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「プーチンとは戦わず」NATO加盟国から透けた“ウクライナを見捨てる”裏の思惑

バルト三国の一つでロシア・ベラルーシとも国境を接するリトアニアで行われたNATO首脳会議。日本からも岸田首相が出席しましたが、随所に各国の思惑が透けて見えた会合だったことに間違いはないようです。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、首脳会議におけるポイント3つを上げ、それぞれについて詳しく解説。さらにそこでも中心議題となったウクライナ戦争が、長期化・泥沼化する可能性を指摘しています。

NATOはウクライナを見捨てるのか。首脳会議で見えた真実と思惑

「大西洋と太平洋の安全保障は不可分であることを訴えたい」

リトアニアの首都ヴィリニュスでG7の首脳をバックに話した岸田総理。G7議長国を立てる他国の首脳の姿は印象的でしたが、消えない疑問は「なぜ日本国内が大雨被害で大変なことになっているときに、メンバーでもないNATO首脳会合に首相が赴くことにしたのか」という点です。

たまたまかどうかは知りませんが、同日に北朝鮮による4月14日以来のICBM級弾道ミサイル発射実験が行われた“おかげ”で、アジア、特に北東アジア地域の差し迫った安全保障上の危機をクローズアップすることができたように思いますが、すでにマクロン大統領が何度も言っているように「NATOは北大西洋を対象としており、太平洋をカバーするものではない」という思惑と、“場違い感”が透けて見えるワンショットでもあったように思います。

それはさておき、今回、リトアニア・ヴィリニュスで開催されたNATO首脳会議はいろいろな思惑が見えた会合であると感じます。

首脳会議をリトアニアで開催したNATOの意図

一つ目は【開催地の選択】です。

ベラルーシ、ロシアの飛び地カリーニングラードに接するNATO加盟国リトアニアにNATO31か国の首脳が集うというのは、ロシアとウクライナに対する覚悟を示すものだと言えます。

さすがにロシアもベラルーシも直接的に武力攻撃を加えることはないですが、「NATOはロシア(とベラルーシ)による蛮行に対して、決して退くことはない」というメッセージが示されることで、何とも言えない緊張が高まっています。

特にバルト三国へのロシアによる攻撃が常に懸念され、その可能性が高まったと言われている時ですので、リトアニアにNATO首脳とその仲間たちが集ったのは、NATOとしてロシアの企てと対峙する姿勢を鮮明にしたということになるでしょう。

見送られたウクライナのNATO加盟巡る議論

二つ目は【透けて見えてきたNATO加盟国の対ウクライナ観】です。

今回の首脳会談にゼレンスキー大統領も招かれており、会議に先立ってウクライナのNATO加盟の是非が話題になり、トルコのエルドアン大統領も前向きな発言をしていたことから、「もしかしたらウクライナの加盟が認められるか、その望みが見えるのではないか」との声もありましたが、ふたを開けてみれば、「NATOとしては現時点ではウクライナのNATO加盟についての議論は行わない」という結論になっています。

内容としては「ウクライナが加盟に向けた条件を満たすまで議論しない」ということですが、これは【ロシア・ウクライナ戦争が終結するまでは】という条件と捉えることが出来、実質的には【ウクライナがロシアの侵略に対抗するために加盟国となることは認めない】ことを意味します。

その理由は、バイデン米大統領も述べたように「NATOの性格・存在意義は憲章第5条に集約されており、ここでウクライナを加盟国として何らかの形で迎えるような動きを見せることは、NATO全体をロシアとの交戦に引きずり込むことを意味するため、NATO加盟国はそれを認めることはできない」という点にあります。

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明確に示された「NATOは露と戦わない」というメッセージ

それは別の観点から見ると「ロシアとの戦争はあくまでもウクライナの自衛のための戦争であり、ロシアによる侵略という事実を許容しないNATOとしては、ウクライナの自衛努力を最大限サポートするが、NATOはロシアと戦うことはない」という堅いメッセージに繋がります。

これは、比較的ウクライナに対してのシンパシーを抱いていると言われているストルテンベルグ事務総長も同じで、ゼレンスキー大統領とウクライナの戦いに対する支持とサポートを繰り返し強調しても、【NATOはロシアと戦わない】ことは明確に示しています。

