーだとかを上手に組織化したり、縦割り行政を横につないだり政府と国民の距離を縮めたりするためのデジタルプラットフォームを整備したり。本来の行政のデジタル化は台湾のような方法があるべき姿なんですよ。昔の古いやり方をそのままにしてしまっているのが日本のやり方ですよね。そこに大きな間違いがある。

これは別にデジタル庁とか行政だけの話ではないですよ。これから、日本の大企業のDXバブルがどんどん弾けていくんじゃないかと思います。大企業は、日本の政府と同じ構図でやっていますから。さっきも言いましたが、DXというのは人に委ねたら駄目で、ハンズオンで自分で全部やらなきゃいけないわけですよ。 

だから、社内にちゃんとデジタルのわかる人材を一定数育てる必要がある。DXというのは、別に技術だけの話じゃなくて、経営革新でもあり、マネジメントトランスフォーメーションでもあり、デジタルを活用してあらゆることを構造改革していくって話だから、そもそも人に委ねる話ではないわけですよ。ハンズオンで、全部自分たちでやっていかなきゃいけない。だけど、それを勘違いして、自分たちはあんまり今のWEBの技術はわからないとか、デジタルのことはわからないからと、最初から外に投げちゃうわけでしょ。 

企業のCEOは、自分でちゃんとリテラシーを高めて、自ら旗を振らないと絶対に駄目なんです。何の為のDXなのか、自ら納得した上で、その断行を決意して社員に自らの言葉で語りかけ、そのCEOの熱意にほだされて、現場が本気になって動くという一体感が大事です。それが日本だと、「俺はあんまり技術のことは分かんないから、お前頼むよ」ってことで、CEOはCTOみたいな人に委ねるでしょ。でも、CTOも古いタイプの人だと、「俺もよく分かんないから」って、外部のITゼネコンに委ねちゃうでしょ。それじゃあ、もう絶対にDXなんかうまくいかないですよね。 

DXなんて、地味で忍耐強い作業の連続です。人も育成しなきゃいけないし、組織や制度も変えないといけない。予算も今期大きな予算を一度組んだら終わりということではなく、毎年継続的に忍耐強くやり続けていかなきゃいけないんです。最終的には、会社の中でPDCAを高速回転できる仕組みを作り上げることをやり遂げなきゃいけない。

CEO自身が、何のためにDXをやらなければいけないのか、わからないまま号令をかけているから、日本のさまざまな会社で、DXバブルが弾ける状況が起きてくるんじゃないかと思います。

日本のクルマ産業は「デジタル技術軽視」5年遅れの崖っぷち

叶内:日本の産業では、自動車業界も大きな曲がり角に来ています。Teslaがあっという間に台頭してきて、トヨタを代表とする日本企業は、EVでも大きな遅れを取ってしまったと言われておりますが、中島さんはどのように感じておられますか?

中島:僕はちょうど4年ぐらい前まで、トヨタの上層部の人たちと付き合っていたんですけど、もう本当にみんな車が好きなんですよ。ミーティングの後に「ちょっと俺の車に乗せてやるよ」というノリで、ブーンって大きなエンジン音が鳴り響く車に乗せてくれるんですよ。4年前ですよ。その時、僕はEVの話をしていて、Teslaが脅威だって言ったミーティングの後に、そのマニュアルトランスミッションのエンジンの車に嬉しそうに乗せてくれたんです。でも、申し訳ないけど、やっぱりトヨタはもう駄目だなと、僕は思ってしまいましたね。

もうメンタリティーの問題なんです。さすがに今回は社長変更があったので変わるようですけど、でもあれぐらい大きい会社だと、変えるのに5年ぐらいはかかるでしょ?だから、今からさらに5周ぐらい遅れることになるので、そこから取り戻すのはすごく大変だと思いますよ。 

まあ、そうは言っても、まだハイブリッドが売れているので、ハイブリッドピークがどこかで来る。EVにシフトする段階には、ちょっと乗り遅れちゃったけど、間に合うかもしれないし、ひょっとしたら間に合わないかもしれない。ここから5年ぐらいはドキドキして見ていなければいけないですね。