実質的にウクライナのNATO加盟に関する議論は“無期限延期”になったことになり、ゼレンスキー大統領とウクライナ政府も明らかに不快感と失望感を表明していますが、これがNATO諸国の引いた揺るぐことのないラインだと見ています。

特にアメリカと英国、フランスが堅く、英国については、ウォレス国防相の言葉(私たちは頼めば配達してくれるAmazonではない。我々から武器弾薬が供与されていることに対して謝意がないばかりか、不満ばかりがウクライナから聞こえてくる。そこは誤解すべきではない)にもあるように、ウクライナの「もっと、もっと」という姿勢と、いつの間にか“民主主義陣営の代表”のような発言に、欧米諸国が嫌気がさしてきていることも示しています。

ゼレンスキー大統領やその周辺が繰り返し「これはロシアによる民主主義への挑戦であり、ウクライナがロシアに撒けることは民主主義の敗北を意味する」と発言して欧米諸国にさらなる支援をせがむ姿勢が、次第に欧米諸国・NATO内でウクライナ離れを引き起こしていると見ることができます。

今回、31か国の首脳が一堂に会する写真はNATOの揺るぎない結束と覚悟を表現していると言われていますが、その覚悟と確固たる姿勢は、目前のロシア・ウクライナ戦争において、決して一線を越えないという覚悟にも見えます。

ゼレンスキー大統領はその覚悟に直面し、どのようなことを感じているのか、非常に気になります。

突如「NATOの一員」というイメージを強調し始めたトルコ

三つ目は【エルドアン大統領のカメレオンぶりが発揮されたこと】です。

ロシアによるウクライナ侵攻を非難しつつも、対ロシア制裁には加わらず、地域のバランサーとしての立場を強調して、国連と共にロシア・ウクライナ間の仲介に乗り出し、黒海における食糧輸出の枠組みを作って中立的な立場を取っているかと思えば、ウクライナに無人攻撃ドローンを供与し、そのドローンが対ロシア攻撃に用いられることを許しているという、一見すれば矛盾する立場を取っています。

ロシアによるウクライナ侵攻以降、何度も“ロシアとトルコの特別の関係”を強調したかと思えば、ウクライナに寄り添う姿勢も強調し“フィクサー的な役回り”も狙っているように思われます。

トルコはNATOの正式な加盟国でありながら、ロシアのS400ミサイルを配備するという矛盾も突き通し、クルド人のAntiトルコ政府グループの扱いを巡って、フィンランドとスウェーデンに対して新規加盟問題で取引を行い、他のNATO諸国からの妥協も引き出そうとするという、なかなかの外交巧者でもあります。

これまでどっちつかずな立場を貫いていたように思うのですが、今回のNATO首脳会議に際して、急に“NATOの一員としてのトルコ”というイメージを強調し始めているように感じます。

これまで頑なにスウェーデンの新規加盟に難色を示してきたにもかかわらず、今回の首脳会談では“まだ交渉中”という但し書きは付くものの、基本的には賛同する旨を表明し、これでNATO加盟国も32か国に増える見込みとなっています。

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NATO首脳がウクライナに対して突き付けた難題

今回の条件は2005年以降実質上止まっている“トルコのEU加盟申請の審査再開”が含まれているようですが、NATOの欧州メンバーが、EUにトルコを迎え入れるか否かという命題と、スカンジナビア半島の5か国すべてをNATOに引き入れ、ロシアと対峙することの重要性(欧州地域の対ロシア安全保障)と天秤にかけて、どのような判断をするか、今後、見ものです(アメリカは「欧州の問題」と距離を置き、英国も「EUの加盟国ではない英国が口出しすることは差し控える」と距離を取っているのが、微妙なニュアンスを示していて面白いと感じています)。

ウクライナが生き残っていたら、将来的にNATO加盟に向けた話し合いが開始されるかもしれませんが、現時点ではNATO首脳はウクライナに対して「まずロシアとの戦いにピリオドを打ちなさい」という難題を突き付けていることから、トルコにとってのEU入りと同じくらい、ウクライナのNATO入りのハードルが高いものと考えられます。

別の見方をすると、先週号でも触れた米国のバーンズCIA長官の言葉ではないですが、「早急にロシアとの停戦協議を行え」というNATOからのメッセージとも受け取ることが出来、ウクライナにとっては、ロシアと死闘を繰り広げながら、NATOからのプレッシャーにも対応しなくてはならないという、とてもハードな状況に追い込まれている状況が、今回の首脳会議の“裏側”で表出しているように見えます。

【関連】高笑いのプーチン。自ら仕掛けた「プリゴジンの乱」でさらに強まった“神通力”

欧米の武器を使いこなせず苦戦のウクライナ軍

では実際にロシア・ウクライナ戦争の現状はどのようになっているのでしょうか?

6月10日に反転攻勢を本格化したウクライナ軍ですが、予想以上に苦戦していることはすでにお話ししたとおりですが、それ以上にロシア軍が実際には支配地域をじわりじわりと拡大しているという分析もあります。

ウクライナ軍による反転攻勢に備え、一旦部隊を撤退させたうえで、防衛線を強固に整備したロシア軍の作戦勝ちという説と、英国の王立研究所が最近発表したように、ロシア軍は本来NATOとの対峙の際に投入されるはずの精鋭部隊を防衛線と攻撃の最前線に投入しているという説がありますが、これはどうもEither Or(どちらか)というよりは、“どちらも”ということらしく、そこにNATO諸国から供与された最新鋭兵器を使いこなせず、ロシア側に破壊されているウクライナ軍の現実も加わり、ウクライナが苦戦を強いられることになっているようです。

それもあるのでしょうか。最近、NATO諸国からも非難が相次ぐアメリカによるクラスター爆弾のウクライナへの供与が話題になっていますが、その是非を問われたバイデン大統領が「武器が枯渇しており、我が国の兵器も不足している状況だからだ」と述べたように、供与しても次々にロシアに破壊され、いくら供与しても「もっとくれ」と要求がエスカレートするウクライナの姿勢に対して暗に不快感を示す証拠ではないかと言われています。

「F16が供与され、実戦投入されるまでウクライナが持ちこたえられるかはわからないが、かといってF16を訓練と操縦能力が不完全な状態で前倒し投入するわけにもいかない」とミリー米軍統合参謀本部議長が議会で証言していたことからも読み取れますが、ウクライナの苦戦状況と“どこまでアメリカがコミットし続けられるか”に対する苦悩がそこにはあるように思われます。

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「やらせ」の見方が強まるプリゴジンの乱

その重苦しい空気を変え得る事態がプリコジンの乱だったのですが、今週に入り「乱から5日後の6月29日には、モスクワでプーチン大統領とプリコジン氏が会談しており、ワグネルの処遇と今後の戦略について議論した」と発表されたことで、やはりあの乱はset up(やらせ)だったのではないかという見方が強まってきており、「プーチン大統領とプリコジン氏は絶交するどころか、さらに協力関係を深めており、対ウクライナ戦のアップグレードを行おうとしている」という分析が出てきています。

その要素の一つが“ワグネル部隊をベラルーシに配備し、北からウクライナを攻める”という戦略と言われています。ベラルーシが用意した基地の収容人数は8,000人程度と言われていますが、実際にはワグネル部隊の半分にあたる2万5,000人程度がベラルーシにいると言われており、新しい作戦に備えているという情報も入ってきています(そして実際にこの基地にワグネルは入っていないようです)。

では“プリコジン氏は許された”のでしょうか?

これについては、まだ分かりません。ロストフナドヌーで民衆に送り出されてから、公の場に出ておらず、所在も実際にはハッキリしない中で安否も分かりませんが、もし今後、メディアに登場するようなことがあれば、新たな展開が戦局にもたらされることを意味することになるでしょう。

ただその“新しい展開”は戦略核兵器の使用は意味しません。

ウクライナが今週、しきりに主張する情報として「ワグネルがモスクワに向けての平和の行進を行う際、一部がロシアの核兵器貯蔵施設に迫り、戦術核兵器の獲得を画策した」という内容がありますが、これについては、アメリカも英国もウクライナの言い分を信じておらず、逆に「確認が取れず、かつでっち上げられた信用できない情報」と一蹴することになっています。

また、ワグネルがベラルーシ入りする前週にロシアの戦術核兵器がベラルーシに搬入され配備されたという情報がありますが、こちらについてはルカシェンコ大統領の言葉を信用するのであれば、ワグネルがこれにアクセスすることはないでしょうし、ましてや使用することもないでしょう。

このベラルーシ内の戦術核兵器は、ウクライナ攻撃用というよりは、NATOの拡大抑止とバルト三国への心理的圧力という位置づけであり、それが、ルカシェンコ大統領が言う「ベラルーシの安全保障上の措置」なのだと思われます。