叶内:ソニーとホンダが共同してEVを作るという話もありますよね。

辻野:もうかなり日本の自動車産業は深刻な状況に追い込まれていると思うんですよね。家電産業は、ずいぶん前に日本から淘汰されちゃったわけですけど、将来、同じことが自動車産業でも必ず起こると、僕はいろいろなところで言ってきました。そして実際に、十何年か遅れて、それが自動車産業でも起き始めたと感じています。 

今はクラウドの時代、オープンの時代で、世の中はガラッと変わったんです。昔は、トヨタの人がそうであるように、車屋は車のことだけを考えていればよかった。家電屋も家電のことだけを考えていればよかったんです。 

だけど今は、全部がクラウドに繋がる時代になって、車はデジタルコミュニティを構成するひとつのパーツという位置付けに変わりつつあります。だから全体を俯瞰して、その中のひとつのパーツとしての車という位置付けでアプローチをしていかないといけない。ただの車屋だとTeslaには到底勝てるわけがないんです。

ソニーとホンダがEVで協業するということが、日本のメディアで、すごく話題になりました。日本の産業史的に見ても、ソニーとホンダは、すごく因縁が深いんです。両社とも日本の戦後ベンチャーの代表格で、ソニーを創業した井深大さんと、ホンダを創業した本田宗一郎さんは、ふたりとも技術者としてとても馬が合って、すごく仲が良かったんですよ。二人が膝を詰めて話していると、誰も近寄れないようなオーラが出ているといわれるくらい独特の関係だったようです。

そもそもそういう因縁があるから、その何十年後にソニーとホンダが組んでEVをやるとなると、日本ではメディアも書き立てるし「これはすごい!すごい!」って話になるんだけど、でもグローバルに見ると、すでにTeslaをはじめ、中国のBYDとかが急成長してEV市場の主役になっています。そして、彼らの後に続けとばかり、雨後の筍みたいにどんどん新興のEVメーカーも出て来ています。EV後進国の日本では、ホンダもEVには出遅れているし、ソニーにいたっては全くの新参者。この2社が弱者連合を組んでも、グローバルに見たら、単に日本からもう1社新しいEVメーカーが生まれるというだけの話です。

しかも、すぐにソニー・ホンダ製の新しいEVが出てくるならまだわかるけど、販売開始は2026年って言っているわけでしょ?それまでには、もう勝負がついているんじゃないのかという気がしますよね。もちろん期待はしたい。でも、EVを今さらやって、どこに付加価値をつけるんですか、と聞いても、ソニーの説明では全然納得できないですよ。車内をエンターテイメント空間にするとか、「今さら?えっ?」って話でしょ。ソニーOBとして敢えて辛口ですが。 

ChatGPTが起こすAI革命。私たちの生活を書き換える自然言語UIとは?

叶内:そうですね。車がインターネットに繋がるのは当たり前のことですもんね。しかも、さらに、今はAIの大進化もあります。ChatGPTが登場したのは、産業革命だという話もありますけど、お二方はどうご覧になっていますか?

中島:経済評論家みたいな話し方ではなくて、純粋にエンジニアとして見ると、僕にとっては多分3回目の大変革です。初めてパソコンをいじった時の感動。それから、初めてインターネットに出会った時の感動。それと同じくらいのインパクトがあります。

やっぱり今回のChatGPTの登場のように、業界がゴンと登る時があるんですよ。ゆっくりじゃなくて、ドンっと一気に登っちゃうことがあるんです。技術的にはドンと登るんだけど、ビジネスの方が追いついてこないので、アプリケーションのほうがどんどん立ち上がってくる。これは僕の人生の中で3回目の経験です。エンジニアの直感として、パソコンの誕生とかインターネットの誕生並みの大きさのインパクトだなとひしひしと感じていて、もう興奮してしょうがないです。

僕は今、毎日、ChatGPTのAPIをいじって遊んでいるんですけど、いろいろなものを作って遊んで、「こうやって動くんだ!」という楽しさがあるんです。3年前にこれを作れって言われても、世の中の人は誰も作れなかったものが、今はChatGPTで作れるようになったんですよ。

つい先週、家の家電システムを全部音声でコントロールするシステムを作ったんですけど、わずか1日でできちゃいました。たった1日でできるんですよ。それは、3年前だったら誰にもできなかったことなんです。その進化のすごさを考えてみてください。3年前だったら、世界中の誰に頼んでもできなかったものが、今は、私が1日やればできるんですよ。

それぐらい技術が一気に進行していますよ。「今日8時に帰るから、よろしく!」って言うと、「『よろしく!』とは何ですか?」って言うから、「お風呂に入るので、その時間に入れといて」って言うと、ちゃんと通じて、8時にタイマーをセットしてくれるっていうぐらいのシステムが、本当に1日のプログラミングでできるようになってしまったんです。プログラムを書いている僕としては、自分がスーパー・パワーを得たようなものなので、もう感動ですよね。

叶内:スーパー・パワー!

中島:はい。スーパー・パワーです。だから、これからは、いろんなものが自然言語でコントロールされるようになります。もう冗談抜きで、自動車もそうだし、家電もそうだし。あとは、エンタープライズのシステムはいろいろ難しいことがあるけど、でも多分、今までだとデータアナリストみたいなのを雇って、システムを作ってもらわなきゃいけなかったものが、喋るだけで作れてしまう。

「東京地区のコンビニで、一番売れているものは何?」みたいなことを聞くと、ピュっと答えてくれて。「じゃぁ、ちょっと在庫を増やそう」って言うと、やってくれるみたいな。今だと、それをやろうとすると本当にデータアナリストを雇って、その人たちにSQLのソフトウェアを何ヶ月か書いてもらっていたようなことが、一瞬でできちゃう。そういう世界がやって来ようとしているんです。

叶内:誰でもデータ・サイエンティストと同じ仕事ができるようになってしまうんですか?

中島:それを誰でもできるようにするとか、実際に動くようにするのは、まだちょっと手間がかかると思います。でも、とにかくそういう、本当に3年前だったら不可能なものが突然可能になったので、これからいろんなものが、言葉だけで動作するようになる。僕はNatural Language User Inferenceって呼んでいるんだけど、そういうものに変わっていきます。 

パソコンとかスマホだって複雑なアプリケーションって使いにくいじゃないですか。どこにボタンがあるか探さなきゃいけないし。それを口で喋るだけで、メニューとかを探さなくていいので、すごく楽なんですよ。やりたいことを言って、情報が不足すれば、向こうから聞いてくれます。 

叶内:それはすごい!

中島:例えばウェブサイトでよくパスワードを変えなきゃって言った時に、まず「どこにパスワードを変える画面があるんだろう?」って探すじゃないですか。あれが嫌でしょ?

叶内:嫌です。

中島:でも、ウェブサイトに向かって「パスワードを変えたいんだけど」って言うと、「何にしますか?」って聞いてくれるので、そこの便利さはもうすごいですよね。それが本当に去年の11月からですけど、可能になったので、ここから3年ぐらいで一気に変わると思います。

叶内:ここから3年ぐらい。 

中島:いろんなものが変わっちゃって、もう二度と戻れなくなります。今の子供たちは、スマホがなかったら生きていけないぐらい当たり前の存在になっているでしょ?そんな感じで、3年後ぐらいから育った子供たちは、AIが言葉で全部やってくれない時代なんてあったことが信じられないようになります。

叶内:そうですね!これからの子供は、ポチポチ押すとかをやらないかもしれないですね。

中島:そうです。機械に話しかければ後はやってくれるから。必要なことを見つけてくる。足りない情報があったら聞いてくれる。足りない情報があったら聞いてくれるところが、何とも気持ちいいですよね。

叶内:そうですね。今までは、何かを聞いてもシーンとしていましたよね。

中島:そうそう。こっちの話し方が駄目だと止まっちゃうでしょ?

“人類存亡の危機”を逆手に、AIテクノロジーの活用を加速せよ

叶内:辻野さんは、AIの進化をどうご覧になっていますか?