ウクライナの加盟問題を取り合わなかったもう1つの理由

今週その隣国リトアニアで開催されたNATO首脳会議でも“ベラルーシ国内のロシアの戦術核兵器”についての情報が共有され、バルト三国からは懸念を示されたものの、NATOとしては「最大限の監視を行い、その動向をつぶさに把握する」ことで合意したそうです。

その理由は、NATOが過剰に反応し、何らかの追加措置をロシアおよびベラルーシに課するようなことをし、それをロシアやベラルーシがNATOの攻撃の意図と捉えるような“誤解”が起きた場合、それこそNATOが恐れるロシアとの直接戦争に発展しかねない状況に陥るという分析があるようです。

それがまたウクライナの加盟問題を取り合わなかった理由の一つでもあったようで、NATOはロシアが設定するレッドラインぎりぎりで止まって、ロシアとの戦争に引きずり込まれることを阻止しようとしていますが、果たしてロシアはどう捉えているでしょうか。

ぺスコフ大統領報道官の「追い詰められている」という発言は情報戦の一環での発言だと捉えるためそのまま信じることはないですが、実際にはNATO側の首の皮一枚の認識を共有しているようで、表向きはNATOの姿勢を非難はしても、首脳会議の邪魔はしないでおこうとしているようです。

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確実に長期化・泥沼化するウクライナ戦争

ただ、NATO首脳会議の場で“中国の話題(アジアにおける安全保障上の脅威の拡大)”が出て、共同宣言に含まれたことにはほくそ笑んでいると言われており、NATOのフォーカスがぼけていることに何らかのメッセージを捉えているようです(中国の脅威についての内容がNATOの首脳宣言に含まれたのは、日本の外交の成果ですが、アメリカが支持しても、欧州各国は中国への配慮から積極的な賛成というわけではなかったようです)。

実際の戦争がウクライナ各地で行われ、欧米とロシアの武器が飛び交い、多くの生命が奪われ、街が破壊され、市民の生活を悲惨なものにしていますが、その背後で国際情勢上のパワーゲームと外交ゲームが全く別次元で戦われています。

調停グループのメンバーとして、その一端をつぶさに見ていますが、そこから見えてくるのは「この戦争は長期化し、泥沼化する」ということです。

ロシアもウクライナも疲弊し、早急に戦いを止めたいはずなのですが、双方とも一度振り上げた拳を下すきっかけを見いだせず、だらだらと戦いが継続することになります。

ロシアとプーチン大統領は旧ソ連時代の状態に戻し、再度“ロシア帝国”を築き上げたい。

ウクライナはロシアのくびきから解き放たれ、やっとつかんだ“国家”としての地位を何としても死守したい。

そしてNATOは、冷戦後、その存在意義を失いつつあった中、今回のロシアによるウクライナ侵攻で息を吹き返し、その結束を強めつつ、Postウクライナの国際情勢における“新たな存在意義”を探るため、日韓や豪州、ニュージーランドなどを迎え入れ、軍事同盟としての立ち位置に加え、経済社会的なパートナシップの母体としての立ち位置も得ることで、自らの延命と存在意義の確立を目論んでいます。

そのためにはNATOにとってもあまり早期に戦争が終わってほしいとは思わず、じっくりと準備をして、ロシア・ウクライナ戦争が終わった後の【復興】という長期的コミットメントにおいて主導権を取りたいと目論んでいるようです。

中国はそれを良しとせず、インドもそれを看過することもありません。そして今後、どのような立ち位置を取るのかを注目される外交巧者でありカメレオンでもあるトルコもNATOの一員としての立場に甘んじるのか、それとも国際情勢の中心に躍り出るのかを今、決めようとしているように見えます。

そうなると気になるのは、日本の立ち位置なのですが、今後どうするのでしょうか。

中国とロシア、北朝鮮という核戦力を隣国に持ち、韓国とは、デリケートな関係が続く中、唯一の同盟国は、基地を日本国内に置いていても、主力は数千キロメートル離れた場所にあるという非常に稀有な安全保障環境に置かれているのが日本なのですが、NATOの加盟国でもなく、核保有国でもなく、一応攻撃のための戦力を持たない独特の立ち位置から、どのように振舞うことが最良なのか。

早急に見極めておく必要があるように私は思います。

以上、国際情勢の裏側でした。

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image by: 首相官邸

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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