辻野:中島さんのおっしゃる通りだと思います。今、中島さんには、技術革新の素晴らしい面を、ご自身でいろいろとやられていることを含めて話していただきました。今回の生成AIは、これはもう間違いなくインターネットが世の中を激変させた、その次に来たものすごい大波ですよね。これで、大掛かりなパラダイムチェンジが起きることはもうはっきりしているわけです。

ただ、技術革新には、必ずいい部分と悪い部分があります。技術革新というのは、まず楽観が先行して、悲観が後を追いかけるみたいなところがあるでしょ?いまだかつて人類が生み出した技術で、人類を滅ぼすかもしれないと言われたものって、一つは原子力があるじゃないですか。二つ目が、このAIですよね。今、世界のテックリーダーたちで、元々このAIを推進する側にいた多くの人たちが、「でも、ちょっと待てよ。我々はとんでもないモンスターを生み出して野に放ってしまったんじゃないか?」と、AIの脅威をすごく気にするようになってきました。その代表格が、ジェフリー・ヒントンですね。

ジェフリー・ヒントンは、AIのゴッドファーザーとも言われている人で、一時はGoogleにもいました。彼の門下生のイルヤ・サツキヴァーっていう人が、ChatGPTを開発したOpenAIの創業にも関わっています。そういうAIを積極推進していた側の人たち、ジェフリー・ヒントンとか、イーロン・マスクとか、あるいはスティーブ・ジョブズと一緒にAppleをつくったスティーブ・ウォズニアックとか、この辺の人たちがこぞって、「ちょっとしばらく、AIの開発は凍結した方がいいよ」と言い出しているんです。

技術革新は必ず悪用もされます。残念ですが、生成AIも、早速いろいろな犯罪に使われているじゃないですか。はなから悪用しようとする人を止めることは不可能です。しかし、やっぱり悪用を阻止したり制御していかないと、最終的には人類を滅ぼすようなことになるかもしれないと、みんな本気で心配し始めたわけですよ。

AIの脅威として一番分かりやすい例は、古い映画だけどターミネーターですよね。あれは、ハリウッドが作ったファンタジーに過ぎませんが、でもジェフリー・ヒントンたちが恐れている脅威、あるいはこれから人類が向き合っていかなきゃいけない脅威の一つは、もう何十年も前に、あの映画で実はサブリミナルみたいに、我々は見せられていたとも言えるように思います。スカイネットと名付けられた人工知能が自己増殖して暴走し、人類を攻撃するという物語でした。

そして今、既にそういう兵器が作られているわけですよね。人を介在しないで、AIが自律的に判断して、ターゲットを攻撃する兵器。これは、すごく恐ろしいことだと思います。だから、「仮にそういうことがあり得るとしても、はるかもっと先のことだよね」とみんな思っていたものが、「いやいや、案外そうでもないかもしれないぞ」「もうここ5年10年で、そういう脅威が本当に現実化するかもしれないぞ」というところに、今は来ているわけです。

このように、テクノロジーには必ず、素晴らしい部分と恐ろしい部分とがあるから、できるだけ素晴らしい部分を活用して、恐ろしい部分を押さえ込んでいかないといけない。そういうところに今、我々はいるわけです。

AI時代に大切なのはリスキリングではなく「アンラーニング」

叶内:そうですね。身近なところでいうと、私たちの働き方とか仕事とかもすごく変わってしまうんですかね。よくAIに仕事を奪われると言われていますけど。

辻野:それもAIが人類にもたらす脅威の一つですね。今、盛んにリスキリングとか言われていますけど、極端な言い方をすれば、いくら人間がリスキリングなんかしてもAIには到底かなわないわけです。今だって、ChatGPTに、こういうプログラム書いて、って言ったら、すぐに書いてくれるわけです。だから、人間がプログラミング学習とかいって一生懸命リスキリングしても、所詮AIにはかなわない。

そもそも、リスキリングは、人間をスペックや能力で評価するというような、人間を機械として見る考え方がベースにあるように思います。機械っていうのは、より性能が良くて、より安価なものに、どんどん置き換えられていくわけです。コンピュータでも何でも、スマホでもそうじゃないですか。より高性能で、より安価なものにどんどん置き換えられていく。

メリトクラシー(能力主義)という考え方がありますが、産業革命以降、その概念がずっと主流でした。でも、AIが進化してくるとなると、人間をスキルで見るということから、本当は脱却しなきゃいけない。そろそろこのことを真剣に考えないといけない段階に、今は来ているのだろうと思いますよ。答えはないのだけれども、人間が生きるとか、働くということは、そもそもどういうことなのかという根底に遡っていろんなことを考え直さなきゃいけない。生れてからこれまでに身につけた知識や常識が、時代が変わって役に立たなくなってきている。むしろ新しい発想を阻害するようになっています。

最近はよく「アンラーニングのすすめ」というような話も耳にします。学校とか、今まで生きてきた中で学んできた、いわゆる基礎知識や常識みたいなものを一回置いて、これからの時代の生き方や価値観をもう一回、スクラッチから考え直したり身に着け直したりするようなことをしていかねばならないと思います。小手先のリスキリングで乗り切れる話ではないと思いますよ。スキルとして人が定義できるようなものは、結局全部AIがやってくれるようになるわけで、所詮、AIにはかなわないんだから。

貧富格差は拡大へ。私たちは「AIリスク」とどう向き合うべきか?

叶内:そうですね。中島さん、この時代の働き方・仕事をどう捉えますか? 

中島:僕はポジティブな面ばかりを見るようにしているけど、でも、AIってまだ全てのことにおいて人間より賢いわけじゃないことを心配しています。もちろん少なくとも知識量に関しては圧倒的なわけですよ。「1993年にアメリカのメジャーリーグで優勝したチームは?」とか言うとポッと教えてくれるわけです。そういうことが全部入っていること自体、すごいわけですよね。だから、それを上手に使いこなす人の生産性は爆発的に上がるわけですよね。でも、そのために職に就けない人も出てきます。

あと、もうひとつ心配なのは、今はそういう人たちは偉い人のアシスタントとして、働きながら経験を積んで学んで育つことができるけど、AIがあればアシスタントがいらなくなるわけですよ。ChatGPTを雇えばいいので。そうすると、「その人たちはどこで学べばいいの?」と僕は疑問に思っています。そこで、社会の二階層化(貧富の差)がもっと進む。

さらに問題なのは、AIを活用するとフェイクニュースだけじゃなくて世論操作がしやすくなるんですよ。いろいろな説はあるのだけど、トランプが大統領になったこと、イギリスがEUから脱退したのは、Facebookなどを上手に利用して世論操作をした結果だという解釈がされていて、僕もそうだと思っています。

ここに今度はAIが関わってくる。すると、もうとんでもない世論操作ができちゃうわけですよね。たとえば世の中に対して、AIのせいで仕事を失った8割の不満な人たちがいて、その人たちを操作すると、8割の票をコントロールできるわけですよね。それが僕は一番怖いです。それは『ターミネーター』のスカイネットが人間を滅ぼすよりも、先にやってくる。AIを上手に使う人たちが、その8割の不満な人たちの票をコントロールして、自分たちが政権を握って、民主主義の国を独裁主義にしてしまう。そして、独裁者が生まれると、必ず戦争が起こるという歴史を繰り返す。僕はこのことを一番心配しています。あまりにも怖い話だから現実的じゃないかもしれないけど、僕が生きている時代に来る可能性が高いと本当に心配しています。

叶内:中島さんの話は怖すぎますが、その可能性はひしひしと感じますね。

辻野:ジェフリー・ヒントンも、生成AIが悪用されると、何が本当で何が嘘なのか、もう普通の人にはまったく分からない世の中にどんどんなっていくことを恐れると言ってます。真実や事実を見極めていくことが、どんどん困難な世の中になっていくことが想定されます。今でもディープフェイクとかは見分けがつかないですし、それを見抜く技術を開発しても、イタチごっこが続くだけです。

すでにフェイクによる世論操作って、今やいたるところでやられているわけです。政治の世界だけじゃなくて、ビジネスの世界も同じですよね。いろいろと騙されて大金を失ったり、命を奪われるような犯罪に繋がったり。最終的には、それが結局、戦争に使われるという流れは、想定せざるを得ないわけですよね。

テクノロジーに関する負の部分って、僕もあんまり考えたくないですが、でも今さっき言ったように、AIに関しては、世の中の大勢の人たちが、そこを本気で心配する状況に既になっているんですよ。

河野太郎デジタル大臣に伝えたい、日本の“本当の実力”

叶内:急に進化したので、そのことを深く考えることもできていないし、法整備も全然追いついていないですよね。もう一つ中島さんが心配していた、若い人を育てるっていう部分については辻野さんはどうお考えですか。組織文化のお話も先ほどから伺っています。いまは、とくに技術者が足りないという問題がありますが、人を育てるということについてのご意見をお聞かせください。

辻野:今は文科省基準がもう時代遅れなので、教育を根底から変えなければいけないと思っています。本来、もっと英才教育をどんどんやらなきゃいけない。イスラエルを見れば分かるようにね。

僕が小さい時は、日本という国は天然資源がないから、知的財産というか、人が財産だというふうに教わってきました。だけど、天才を育てるとか異端の人を伸ばすとか、そういうことを本気でやってきていないですよね。逆に、異端や出る杭は叩き、どちらかというと、まんべんなく平均値が高い優等生を作っていくというような教育が続いてきました。あるいは、言葉は良くないですが、落ちこぼれを救うためのゆとり教育をやってみるとかね。

その結果、とんがった人が排出されなくなった。最近少しずつ変わっては来ているけれども、もっと大胆に変えて、天才を育てるという教育戦略が必要です。今の日本には、「国家の大計」というようなものが無くなっちゃっているでしょ?でも、教育こそ、国家戦略として最重要なものだと思います。政治家も口先だけで、教育改革を本気でやって来ませんでした。むしろ最近は実学を重んじる方向に行って、基礎研究の分野などでは予算も削られています。教育の結果が出るには時間がかかります。少子高齢化の問題もそうなんだけど、時間がかかる話だからこそ、今すぐに始めないと、このままずっと何も変わらない状況が続いてしまう。

悲観的なことは言いたくないけれど、世の中全体を見回すと、あまりいい材料がないんですよ。だから教育に関しても、今すぐに行動に移して、今までの悪い部分を変えていかないとまずいと思っています。

叶内:辻野さんの話を受けて中島さんはどのように感じましたか? 

中島:前から話をしているんだけど、僕はデジタル庁の河野さんと喋りたいなと思っています。一番訴えたいのは教育の部分で、日本の受験システムのおかしさについてです。大学受験がフィルターの役割を果たしていて、大学はそんなに勉強しなくてもいい。とにかく一流大学に入れば、大学を卒業した途端に、大企業に正社員として働けるというのが昭和の成功方程式じゃないですか。それがいまだに残っているわけですよ。お受験から始まるという形で。そこを壊さなきゃいけない。

僕はたまたま早稲田の附属だったから、通常の受験コースから外れることができたけど、やっぱり高校生ぐらいの年齢は、いろいろな面でものすごく伸びる時期なんですよ。こう言うとまた平等じゃないって言われるかもしれないけど、中学3年の段階で、数学・理科が得意な子は、もう国にとって財産なんですよ。そういう子供を選び出して、英才教育を5年間ぐらいするといいと僕は本当に思っている。それを実現するには、高専がちょうどいいから、高専というシステムを使って、もう受験はしなくていいというコースを作ればいい。別に他の勉強もしなくていいと。でも、英語だけはした方がいいかな。英語と理科と数学だけ頑張れと。その連中を徹底的にエリートに育てれば、5年間で多分、国が変わるんですよ。

辻野さんは時間がかかるとおっしゃったけど、5年経ったらすごい即戦力の子供たちが生まれてくるので、今からでも遅くないからやってほしいですよね。 

辻野:そうですね。

中島:日本中につくった高専が、毎年何万人っていうエリートを育てたら、国が変わりますよね。

辻野:日本って、文系とか理系とかってやたら区別したがりますよね。文系の大学を受験する人って、数学がないとかね。

中島:そうそう。数学が不得意なのに経済学部に行くとかありえないですよ。

叶内:そうなんですよね。私は国語国文学で何も数学の勉強をしなかったから、今になって統計とかすごく困っています。

辻野:統計でも何でも、一般教養として身につけておかなければいけないことを文系・理系とに分けることで、文系はそれを免除するとか、理系は歴史をあまり勉強しなくてもいいとか。でも、それって根本的にちょっと違いますよね。そういう分け方って、昔から変わってないのもおかしいです。人間なんて、そんな文系とか理系とか、簡単に分けられるものじゃないから。

APIを読み、プロトタイプを作り、ベンチャー企業やメルマガでアウトプット

叶内:そうですね。今回は、会社員になってから、人の育て方の話が中心になるかと思っていたのですが、AI時代では、学校教育そのものからの変革が必要ということがわかりました。 

では、最後に、お二人の日々の考えがダイレクトにわかるメルマガがありますので、お二人のメルマガについて、改めてご紹介していただきたいと思います。中島さんにとっては、メルマガはどんな意味を持っていますか? 

中島:どんな意味を持っているんでしょうね。「そろそろ引退するんですか?」ってよく聞かれるんですけど、実はメルマガに僕は一番時間をかけています。書く時間そのものは大したことはないんです。でも、僕は評論家ではないので、手を動かさないと書けないんです。

たとえばChatGPTにしたって、表面的なChatGPTのことを書ける人はいくらでもいます。ただ、ChatGPTの裏にあるGPTっていうもののAPIを読んで、プロトタイプを作って、それについて書くみたいな人はほとんど存在しないので、そこで差別化して、それが楽しいからやっている感じです。

メルマガを書くための材料ではあるんだけど、本当は遊んでいるから、楽しいからやっているんだけで、その楽しんだことをメルマガに書いています。「できれば、そこからビジネスも生み出したいな」みたいな感じで、僕の全ての時間は新しい技術で遊ぶことから始まり、そのアウトプットとしてメルマガがあり、アウトプットとして時々ベンチャー企業を作るみたいな感じなんです。

叶内:メルマガのために遊んで、それがアウトプットされていくんですね。

中島:そうです。センターにあるのは「遊ぶ」です。 

叶内:遊ぶという話だと「Apple Vision Pro」なんかも気になるんじゃないですか?

中島:もう、すぐにでも、手に入れないとしょうがない!

叶内:あそこからは、どんな未来が出てくるんですかね。目の前がパソコンになる感じですか。

中島:そうですね。パソコン、スマホときたら、その次のものとしてインターフェースが根本的に変わると思うんです。手で操作する、目で見る、でも実は口でも喋れるので、今回のGPTみたいなLarge Language Modelにも適していそうですね。喋りながら、ちょっと手を動かして操作するっていう感じかな。もう全然ヒューマン・インターフェースがガラッと変わろうとしているので、「Apple Vision Pro」では、そこはもう思い切りやらないといけないと思いますよ。 

叶内:いろいろとワクワクするお話も毎回、本当に即時性を持って伝えていただけるので、読んでいてとても楽しいです。

中島:ありがとうございます。

叶内:辻野さんにとっては、メルマガはどんな意味を持っていますか?

辻野:中島さんのメルマガは、お話されたように、まさにハンズオンで、ご自身がいろいろやられながら発信していらっしゃるんで、すごく面白いですよね。

まぐまぐ!メルマガに関してもはるかに先輩で、僕は中島さんの『Life is Beautiful』ってブログの頃から拝見させていただいてますが、本当に参考になる面白い話をずっと長いこと発信してこられていて、やっぱり発信することって、すごく大事だと思うんですね。

メルマガに関しては僕はまだ初心者ですが、まぐまぐ!さんからお声掛けいただいて、いろいろお世話になり感謝しています。自ら発信する方法の一つとして、書籍を出すというようなやり方もあるんだけど、別に紙だろうがKindleだろうが、本を出す行為自体、読者離れが進んでいます。しかも、書籍の問題点は、世の中の変化があまりにも激しいので、本を書いている間に、本に書いている内容がすぐ古くなってしまうということ。それくらい世の中の変化が激しい。

メルマガは、昔からあって、新しい情報発信手法ではないんだけれども、でも最新の話題とか、今日、自分が考えていることをすぐに発信できる。そういうリアルタイム性という意味では、本を出すよりも、メルマガみたいな場が面白いと思ったんですよね。もちろんSNSもあるんだけど、まとまった考えを発信する場として、メルマガは非常にいい手段です。

あと、お金を払って読んでくれる人たちの存在も大きいです。無料で情報を発信することは、それはそれで価値があるんだけども、一方で、ハードルが低すぎるっていうのもあって、わざわざあえて月額何百円とかのポケットマネーをはたいて、読んでくださる読者さんっていうのは、すごく貴重でありがたいことです。読んでくださる方も、それだけ真剣だと思うし、真剣な人たちに対して、自分も真剣に向き合って、その人たちに何かしら役に立つ発信をし続けていかなきゃいけないっていう責任感も持ちながら取り組んでいます。

あと、もう一つ大きな意味があって、昔は経済人が、政治にしろ社会にしろ「何かこれ、おかしいんじゃない?」って思うと、どんどん意見を言っていたんですよ。僕がいたソニーの盛田さんなんかも、政府にもすごく直言していました。遡れば、たとえば出光佐三とかね。権力に対しても正面から向き合っていましたし、敗戦国であったにも関わらず、石油のメジャーに対しても真っ向勝負して、日章丸事件とか起こして、そういうスケールの大きい経済人がたくさんいました。

しかも、戦争を体験している経済人って、みんな平和主義者だったんですよね。特に、戦場・戦地に行った経験があるような人は。だから、世の中がちょっときな臭くなってきたりすると、昔は経済人がさまざま発信していたんですよ。でも今は、みんなおとなしくないですか?経済人はあんまり物を言わない。余計なことを言っても、いいことないからと口をつぐんでいるでしょ。

これはやっぱりどうなのかなっていう思いもあって、僕も経済人の端くれとして、ビジネスの世界で生きてきたので、その立場から、やっぱりこれはおかしいとか、駄目なものは駄目、ならぬものはならぬみたいなことは、相手が誰であろうとも発信していかなきゃいけないと思っているんですよ。そういう場としても、メルマガを有効に活用させてもらいたいと思っています。Twitterとかで言っちゃうと、すぐに炎上してバッシングを受けるので(笑)、そういう意味では、メルマガの方がいいかなって思っています。

叶内:今日もお話しいただいていますが、働くとは何かといった本質的な問いまで踏み込んで、今立ち止まって考えるべきことを提言していただいている心に染みるメルマガです。辻野さん、中島さん、本日はどうもありがとうございました。

辻野・中島:ありがとうございました。

叶内:お二人が今考えていることを現在進行形で知りたい方は、メルマガに登録してください。お二人とも、メルマガ内で質問ができる質問コーナーもあります。お仕事や将来についてのお悩みを直接お二人に聞けるというのは、とても贅沢なサービスかと思います。ぜひ、お申し込みをお待ちしております。


中島 聡(なかじま・さとし)

ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。

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辻野 晃一郎(つじの・こういちろう)
福岡県生まれ新潟県育ち。84年に慶応義塾大学大学院工学研究科を修了しソニーに入社。88年にカリフォルニア工科大学大学院電気工学科を修了。VAIO、デジタルTV、ホームビデオ、パーソナルオーディオ等の事業責任者やカンパニープレジデントを歴任した後、2006年3月にソニーを退社。翌年、グーグルに入社し、グーグル日本法人代表取締役社長を務める。2010年4月にグーグルを退社しアレックス株式会社を創業。現在、同社代表取締役社長。また、2022年6月よりSMBC日興証券社外取締役。

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